殺し屋の中の
「は、三つを手にして、最早原形すら亡くしたな」
「ふはっはひひひひあひあはは! すごい、すごいぞ、体に力が、み、みなぎっていく!」
最早悪魔の武器と一体化した体は、左腕がナチュラルにはさみで、胴体は既に二倍以上に膨れ上がっている。服は破れ、茶焦げた肌は筋肉が暴れ果てていた。
自慢だった長い髪はキューティクルがあるのかどうか、黒い白銀に染まり、髪の間から覗く瞳は人のものではなかった。
大きく開かれた口の端からはよだれが迸り、化け物らしい。
人間は死に、地獄へ堕ちるとたまに化け物になるが、まさか生きている内に化け物になるやつとお目にかかれるとは。レーザムにとって新鮮な光景だった。
「殺し屋、どうする気だ?」
「造作もない。ただ刻むのみ」
「一人でやる気か? 俺と組め。奴の弱点を教えてやる」
「悪魔の言うことなど信じるか」
「その通り。悪魔はおろか、誰も信じるな。人は平気で嘘を吐く。悪魔は真実を隠す。しかし俺の主人は嘘がつけないし真実も隠せない。だから俺は、アレについていくと決めた。私に命じた物を果たさねば」
「……いいだろう。だが、お前、王子がああなるのは想定内なのか?」
「想定外だ。三つも持った上に全てが適応した挙句暴走した。このままこいつが暴れれば、後に化け物王として語り継がれるようになる」
「一介の暗殺者にとっては随分と大きな仕事だな。だが――」
ミリカが消え、アイリンヒ改め、新悪魔変異化け物、名前が長い。ニューデ・アイリンヒ。
そして結局アイリンヒ。
アイリンヒに突貫するミリカ。触手はより機械らしさを消し、もう肉のそれと大差なかった。
だからこそ、ミリカには斬れるというところだろうか。赤と黒が混じったような血を吹き出し、触手は確かに斬れた。
が……切り口から二つまた生えてくる。
「地獄に住む化け物にこんなのが居たな。だが――」
その細身からは想像できない膂力を以て、レーザムはアイリンヒを壁の向こうへ吹き飛ばす。
いや、想像できてはいたが、何分久しぶりのことでレーザムにも収拾がつかない。
「その程度の力で? 私を、殺せるものか!」
四方八方からの猛攻で、空気が嫌な音を立てる。風切り音スラ気味が悪い。
「ちょこまかと……私も変わらんか」
ミリカの攻撃を読むアイリンヒ。アイリンヒの攻撃を紙一重で避け続けるミリカ。
かたや圧倒的な暴力と、かたや中途半端な技術。レーザムが居なければ勝負は早々についていた。
いや、勝負どころではない。さっさと決めてしまわねば。
「アイリンヒ、さっさと死んでしまえ」
「死ぬ? 死ぬ? 私は死なん、私こそが、この世界の王になる!」
「この世界などくれてやる。だが、すでに地獄には王が存在する。アレが何というかな。ぶっ殺す、というだろうな!」
触手を引きちぎり、鋏に拳を思い切り打ち付ける。
尋常じゃない硬さだが、破壊し続ければいずれは破砕される。
粉砕に次ぐ粉砕。
破壊に次ぐ破壊。
地獄の王は、常々破壊を望む。
「これが、俺の力、俺のパワー!」
「小癪な悪魔風情が、調子に乗って!」
巨大な鋏が徐に向きを変え、レーザムの腕を千切る。
痛みを感じるが、どうせレーザムは悪魔。瞬間的に治せはしないがいずれは治るもの。
関係ないとばかりに、無事な方の腕で、心臓を打ち抜く――
が、レーザムの腕は、凶悪な筋肉に吸い込まれるように、アイリンヒの体にめり込んだ。
「なんだと……!」
「ふはっははひあ! 私に勝とうなど!」
「のお!」
レーザムはそのまま吸い込まれ、姿を消してしまった。
†
「ベル! 君まで前に行きすぎだ!」
「それが、なーに!」
両腕両足につけられた篭手とアンクレットのような装備。それが、ベルの悪魔の武器。
その能力は、異常な怪力をもたらすというもの。
快活な様子の少女が、面白そうに人を殺す様に、アルベルトは哀しさを覚える。
さっきベルが吹き飛ばした男は、夜の森の中に姿を一時的に隠しているらしい。
あのアイリンヒが用意した男だ、相当な力を秘めていてもおかしくない。だからこそ、何をしでかすかわからないベルの元についているのが一番と思ってのこと。
「あいつ、殺し屋でしょ? 殺し屋全て、ベル殺す!」
「なんでまた……」
辟易とするアルベルト。便宜上、彼女たちのリーダーを務めるアルベルトだが、実際に過去を知る人間はとても少ない。例えばベル。彼女の過去なんてほとんど知らない。
だからこそ、止めなければいけない。
「無駄に痛めつけるなよ」
「瞬殺なんてしない。とびっきりの悪夢を見せて、殺す!」
人が変わったベル。
しかし、アルベルトはどうすればいいのか迷ったりはしない。
さっさと終わらせ、今度はハーミットと合流し、アイリンヒ討伐に向かうまで。
が、その必要もなかった。
「な、たすけ――」
「なーい、よ!」
「ぎゃああああああああああ!」
ただの人間の腕をへし折る。最近は悪魔を相手にし過ぎて忘れかけていたが……生きたまま腕をもがれる苦しみなんて――
「そのていどなーの?」
「あぎゃあがああはがあっはっがああ――――――――」
顔の生皮を途中まではいだところで、男はショック死した様だった。
薄い月明かりに照らされたベルの笑みが、酷く不気味だったと、アルベルトは生涯忘れることはないだろうと心の中で思う。