家業
「なるほど、では僕たちには協力できない、そう言うことですね?」
「そういうことになる」
アルベルトは貴族の相手をしながら、組んだ足をもう一度組み直した。
貴族の家は上から統一しろという指示でもあるのか、どれもこれも同じような形をしている。
何の自慢か、このご時世に豪華なものを揃え、食うものは美味いものだらけだが客には水を出す。
まあ、アルベルト、そして、さっきから交渉を進めるアルベルトの横で黙って水を飲むハーミットは珍客なのであるから仕方はなかった。
それにしても、とアルベルトはハーミットを見た。本当に水をちびちび飲むだけで何もしない。
「はあ……残念です。今の帝国を潰すためにはあなたのような力は惜しい」
「なに? まさか貴様……最近噂に上がる殺し屋……うぐ……」
突然、男が苦しみもがき、喉を抑えた。
口の端からは徐々に白い泡のようなものが出ていき、男は何かを求めるように喉を掻いた。
永遠に続くようなかゆみを消し去るためか、渇きを忘れるためか、酸素を求めてか。そんなものは知ったことじゃなかった。
この状況下でも、アルベルト、そしてハーミットは水を含んで落ち着いている。なにせ、これは彼らが仕向けた事だ。
「な、男爵、男爵閣下! 貴様ら何をした!」
様子が変だと感じたのだろう。部屋の外に居た男がひとり入ってきた。
なにをしたも何も、その反応はあまりにお粗末だろうと、アルベルトは首を振った。
「僕の悪魔の武器の力だ。毒薬生成。材料なしで任意の毒薬を作ることが出来るんだ。悪魔的だろう」
「なにを言ってる!」
「さあ、君もそれを飲んでくれ。ぐいっと」
「ふざけるな、衛兵――」
しかし、男の頬に、ハーミットが両手を添えた。挟むように、優しく。
男の目の焦点が合わなくなり、まるで何も見えていないように、空に注がれる。
「それを、飲んで、一息で」
ハーミットの言葉に、男はゆっくり頷くと、毒が大量に注がれている水を飲み干した。
あとは、貴族と同じ最後だ。
「相変わらずえぐいね、君の悪魔の武器は」
「それよりも、あなたは無駄話が長いですわ。相手の気を逸らすためとはいえ、もっと他に方法ないのでしょうか」
「僕は毒使いでね。血が飛び出るのが嫌いなんだ。幸せの噴水って最悪だろう? 公共用水の無駄遣いだ」
「……歪んでいますわね」
「君ほどじゃない。幻を見せて命令を聞かせるなんてえげつない。彼はなにを?」
「美しい女性に足で虐められる幻ですわ」
「ほう、趣味が良いね」
さっと立ち直し、アルベルトは部屋の外へ出た。
「いいかい? 殺しっていうこれは……今や僕にとって稼業だ」
過度の曲がりで隠れていた守衛の襟をつかみ上げ引き寄せると、忍ばせていた大きめのナイフで喉を掻き切った。
血がかからないようにさっと避け、死体をそこらに捨てた。
「お見事。そう言うことが出来るのでしたら早くやるべきですわ」
「出来ないとは言っていないよ。やりたくないだけ」
アルベルトは溜息を吐くハーミットを一度放り、壁を指先でいくつか叩いた。
ざっとふたり。
数え終わると、アルベルトは姿勢を低くして駆けだした。
前方に一人。攻撃の前にこちらが何であるか確かめようとしたところを、頭を蹴る。
壁に側頭部を打ち付け、ひるんだところで首の根っ子にナイフを刺す。
そのまま捨てると同時に前へダッシュし、もう一人の守衛を捉えた。
今度はなんの確認もないまま剣を振りかぶるが、この狭い部屋では不向き極まりない。
振りかぶったところで足払いをかけ、案の定手からこぼれてしまった西洋刀を掴み直して心臓を突き刺す。
さて、最後だと、もう一度走り、壁を蹴り上げ天井近くまで飛翔し、そのまま最後の一匹の首を蹴り折った。
地面に着地し、近場の窓を割る。
「逃げるよ、ハーミット。全滅させても……」
「そう。あなたは今から、この屋敷に火をつけるの。いいわね?」
アルベルトは肩を竦めた。
「なんです?」
「今度はなにを?」
「五回ほど射精を寸止めさせて、いかせてほしければこの屋敷に火をつけなさい、って言われる夢。私の幻は、自分が最も好きな相手が現れるから、相当でしょうね」
「気の毒だね」
「幻のお相手は十二歳」
「死んで当然だ。地獄に堕ちろ」
アルベルトはさっさと背を向け、割った窓から出ていく。
殺し屋家業は今日も休みなんて有り得ない。
いつだって人を殺す。良いものを守るために悪いものを殺し続ける。
そうすれば、いつの日か良いものの方が増えると信じて。
「神は居るのかね」
「居たとしても、人間を見限っているのでしょう。でなければ、こんな痛ましい世界は出来ません」
「だよね。さて……ミリカたちと合流しよう。こっちはフィーネ姫との約束を取り付けた。血の契約。悪魔のそれよりは劣るが強力」
「ミリカたちは大丈夫でしょうか。三十二連勤で」
「この稼業に休みはないよ。さあ、世界を救いに行こう」