王の捕縛
「さて……おいスフレ、ネラとそれ、頼んだぞ」
「あいあいさー」
ほんとに分かってんのかね、このバカ悪魔。
俺はネラとビジネスバッグをスフレに託し、怪訝な顔をしながら
パチン――
「大方準備は整った。レーザム。悪魔連れてきたな?」
上の世界。帝国の城が見える小高い丘の更に小岩に片足ついて、俺は城を睥睨した。
背後に見える森の影をぎりぎり踏まないような位置に立つレーザムは、静かな笑みを浮かべていた。
「ええ。しかし、契約魔ではありませんよ?」
「なんだって良い。悪魔は死なないからな。適当に暴れてくれれば問題ない」
「どうなさるおつもりですか?」
「なに。簡単な狩りだ。レーザム、森に悪魔封じトラバサミが大量に仕掛けられているとしたらどうする?」
「森を迂回します」
「いや通れよ」
「稲妻になって避けます」
「歩け」
「そこいらから人間をさらって先行……ああ、なるほど」
「お前の頭がくるくる回って助かったよ。ほいじゃあ、悪魔ども、城に入って好き放題しやがれ」
血気盛んな悪魔どもだ。ひとたび城にはいれば好き勝手さ殺戮を繰り返すだろうよ。
このためにわざわざこの間門からいつの間にか出て行った雑魚どもを探し歩いたんだ。
実際は指を鳴らしただけだけどなははっ。
地獄の門は何者かに封印され、悪魔は最初から外に居た奴らと地獄に居る奴らで二分化されていた。しかし、契約魔たちは残らず戻したから……今いるのは俺が連れてきた奴らと、状況を把握できていなければ何の情報も持たない雑魚悪魔しかいない。
どっちも地獄に関する大切な情報は持っていないが、悪魔を殺す方法の実験台にされても困るので後で全部始末するけどな。
「よし。叫び声が聞こえたら行くぞ」
「さすがは策を巡らせれば右に出る者はいませんね」
「お褒めに預かり光栄だ。レーザム、久々に地獄七魔将の力でも振るうか?」
「いえ。悪魔の情報屋が居ない以上。全ての情報は私が集めなければ。スフレもツバキもあなたの言うことを聞かない」
「そうだな。頼むよ」
「はい」
黒い稲妻が空に昇った。
さて……叫び声は消えたな。そろそろ城に乗り込むとするか。
パチン――
さて、何度も来たから今さら感動も何もあったものじゃないな。ええと……死体がひい、ふう、みい……
おかしいな。皆殺しにするかと思ったのに、そんなに転がってない。
おいおい、城の中に死体があんまり転がってないって普通じゃないぞ。
適当に死体をつま先で蹴って確認。返事がない。ただの死体のようだ。
ええと……あのクソ大臣がいるのは……ここか。
「よお、また会ったな」
潔癖症ってわけじゃないが、扉っていうものは手を使って開きたいようなものじゃないよな。
軽く両手の甲を前に払って、重そうな扉を開いた。
そしたらもう居るんだよね。でかいけつが収まるか怪しい椅子をそこらへ放った大臣が。
「あなた……確か、姫のお傍に居た勇者……何の用です?」
「ああ。俺の悪魔がアポなしで来たはずだが……もてなしはしてくれたか?」
「ええ。クッキーとミルクを振る舞いましたよ。お口に合わなかったようですが」
「そうだろうな。甘いものと善意を喰うと腹下しちまうんだよ、悪魔どもは」
「なるほど、なるほど。では、あなたは悪魔ですか」
「殺したいほど憎いだろう?」
「いいえ。あなた方にはずいぶん助けていただきました。まあ……あなた方の武器ですがね」
ガリュネイ。フィーネたちに言わせれば諸悪の根源。俺に言わせればたぬきおやじ。
速い話、こいつを殺してしまえば他の連中の思惑も空中分裂のはずだ。いくらか悪魔の武器を渡してやれば気も済むだろう。
そうすりゃあ……誰も地獄の門を開こうとはしない。それに……悪魔の殺し方も魔王の封印の解き方も、なにもかも調べようとはしないだろう。
丸く収まって解決。俺もあの屋敷をリフォームできる。
「まあ良い。恨みは特にないが、ここの国の人間は多く恨んでいるらしいからな、善行だ、死ね」
「わかりませんね……。あなた方悪魔は、なにがしたいのですか? 人間を殲滅して、支配をしたいのだとすれば、さっさとすればいい」
「ふん、そんなことするのは魔王くらいさ。俺は違う。保身が目的だ」
「おや、私と同じじゃないですか」
「黙れ。お前はどうせここで死んで地獄に堕ちてくる。たっぷりいたぶってやるよ」
「ああ。やはり地獄があるのですか。よかった、よかった。では、私が呼び出した者は間違えではなかったようだ」
ガリュネイが嫌らしい笑みを浮かべると、俺の後ろ、そして前側に、軽鎧の男たち四人がいる。
赤い髪の青年たちだ。並々ならない雰囲気を醸し出しているし……おい、酷い顔だな。
「悪魔か」
「……一目でわかるとは、あなたは彼らの言う高位の悪魔ですね」
高位って……悪魔を見分けられるのは俺かツバキかスフレくらいだぞ。ていうか誰だこいつら。
地獄の門を開いた時の奴らじゃない……。
「何年前からここに居た」
「そうだな。四〇〇〇年前だ」
一人の男が答えた。
なるほど……古い悪魔たち、古参か。
しかし……敵が悪かった。俺は高位どころではない。
「くだらんことを――おい、マジかよ」
迂闊だった……
俺の足元に、いいや、この部屋全体に、あまりに大きすぎて見えなかったが……悪魔封じが描かれていた。