殺し屋たちとその過去が
「ちっ……やれやれだ。悪魔もあの程度とは!」
ミリカは疾走する。
通常とは違う敵を前にし、殺し屋としての彼女は大いに成長していた。見違えて、みるみると。
化け物を前にて、自分の剣が鋭さを増していくのを感じていた。
荒れ狂う触手をかいくぐり、敵の懐に潜り込み、一撃加える、すぐさま退散。
ヒットアンドアウェイを繰り返すが、その度にしかし驚異的な回復力が立ちはだかる。
「無駄だ、私は、私こそが、究極の存在なのだから!」
腕とも触手ともつかない物が襲い掛かる。
撃襲に次ぐ激襲だが、流石にミリカも目が慣れてきた。が、もう人の範疇を超えた物だった。
勝ち目がないことは明らかだった。
思えば、ミリカの人生はこんな事ばかりだ。決して恵まれはしなかったが、幸せとは言い切れなかった人生。
がしかし、ミリカが殺し屋として剣をとることになったあの時から、全てを刻もうと、誰も信じず、自分の力で切り開こうと、決めた。
だからこそ――
「な……に?」
一本ではなく、二、三本の触手が刈り取られた。
あまりの速度はすでに、化け物となり、人を超越した力を得たアイリンヒを以てしても超えられなかった。
「ふむ。大方、この悪魔の武器がよくわかった。お前の力など、私の前では無意味だ。刻んでくれる」
「なにを――」
ミリカは部屋中を切り刻む。ほとんど一瞬で。
この短時間で、一瞬にして、ミリカは悪魔の武器を深化させ、進化させることで真価を発揮させた。
そして、見つける。
「私は、今日そして今この時だけは、悪魔の力に頼るとしよう」
「な……それは……悪魔の武器! 私のものだぞ!」
「ふん、お前と大臣はこれを隠し持っているだろうとは思っていた。そして、使えない物は傍に保管、か」
好都合だとばかりに、ミリカは新たな悪魔の武器、その短剣を手に持った。
そして後悔する。
悪魔の武器は意思を持つ。自らが主と認めない者は殺害する、まさに悪魔の武器。
とんでもないほどの、命を捨てたくなる欲求。このまま剣を心臓に突き刺して、死んでしまいたい。
そんな気持ち微塵もないはずなのに、死にたい欲求が止まらない。
今までとは違う。受け入れる受け入れない、そんな話じゃない。
「これが……悪魔の武器か。だが……私はとうに……死んでいる!」
気付いた時には、全てが終わっていた。
刹那十字斬、ミリカはこの技をそう名付け、さらに……
「悪魔の武器、というのはいつまでも味気ないな。お前を」
刀、長刀の方に視線を向ける。
「雲耀」
短剣をみやり
「疾風」
自らの悪魔の武器に、初めて名前を付ける。これが、この名前が後世に伝えられるのか、ミリカにとってはどうでもよかった。
しかし、今回の件を以て、ミリカは変わった。
自分はいつまでも、サタンスロープと共に行動している場合ではない。
「ありがとうアイリンヒ、礼を言う。私はとうに、死んでいる。それをわからせてくれたようだ……といっても、もう聞こえないよな」
肉塊を見やり、ミリカは三つの扉を見た。
あちらへ行けば、恐らく一人で戦っているハーミット。
もう一方へ行けば、ベル、アルベルトとの合流。
そしてもう一方は――
この後ミリカは、ハーミット、ベル、アルベルトの誰とも会うことはなかった。
†
「なんだ、今の爆発は……」
「よそ見、ですか」
よそ見、をしたアイリンヒが用意した二人の男のうち一人を、ハーミットが猛襲する。
この時を、ずっと待って居た。
この時のために、ハーミットは悪魔の武器ではなく、ただただ剣術だけを磨いて来た。
なにせ、悪魔の武器で殺すだけでは生ぬるい。自らの手で、確実に、殺害するためには。
「ふふん、お嬢ちゃん、なかなかいい顔してるじゃないか、殺し甲斐がある!」
「あなたが殺してきた人々のように、ですか?」
真横、縦の単調な攻撃を受け、ハーミットはそれこそ会話をする余裕を見せながら受け止めていく。
さすがはアルベルトが常用している大型ナイフ。いくら大きな男の一撃を受けても欠けること一つない。
刃の側面に手を添え、男の足元へ抜けるように斬る。
「ちっ、ちょこまかと……あ? お前、どっかで見た顔だな」
「気のせいでしょう。私はあなたに会いたくて会いたくて、たまらなかった。ようやく会うことが出来ましたね」
話す余裕はあるが、ハーミットに話す気はさらさらなかった。
声など聴きたくない。言い訳はもちろん。聞きたい物はただ一つ。
男の断末魔
「死ね、死ね、死ね!」
「それはお前のほうっだ!」
真上からの一撃を真正面から受け、ハーミットは膝を折った。
避けることは出来た。確かに、ただの人間相手ならばなすすべはないだろうが、ハーミットは殺し屋だ。
この程度ならば、避けることは出来る。
しかし、それでも避けない。それでは意味がない。
殺す、殺す、殺す。とにかく殺せればなんでもいい。
「ああ……そうだお前、帝国の外れにある、小さな村にいたろ」
「……だとしたら」
「お前……あれか、最後の最後までうっさかった農夫の娘か。俺はな、殺した相手の顔は全部覚えてんだ。お陰で夜もぐっすりだぜ」
「そうですか。では、あなたは今日ここで、さらに深い眠りを手にすることが出来る。よかったですね」
悪魔の武器、振れただけで相手に幻覚を見せ、自らの思った通りに動かせるハーミットの切り札。
怪しげな光が満ちに満ち、ハーミットはシスターとして身に着けている十字架を引きちぎった。
「神よ、今日、今この時だけは、御目を逸らし下さい。……我は冥府の審判。冥府の王に誓いて、今こそお前に地獄を見せん」