表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/101

それぞれが綴るもの

「冥府の王がお嬢ちゃんに微笑んでくれるのか? ああそうだ、お前の母ちゃんは俺に微笑んでくれてたぜ。死んでも感じるもんだな、はっはっは!」

「口を閉じなさい。この外道」


 悪魔の武器は肉体強化の役割を果たす。

 ハーミットのそれもまた例に漏れず、多少なりとも効力を発揮している。

 そこへきて、ハーミットの日ごろの訓練が実を結び、奇しくも男以上の力で圧倒していた。

 本来ならば、ハーミットに勝ち目があったかどうか、わからない。殺し屋というよりも、暗殺者なのだから。


「お前の父ちゃんもそうだ、最後までうっさかったが、さすがにお前の兄弟の死体見せたら黙ってたよ! 皮をはぎ取る時の快感を、知っているか? え?」

「黙りなさい!」


 肩を剣で叩く。

 切れはしないが、中の骨は相当なダメージを折っているはず。というか、間違いなく折れた。


「ぐ……」

「この恨みは、晴らしても晴らしきれない!」

「それがどうした!」


 男の剣が、ハーミットの脇腹を捉える。

 しかし、ハーミットは寸でで脇と腹で挟み込み、これを捉えた。

 捉えきれない一抹の痛みと、じんわり感じる熱さ。間違いなく斬られた。が、関係はない。

 ここで、今こここそで、自分は、死んだって構わない。

 全てをここで、終わらせる!


「それがどうもしない!」

「つ……」


 男の足を叩き、膝から下を切断する。

 苦悶の表情を浮かべる男。

 対象に、暗闇に満ちた笑みを浮かべるハーミット。

 ようやく、恨みが晴らせる。

 殺し屋になった甲斐もある。先へ、進むことが――


『ハーミットお姉ちゃん』


 失った家族の、そして……教会に居る、今の家族の声が、聞こえた。

 刹那だった。なぜ思い出したのか皆目見当もつかない。

 それでも、声が、聞こえた。


「あ? この野郎が!」


 その隙を狙われ、男はハーミットの腹を狙う。

 しかし……それを見過ごすハーミットではない。

 男の腕を斬り落とす。


「あが、ああああああああああ!」

「やっと聞けました。あなたの、断末魔。安心して、あなたの中身、ちゃんと見せてあげるから」


 そして、ナイフを逆手に持ち、男の顔を剥ぎ始め、腹に穴をあけていく。

 男は死ねない。ハーミットの力で、強い幻覚を見せ続けられる。ショック死は出来なかった。

 恨みは一人の分ではない。家族も、そして、町の人間も、なにもかもすべて。

 男の声が消えたのは、顔の皮を全てはぎ取られた後、その最後だった。


「やった、やったよ、みんな。お姉ちゃん……頑張ったよ? ねえ、パパ? ママ? どこ、なの? 私、やったんだよ? 褒めてよ……せっかく、皆の恨みを……」


 嗚咽に声が埋もれていく。

 ようやく晴らした恨み。つもりに積もった感情は、今までハーミットの琴線を塞いでいた物を取り払い、ぶしつけにも触れていく。

 感情は漏れ出し、涙が流れだす。

 ひとしきり涙を流した後、ハーミットは立ち上がった。

 早く、帰らないと。皆が、待って居るから。


「ふふ、あの子たちは、まだ、私がいないと――」


 しかし、膝が崩れ、体のバランスを崩した。


「は、は……はは、な、なんでしょうね、これは」


 腰に手を当てると、真っ赤に染まった。

 そこは熱いのに、腰から下は、酷く寒いような、痺れるような感覚が少しずつ……消えていっていた。

 治っているわけではあるまい。


「ふ、ふ……まったく、私も私で、あの子たちみたいに世話が焼けますね。今日のご飯は、なににしましょうか」


 壁の方まで這って、自分の頬に手を添えた。


「お姉ちゃん、お帰りなさい!」

「ふふ、ただ今帰りましたよ。ほら、手を洗って、食事にしましょう」

「はーい」

「お姉ちゃん、今日は何を作ってくれるの?」

「今日は鹿肉のシチューですよ。お野菜たっぷり……あ、そんな顔しない。好き嫌いはいけませんよ」

「……はーい」

「さて、みんな卓に着きましたね。いただきましょう」

「お姉ちゃん、お祈りは?」

「お祈りは良いのです。この世に神はいません。それより……今日の皆のお話を、聞かせてください」


 「ふ、ふふ……そう、なのですね。では、お姉ちゃんはもっと頑張らないといけませんね。さ、早く、寝ましょう。明日が、明日が……」


 ハーミットは、ようやく自分の幻想から抜け出した。

 そう、だった。ここで、死ねない。死ぬわけには行けない。

 教会に、戻らないといけない。


「おや、おかしいですね。もう、体が、動きません。ああでも、こうしては、いられません。私は……戻らなくては。あの子たちの元へ、帰らなければ……私はまだ……死ね……」


 すでにハーミットは、冥府の王に誘われた。


「君の物語、楽しませてもらったよ」


 パタン――


   †


 うずうず。うずうず。

 ミリカによって切り刻まれた肉塊が、もう一度一つになろうと、集まっていた。

 目指す先は、脳たる核。未だ意識をたもつ、尋常ではない生命力を持ったアイリンヒに向かって。


「まだ……まだだ、私は究極の……」

「おや、君の物語はここで終わっているよ。まったく、悪魔の武器は本当に想定外だな。終わった物語を書こうと足掻くとは」

「……お前は……」

「自己紹介をする気はない。君の物語、酷く楽しませてもらったよ」


 パタン――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ