キスで契約
「あの、おふたりさん、あたし呼んじゃだーめよって、ご主人言ってたっすよね?」
「はい」
悪魔封じの中で頬をかくスフレに、フィーネは満面の笑みを浮かべた。
スフレがどう思っているのか知らないが、フィーネはスフレが特段嫌いではなかった。別に好きなわけではないが。
フィーネはスフレの周りを回って、小悪魔を観察していた。
「じゃーなんで呼び出すんすか。ていうか、今普通にあたし呼びだしちゃったらまずいんすよ。ご主人に頼まれごとされてて。あーそれはとりまいいっす。スフレ忙しいっす」
「それはすみません。では単刀直入に。あなたのご主人さまはいずこに?」
「んなこた知らないっすよ。スフレは子守頼まれただけっす。ご主人最近駆けずり回ってるっすからねぇ。あ、でも指鳴らしてるだけっすけどあはは」
「姫様、こいつを焼けば少しは話しますかね」
「あーもー、リエンっちさん、そりゃあきまへんよ。スフレは地獄の炎で焼かれ続けてるんすから、そんじょそこらのあら…! それ地獄の炎っすね」
スフレはリエンが抜いた刀を包む紫の炎をしげしげと見つめながら言った。
どうやら自分の従者は本当に地獄の炎を操ることが出来るのだな、と核心に変えていく。
取り敢えずのところ、悪魔の武器の中ではかなり上位の強さを誇るというのは分かったから良しとしよう。
フィーネはスフレの前に椅子を置き、ゆっくりと座った。
「教えてくださいませ」
「いやまあ、スフレもお姫さんのお願い聞いてあげたいんすけど、ここから出してもらわないと困るっす」
「お約束します」
「口約束で?」
「では、契約いたしましょう」
「……あたしゃ、あの甘々王と違うっす。ちゃんと結ぶっすよ。契約はキスを以って――」
「貴様――」
「あんたホント過保護っすね。ちょっと黙っててくださいっす」
確かにリエンは過保護は過ぎる。
フィーネはリエンを手で制し、スフレに向き直った。契約は、なぜかキスを以って締結される。
まあ……良い。今は自分の貞操がどうの言っている時期でも状態でもなかった。
「取引内容は」
「そうっすね。あたしを自由にして、もう二度と呼び出さないこと。その代りに、あたしはあなたに王の場所を教えるっす」
「契約書に特記事項を加えておいてくださいな。あなたは、私が望めば永久に地獄の王の場所を教える、と」
「……抜け目ないっすねぇ、いいっすよ」
スフレはニヤつき、フィーネは頷いた。
リエンに向き直り、フィーネはもう一度頷く。
まったく納得いっていない表情のリエンだったが、渋々魔法陣を刀の切っ先で削る。
自由の身となったスフレは肩を竦め、リエンに顔を近づけた。
「あら、ひょっとして、ファーストキスっすか?」
「昔酔ったリエンにキスされたのが初めてですわ」
「な……! 姫様、それは本当ですか!」
「安心してくださいっす。この口で何人もの男を落としてきたっす」
言うと、スフレはフィーネの口に自分の口を重ねた。
思った以上に湿っていて、柔らかかった。だが、それで終わらない。
唇以上に湿っていて、柔らかいものが唇を割って入り、歯茎を、歯を、そしてフィーネの下を楽しむように、蹂躙するように移動した。
なにか別のいきものが口の中を遠慮せずに突き進んで、知らないうちに呼吸が上がる。
「んん……」
知らない間に声が出たところで、フィーネはスフレを拒絶した。
何度か後ずさったスフレは下をぺろりと出して、「ごちそうさまっす」と妖艶な笑みを浮かべた。
さっきも言った通り、フィーネはキスの経験がほぼほぼない。だからわからないが、たぶんスフレは上手い。
「さっさと答えろ。私が正気な内にな」
「はいはいっす。そんな顔しなくたって。ええと……おや?」
「どうかしましたか?」
「……ご主人の気配が見当たらないっす。こういうケースだと……悪魔封じに捕まったか、死んだかっす。ご主人が早々殺されるはずないので……捕まったんすかね」
「なら、見つけられないのですか?」
「いえ、ご主人が私に念じて呼び出せばわかるんすけど、そんなヤバい状況で私呼び出すとは思えませんっすね」
「お前は……姫様の唇を奪うだけ奪っておいて」
「あはは」
ばさりと漆黒の羽を広げ、スフレはその場から消えた。
怒り狂いそうなリエンだったが、フィーネは信じていた。いずれ、居場所を教えてくれるだろう。
いや、そもそも……
「あの方を探しましょうか」
地獄の王が捕らわれたとは、中々の非常事態だった。