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姫と暗殺者

「申し訳ありません、姫様。このアジトをネズミに嗅ぎつけられたようです」

「アジト、という言い方は好きではありませんよ、リエン。ここはそう別荘というのはどうでしょう」


 洞窟に掘っ建てられたいくつかの部屋がある施設。いや、施設というのもおこがましいあなぐら。

 ここを別荘というフィーネ。自分の生活圏をあまり悪く言ってほしくないという気持ちの表れだった。

 リエンの表情は仮面で見えないが、長い間一緒に過ごした仲だ、微妙な顔をしているのは分かる。


「それに、せっかくのお客様です。ネズミと呼ぶのも……いかがなものでしょう」

「それもそうですね」


 リエンは刀を抜くと、岩肌目立つ地面に突き刺した。

 一瞬の振動と熱の覇道が洞窟中に伝わる。


「つ……酷い歓迎だな」


 岩陰から現れたのは、茶髪で猫目の青年だった。フィーネに見覚えはない。

 ちらりとリエンを見やったが、リエンも知った顔ではないようだ。

 要するに、完全に部外者が、誰にも知らせていない、もちろん知られもしていないはずの場所。

 リエンが後をつけられるようなへまをするとも思えない。

 いや、とフィーネは考えを改めた。リエンを以ってしてでも撒けなかった相手、というのはどうだろうか。


「暗殺者の方、ですか?」

「そういう言い方をされるととても反応に困ります。お初にお目にかかって光栄ですよ、フィーネ姫」

「薄汚い手で触るなドブネズミが」

「酷いな。同じ穴の貉じゃないか。少なくとも僕たちが志す方向は一緒のはずだよ」

「お前を見ているとあるやつを思い出す。関係者か?」

「どれのことだい? 生憎とこの稼業長くてね。わからんよ」

「そういう物言いのことだ。そっくりだな。姫様、今すぐこいつを消し去っても……」


 フィーネは一つ息を吐いて、清らかな川の流れにも似た動きでリエンを制した。

 リエンは手で制され、仕方なくと言った風に一歩下がった。

 この忙しい時に面倒な客が来たものだと、フィーネは溜息を堪え、青年と相対した。

 自ら椅子を用意し、差し出す。


「光栄です。姫様」

「どうでも良いが、姫に敬意を払うふりをするな」

「どうでも良いけど黙っててくれ。あなたは過保護すぎだ」

「なっ……」

「リエン。少し下がっていなさい」


 さすがにそろそろ話を進めたい。

 リエンは腕の立つ従者だが、確かに過保護だ。それに、フィーネは今まで散々自分の命を狙う連中に出会ってきた。そこで学んだことは、優しくする人間ほど信じられないこと。殺す気ならば即座に殺そうとすること、だ。

 それに、リエンの悪魔の武器の力を見ても動じていなかった。

 つまり、だ。

 この青年は少なくとも悪魔の武器を所有しているか知っている。


「さて、従者が失礼を。単刀直入にお伺いします。何者ですか」

「……そうですね、こちらも一々話している前置きは捨てましょう。我々はサタンスロープ。僕の名は、アルベルトです。この帝国を良くしようと革命を起こす者です」

「平たく言いましたね。良くしようとは、具体的になにを仰っているのでしょうか」


 この手の輩は今まで何人も近づいて来た。まあ、アジトにまでやってくる敵を、フィーネは記憶していなかったが。

 甘い汁狙いか、政権交代狙いか、もしくは本気で国を良くしようとしているか。

 まあ、後者の大半はガリュネイによって遠方に送られ、生きてはいないが。


「帝国の闇を斬る。僕の仲間のひとりはそう言っていました。無論、僕も同じです。今の帝国には指導者が居ない」

「皇帝……父は亡くなりました。元来ならば私が女王として即位するところですが……名目上、私は王国に嫁入りする身。私の義弟が即位するのがシナリオのようです。女よりも男、というのもあるようですけどね」

「そんなことしたら摂政にあの大臣が就き、今よりも滅茶苦茶になる。ということはもうわかっていること。これも率直に言うと……大臣暗殺が最も近道」

「それが出来れば苦労しません」

「出来たはずです。大臣は土台固めのため、自分に反逆する者を次々抹殺し、帝国を弱体化させました。その隙をつけばよかった。が、妙なタイミングで王子との政略結婚。また妙なタイミングで悪魔の武器の露見。図ったように大臣を守るようなことばかり起きています」

「……誰か糸を引いていると?」

「僕の情報筋の立てた仮説です。証拠も何もありはしません。だからこそ、あなた方に会いに来た」

「殺し屋風情が帝国の姫君に何の頼みだ」

「殺し屋になりたくてなったわけじゃない。僕らは全員、殺したくて人を殺しちゃいない。だが、いくら強い思いが集まったところで巨悪には対抗できない」

「そこで……パトロンをお探しですか?」


 ありがちな話だ。

 魔の悪いことにフィーネにも力はある。金もある。不可能ではないが、やりたくはない。

 殺し屋の後ろ盾になる意味とメリットがない。

 フィーネは深く考えようとはしなかった。帝国のためになるのならどんなことでもする覚悟だ。

 そう。風のうわさに聞いた、王国と中央を戦わせるために両者の国で大量虐殺を行った、あの地獄の王のように。

 彼を思い出し、フィーネは苦笑した。


「リエン。片付けて下さいますか?」

「承知いたしました」


 これに驚いたのはアルベルトだった。


「な……どうするおつもりか。我々は――」

「あなた方の目標から推察するに、私も目標になりかねない。ならばここで始末します。私が欲するのは力。制御できない暴力じゃありません」

「考え直してください」


 アルベルトが身をよじった時、フィーネの目に……金貨が入った。おそらく、サタンスロープなる連中の紋章なのだろうが……

 なぜか……城下の記憶がフラッシュバックした。


「……では、契約しましょう」

「姫様……!」

「この間捕まえた契約魔の、契約のまじないの一部を使います。アルベルトさん、あなたに覚悟があるのなら、私に血をください」


 アルベルトは何も言わなかった。ただ、コートの中からごついナイフを取り出すと、自分の二の腕を斬った。血が、どくどくと音がする程激しく流れる。

 服で見えないが、鍛えられた体は血を激しく流させる。


「血を流す覚悟くらい、出来ています」

「では結びましょう。あなた方との協定を」

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