契約遂行
「お前、スフレの身内か?」
「身内と言えば身内だな。なに? あいつの腸で蝶々結びってCマークなの?」
「なんだそれは」
「気にすんな。誰も笑ってくれねえジョークだ。それより無駄なおしゃべりが大好きだなお前ら」
「いたぶる時間はたっぷりある。それで? スフレを知ってるってことは奴を知ってるな。地獄の王だ」
「俺だ」
ぶん殴られた。そこまで怒らなくてもいいじゃないか。ホントのことだし。
ああもう。歯は全部ないし肋骨は二本ほど粉になったし、指は五本ないし、おまけに顔びしゃびしゃ。
嫌だねこの久しぶりな状況。
あとどうでもいいが、俺はどんな拷問にも耐えられる。酷い責め苦を受け続けて今じゃ地獄の王だ。
「悪い冗談は好きだが冗談は嫌いだ。ヨハネスはどこだ」
「知らねえよ、マジで。姿消しちまった。今度会ったら俺が殺す」
「……ああ、お前もこちら側の人間か」
「なに」
「魔王を復活させる悪魔のことさ」
……ああもう。寄りにもよって最悪な連中だ。輪をかけて最悪だ。
悪魔封じの中に居なきゃぶっ殺してる。俺を拷問する悪魔も出られないのを承知の上で中に入って色々道具使って拷問してやがるから性質が悪い。
まあチャンスはあるさ。あいつが出る瞬間、俺だって自由の身だ。そこを狙ってやるさ。
だから、今はこのバカたちを利用する。
「そうか、お前らは同志だったか。んじゃこれ消してくれ」
「早々信じられるか。魔王を復活させることは重要事項だ。だが、あのヨハネスが王になって以来、門は封じられ、魔王の復活の封印は地獄七魔将共に握られた」
「知ってるよ。全員殺しゃ良いんだろ? だがな、ヴァレイドを殺しゃ、三人分だ」
「……なるほど、嘘ではないようだな。だからこそ、ヨハネスの重要性は分かっているな?」
この古典悪魔ども……なるほどそういうことか。
ヨハネス、ではなく地獄の王の所有物。
悪魔や化け物、地獄の住人を封じ、忠誠を誓わせ、いつでも力を行使できる黙示録。別名地獄お友だち手帳。
そして、悪魔を殺せる唯一の武器、の剣。聖冥の剣
要するに、聖冥の剣使って地獄七魔将全滅させてからの魔王復活か。
ひでえな。俺が必死で止めようとしてること全部やってやがる。
「ああ。だが、お前たちと俺の魔王復活の目的が一緒であるかどうか怪しい。目的を確認したい」
「知れたことを。この世界を焦土にする」
「かー。相変わらずセンスがねえな。んなことしたってなにもなんねえぞ」
「ふん。わかっていないな、魂の重要性を。魔王がこの世界を焦土に変えれば、多くの魂が手に入る。そうすれば、俺たちはあいつらに勝てる。何百年も前から戦っている、あいつらに」
そりゃあれか? レーザムの言っていた、いずれ俺たちを殺せるって存在のことか?
は、眉唾すぎるな。信じねえぞ。悪魔を殺せる存在ってなんだ。
「あいつら?」
「なんだお前、スフレとつるんでいるくせにあいつらを知らないか。新入りだな」
「わりと地獄の時間で二、三百年くらい」
「ふん、まあ良い。それより、お前のことがわかるまでは暫くの間――」
「にゃーはは、スフレっすよ、スフレを呼んだっすか?」
ああ、ほんとに、呼べば来るんだなこの小悪魔。
助けを求めたのがこのバカだったってことが、俺にしてみれば本当に信用できるやつなんて少ない。
ああいや、違ったな。誰も信用できはしない。
スフレは悪い冗談を言うわけでもなく、わかっている、とばかりに果物ナイフで魔法陣を削り取った。
ようやく自由の身になった俺は、繋がれていた鎖を引きちぎり、椅子を後方へ蹴飛ばした。
「な……スフレ! 貴様……」
「待て、そいつは地獄の王の居場所を知っている。捕まえて吐かせろ」
「雲になったり羽はやさせたりさせんなよ」
俺はうんざりして首を振り、滅茶苦茶になった体の幹部に手をやって治癒させた。
「覚悟しろよ、ゴミ共が」
瞬間移動で俺を痛めつけていた奴の正面に移動し、顎から脳天へめがけて聖冥の剣を突き刺した。
静電気のような衝撃が走り、悪魔はびくつきながら床に倒れる。ああ、言っとくが死んでるよ。
死んだ悪魔は地獄にゃいかん。元々魂がけがれきってああなっちまったんだ。死んだら無だ。
「それは……聖冥の剣……まさかお前、ヨハネスか」
「は? あんなおっさんと一緒にすんな馬鹿。俺が新しい地獄の王だ」
「ひかえよろー。このお方をどなたと心得る。恐れ多くも地獄の王、シオン様であらされるぞ」
「はいはい。ゴミ共が、俺を敵に回したくなければさっさと死ね」
「ちっ……ここで死ねるか」
赤髪のやつらの体から黒い靄が 漏れ出し、人型のシルエットみたいな形に再形成される。
悪魔どもは煙になって移動するという話を前の世界で聞いたことあるが、少し違うな。
実際は人の形をした靄だ。もう少しで向こう側が見えそうな程弱々しい。
「逃げやがったか。まあ良い。あとでぶっ殺す。ちっ、大臣殺そうとして酷い目に遭った。あのゴミ野郎、ただものじゃないな」
「そんなのわかってたことっすよ。それよか、あたしゃ契約したっす」
「は? お前、また俺の断りなく勝手に外行ったのかよ。ぶっ殺すぞ」
「あーらそれはそれで喜ばしいっすけど、まあ、そんなこたもうないのでご安心を。んじゃあ行きましょうっす」
「どこにだ」
「いやぁ、教えるって予定だったんすけど、今回はサービスっすよ」
漆黒の翼を広げ、スフレは俺を包み込んだ。