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過去との

「はいはい、皆さんお行儀よくしてください」

『はーい』

「やれやれ、とはこのことなんだろうな」


 ミリカは肩を竦め、神の御加護満載の卓についていた。

 悪魔が居た以上、神を信じないわけではないが、神がいればこんな痛ましい世界はいないとも思う。

 だが、生命のありがたみに感謝するのは悪くはなかった。


「神にこの世の理を掴まさんと」

『神にこの世の理を掴まさんと』

「さあ、いただきましょう」


 ハーミットの号令で、子供たちは食卓のご飯をつついた。

 食を楽しむ心はまだ健在のようだった。こんな時世だから仕方ないと言えば仕方ないのだろうが。


「……いいのか? そんなわけのわからん祈りで」

「この世に神は居ないわ」

「お前がそれを言うのか。敬虔なキリスト教徒だろうに」

「ええ。しかし限に神は存在していません。ならば我々は神の帰還を望むのみ」

「お前らしいよ。殺し屋家業をしていながら、これだからな」


 パンとワイン。聖なる食べ物を美味しくいただきつつ、メインとなる、この教会のすぐ傍でとれた菜園の野菜スープに舌鼓を打つ。 

 ミリカの知る限り、ハーミットは元々普通の家庭で育ち、普通に暮らしていたはずだった。

 それが……どうしてこうなったのだろう。


「……ハーミット、昔ばなしでもしないか?」


 ハーミットは笑顔のまま、ミリカを見やった。

 そして、つやつやの唇に人差し指を添えると、より妖艶に笑んだ。

 今ではない、ということか。

 それから、ミリカはハーミットと子供たちと共に食事を摂り、ついでに子供たちにもみくちゃにされて疲れながらも寝かしつけた。


「こどもの力っていうのはすごいものだな。この私がくたくただ。ハーミット、お前は毎日これを?」

「ええ。深夜になると、私は殺し屋。昼や夜は孤児の世話ですわ。彼らは、そうですね、私の家族のようなもの」

「……なにがあったんだ?」

「そうですね……では、まだ夜もこれから。私のこれまでを話しましょうか」


 ミリカは空になったワイングラスに赤い宝石のようなワインを注ぐ。静まり返り、野鳥の声が微かに外で聞こえる夜。この夜は、きっとミリカにとって新鮮なものになるだろう。


「あれは、私が殺し屋になる前の頃。私は主婦の母親を持ち、農夫である父を持ちました。下には弟が二人。ふふ、あの頃はおやつを取り合って二人で喧嘩を始める弟たちに自分のおやつを分けていましたっけ。憂苦、というわけではありませんが、苦労もなく、ひもじさもない生活でした。領主から信頼を得ていた父は広大な農地をいただいていて、幸い疫病も災害にも充てられず、豊作が続きました。母は、私が豊作の髪に愛されているからよ、といつもお茶目なことを言っていましたね。すると父は肩を竦めて、豊作の神に僕の女神を奪われてはかなわないな、と母のおでこにキスをしていました」

「幸せな家庭だな」


 ミリカの幼少時代では考えられないような、幸せな絵面。思わず想像してしまうようだった。

 可愛らしい子供たちにまとわりつかれ、困りながらも喜びに満ちた顔をするハーミット。まるで一つ背伸びをして親のような気分になった彼女を、両親はそれこそ親の瞳で見ていたのだろう。

 

「しかし、幸せは、長く続きませんでした。私がそろそろ働き口を探そうとしていた頃、帝国の圧政、そして腐敗は進行をやめることなどなく、ただひたすらに、とめどない悪を蔓延させていきました。病魔に似た悪は、私の父の領主を最初に襲った。当時の領主は自分の領民を苦しめまいと、税を軽くしたままで、工芸品を納めることで面所を図ろうとしていました。母親もそれにこたえるため、主婦たちで連合を組んで、夫が働く間、妻たちは懸命に工芸品を作りました。しかし、領主はある時、一か無理心中、という形で死にました。私たちはそれが帝国側の策略だと気付きましたが、やがて口を噤みました。帝国の策略だと口にした一人の農民がその日通り魔に惨殺されたからです。手口は至ってシンプル。喉を拳で潰した後、内臓を取り出して体の周りに並べる、というものでした。帝国の狂気に、私たちは屈服せざるを得ませんでした」


 聞いたことがある話に、ミリカはそれでもワインを口に運んだ。

 確かに、聞いたことがあった。ミリカが帝国と同盟を組んでいた某国の暗殺者をしていた頃、内臓をサークルのようにするやつを。

 しかし、今は忘れよう。


「それでも、両親は懸命に声を上げました。私たちはおかしいものはおかしいというべきだと。その結果、父は農民と同じ殺され方をされました。それも、父はまるでかかしのように十字に結わえられた木にはりつけにされていました。内臓は野犬に食べられたのでしょう。もぬけの殻の体は、あの地震と優しさに満ちた顔からは想像できませんでした。続いて、私の母親です。主婦たちと共に集会をしていたところ、盗賊に襲われたとのことですが、母の死体だけ、臓物が繰り抜かれていました。そして、母の子宮には父のものではない精液で溢れていました。憲兵の言うところ、これは死後に直接膣を切り開いて入れられたものだったそうです。そして、次は私の弟たち。臓物をくりぬかれるのは同じでしたが、長男の右手と右腕、そして頭部が、次男の同じものと交換され、まるでブリキ人形のようにつなぎ合わされておかれていたそうです」


 そこまで聞いて、以前の自分なら吐いていただろうな、と思った。

 想像もつかない。今のハーミットとは。


「私はその全てを見て、笑うことも、怒ることも、泣くことも忘れました。家族が、まるで何かの作品の一部のようになっていたことが、許せなかったから。私は感情を失った。そこで、私は一人家にいました。家族が過ごした団らんの臭いは消え、弟たちの血の臭いで塗れていました。私は血の一部がついた椅子に座り、包丁を握って、待っていたのです。自分が殺されようとかまいませんでした。ですが、殺し屋はいつになっても来ませんでした。そこで私は、夜な夜な街に出ては、町人以外を片っ端から殺していたところ、レヴィットにスカウトされたのです。家族の恨みを果たせる、と」


 レヴィットにスカウト、は聞いた話だ。自分とてそうだったのだから、とミリカは空になったワインの瓶を床に置いた。


「そして私は、暗殺者として、悪魔の武器を使って行動を始めたのです。悪魔の武器は使用者と合わなければ、最悪死ぬとされるもの。しかし私は使った。悪魔の武器は私に力を与え、多くの人間を殺してきました。最早この血塗られた手で掴めるのは死者の首だけ。そう思っていました。ですが……ある時、私はこの人が居なくなった教会を見つけ、その中で寝泊まりをしていた子供たちを見つけました。彼らの傍らには、彼らの兄弟か、兄弟にしたのか、子供の亡骸がありました。私は彼らにご飯を与え、彼らは私に……笑顔をくれました。今では、復讐よりも、彼らのために生きようと思っています」


 ミリカは、そっと自分の左手を掴んだ。

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