王の企て
「いい加減出てこい。十五分これを言い続ける俺の身になれ。それとスフレ、レーザム呼んで来い」
「ごしゅじ――」
「わかってる。呼んで来い」
「……っす」
漆黒の翼をばたつかせ、スフレは姿を消した。
こんな雑魚としか言えない小悪魔に大切なことを教えられるとはな。
大切なことは手前がこれから大切にする人が教えてくれるって誰かが言ってたな。
「おい、こっちはたったひとりだぞ、それとも殺し屋ってのは、隙をつかなきゃ殺せんか」
耳が痛いほどの静けさが返事の代わりにやってきた。
乗ってこないか……尋常じゃない訓練を積んでいる。逃げていない以上戦意はある。にもかかわらずよってこないのは、俺のことを少なからず知っているということ。となれば、だ。敵の予想はおおむねつく。
この間、リエンと天井でやり合ってたあの子娘だ。
気配の消し方はリエンより上手いな。しかし殺気を隠しきれていないのがまだ若い。
「わかった、降参だ。悪魔の武器を置く」
俺はズボンのポケットから地獄でとれた禍々しい色の石を捨てて見せた。
この石、地獄での価値はそこいらの河原に転がっている石と変わらん。が、それを判断するのは俺じゃない。
それはようやく姿を見せた。やっぱり、あの小娘だ。
「周到なこった」
「それがお前の力か?」
「あ? こんなんただの石だよ。俺の力は悪魔の武器からなるものじゃない」
小娘は訝しそうに俺を見つめ、首を傾げた。
例の、抜いた時間だけ加速する悪魔の武器に手をかけはしていない。かけなくともいつでも抜けるんだろう。
しかしそんなものは俺にしてみれば脅威でもなんでもない。
「で、なんだ」
「お前について調べろとの命を受けている。しかし、これは報告すべきか悩みどころだな。お前はなんだ」
「地獄の王だ」
「……冗談を――」
「言えない性質なんだよなこれが。日々ユーモアと研鑽を磨いているつもりなんだがね」
耳元で言ってやると、小娘は耳を抑え、刀を抜いた。
見事に俺の首から鎖骨を削ぎ落して見せる。やっぱはええな。
「貴様……!」
「なんだ、耳が敏感なのか?」
「黙れ!」
顔を真っ赤にさせ、次の瞬間には振りかぶる。
同時に太ももを削がれた。なんでこいつ、俺がせっかく避けたと思ったら痛いとこばっか斬るかね。
色々真っ赤になった体に手を当て、治癒。これこそ地獄の禍々しい力。
悪魔は殺せないがばらばらに刻めば足止めは出来る。しかし俺はばらばらに刻まれる前に治す。
「なんだ……その力は……」
「地獄の王と言ったろ。お前のボスにも伝えておけ。悪魔の武器を使う悪魔は存在し、俺は地獄の王だと」
「……ガリュネイの――」
「手の者かとか聞いたらお前の右腕をへし折る。本気だ」
小娘は何も言わず、黙った。言おうとしやがったなこんにゃろ。
俺は溜息を吐いて、中指と親指を合わせ、顔の横で掲げた。
そうだったな。俺は地獄の王……こいつを生かして置く理由なんて……。
「地獄の王。今まいりました」
「……相変わらずタイミング最悪だな、レーザム」
「はい?」
「いや、良い。あの小娘を殺してくれ」
「仰せのまま……いませんが?」
「刀抜いたまま走れんのな…………そうだ、魂は」
「すべて回収済み。いつでも使えますが……」
「まだ良い。しっかり持っとけよ。それと……あの馬鹿王子が戦争中のはずだ。どさくさで殺せ。ガリュネイは手の中で転がせるが、あの王子は何をしでかすかわからん」
レーザムは一度だけ頷くと、黒い雷になって姿を消した。
こいつくらいだよ……俺の言うこと聞いてくれる悪魔は。まあ、腹の中に何抱えてんのか知らんが。
俺は胸に手を当てた。
心に突き刺さったもんは、いくら手を触れても治癒できねえ、か。
「さて……全員、殺すか」
上の人間は俺の邪魔でしかない。全て、知る者も知らぬ者も全て殺し、魔王復活を企てる魔王派の連中を始末する。魔王派に古参悪魔、中立悪魔。取り敢えず、古参と中立を地獄の王派閥に引き入れよう。
脅しは十分。人事は尽くした。あとは天命を……
「地獄の王が天命を待ってどうするって話だよな……まずは、計画を進めよう」
パチン――