新たなる
「……遅いな」
「もう少し待ちましょう。きっと、ミリカも、ハーミットも」
「アルベルト……ベルは最後の最後まであそこに残った。けど、ふたりとも追いかける気配はなかったよ」
組織の全容が明らかになり、ひとまずアジトを引き払おうとしたサタンスロープ。
その長たるレヴィットは、王子暗殺を命じ、その成功を確認した後、退却の予定だった。
が、アルベルトが心配するように、ふたりが帰ってこなかったのだ。
アルベルトは信じなかった。ふたりの死を。
「アルベルトさん……ミリカさんの行先は確認できませんでしたが、王子は引き裂かれていました」
密偵のひとりが、影の中からアルベルトへ声をかけた。
最後の最後まで信じ抜いたからこそ、アルベルトは安全が確認された王子の隠れ家に密偵を送っていた。
それも、三人。
王子が引き裂かれていたということは、間違いなくミリカは生きている。で、あるならば、自分が向かったベルの方ではなく、ハーミットの方へ向かったはず。
つまり、ハーミットの行方さえ分かれば……
「アルベルトさん。ハーミットさんを見つけました」
「なに、良かった。どこにいる? 休ませる前に、ミリカの場所も――」
「僭越ながら、立派な最期だったと、思われます」
密偵のひとり、いや、ふたりが影から姿を現した。ふたりは、丁度人ひとりが入る袋を、大切そうに抱えている。
アルベルトは暗殺者。その中でも情報を得るために色々な場所へ工作員として送り込まれた口。
何も言わず、何も言われず、全てを黙って察した。
「……ミリカは」
「それが……どうも、ハーミット様の場所から足跡は確認できず、そもそもこちらに来ていないのでは、と」
「そんな馬鹿な――」
「王子の亡骸があった部屋には足跡が九つほど。恐らく、あそこに身内の人間も入れなかったのでしょう。その中の一つが、出口へ向かって迷いなく進んでいました。つまり……」
「ミリカは……僕らを捨てた?」
「……行くよ、アルベルト」
冷たい声が、アルベルトを呼んだ。
「ベル……」
「ベル、裏切りは誰であれ許さないよ。レヴィット……時間も人手も、足りない。急ごう」
「……そうだな。アルベルト、ハーミットは本当に残念だった。ミリカも何か考えがあるのかもしれない。今は、急ごう」
†
「んで? 王子殺せなかった挙句、取り込まれたように見せかけて逃走したと?」
「申し訳ございません、地獄の王」
ひっさしぶりに気分良く仕事を終えた俺の前に、レーザムが申し訳なさそうに現れた。
「なんだお前、王子一人殺せないのか」
「王子は悪魔の武器を三つ同時に使い、化け物になっていました。しかし、王子は殺し屋集団が殺したようです」
「ただの人間に後れを取るとは。まあ良い。殺し屋の方はどうした」
「一人は死んだようです」
なら、当分の間何もせず姿を隠すか……それ雪辱戦だとばかりに特攻を仕掛けるかのどちらか、か。
血気盛んな嬢ちゃんいたし、後者になるかもしれないが……知ったことはない。
俺は足元に転がった死体を跨いで、部屋の奥へ進む。
聖冥の剣には、もう滴りきらない血がついていた。当たり前だ。何人の兵士を殺したと思っている。
だが、ようやく、部屋の奥へ行ける。
「ささ、王様、ここに、玉座に座るっすよ」
「止めろスフレ。こんな椅子に興味は無い。だが……これで、完全に王国は終わったな」
「まったくでございます。地獄の王がおん自ら出向き、王国を滅亡させました。しかし……なぜ?」
「ふん。ここはもう、あのクソ大臣とかかわりのない場所だ。だからこそ、膿はすべて排除する。さて、レーザム。戻せ。スフレ、いいもの見れんぞ」
「なんすかなんすか」
俺とスフレ、そしてレーザムはバルコニーに出て、王国の街を見やった。
血に染まった王国は、今も錆付いたまま。時計の歯車が錆付き、止まったようだった。
だが、終わりはしない。今、始まる。
合図すると、レーザムが鞄を開く。
そして、幾つもの光が、王国に降り注いだ。まるで、流星群のように。
「へえ……ご主人、相も変わらず甘々っすねぇ」
「やることはやる。だが、必要のないことはしないさ。さあ……帰るぞ、お前ら。いよいよ、大臣を殺す。殺し屋集団もついでに殺そう。邪魔をするなら姫も殺す。俺の掴んだ情報が確かなら……これはもう、戦争だ」
そう、俺はある情報を掴んでいた。
聖なる力が悪魔を殺す。聖書の力が悪魔を地獄に落とすのなら、聖なる力はある。
邪悪な悪魔の力を持つ武器が存在するなら……聖なる武器が存在してもおかしくはない。
「行くぞ。聖なる武器は、存在させてはならない」
俺は、城下の活気から目を逸らして、先へ進む。
俺が戦争を起こすために殺した奴らは殺しちゃいない。魂にしただけ。
だからそれを戻したのさ。それだけの……話だ。
パチン――