パーティー
「地獄の王。ただ今、全ての契約魔を引き戻しました」
レーザムはいつもの慇懃な礼をして、開口一番そう言った。
俺は振り返って、ポケットに手ぇ突っ込んだまま、ご苦労と、言葉の通り言葉で労を労う。
「よし。魂はどの位だ」
「こちらの時間で一〇年契約ですから、上の世界での一か月後には二十五の魂が収集できるかと」
「悪魔は魂を持っていない。化け物も。だから地獄落ちした人間か、上の世界の人間の魂を集め――」
俺はよろけ、頭を押さえて苔すら死んだ黒い岩に手をついた。
くそ……
「地獄の王。いかがしましたか」
「いや……頭の引き出しいくつか引いたら焼かれた」
ヴァレイドが、死の直前に俺に施した物、それは奴が持つ地獄の情報だ。あまりにも膨大で、俺が死ぬことを良く分かっていたらしいあいつは情報を小出しにした。
おかげでちょいちょい引っ張り出すために脳みそ本気で焼かれてしゃあない。全く、死ぬ前も頭痛持ちだったってのに。
「つう……ああ、魂の量が足りんな。最悪、戦いには使わん」
「地獄の王。あなたはどこまでご存じなのですか?」
「あ? もうちょいで魔王が復活するってことさ。まったく、最後の戦いで本気を出せんとは」
言うと、レーザムはほっとしたように胸に手を当て、礼をした。
どうでも良いが、こいつ何か隠していやがる。魔王を倒すために魂の力を得ようとしたが……集まったのは雀の涙。やっぱまだ駄目か。契約魔たちも契約魔になってまだ時間が浅い。
マーチャンダイズアプローチが出来ちゃいないんだよ。
「おい、レーザム。一度だけ聞く。俺に隠し事をしているな」
「はい」
「俺が知らんとまずいことか」
「まあ……悪魔なら」
「遠い未来か近い未来か」
「まだ遠いところ、動いていないところではありますが、動き出せば目の前に」
「そうか。んで、契約魔は、何人帰ってきた」
こういう時隠さない悪魔大好き。
ぶっちゃけ、こいつらは自分に素直で正直だ。
まあ、真実を隠して話す癖があるようだが。
「十五人の内、ふたり帰ってきました。ああ、ご心配なく。契約の権利は私に。そして」
レーザムはビジネスバッグからなにかを掴んで俺の方へ放った。
「あなたの元に」
「ああ。何の安心もできんな。おい、たったふたりか」
「ええ。巧妙に名前を隠し、まじないも特殊なものでしか呼び出せない。あとはそれを、自分たちを捕まえることが出来ないレベルの相手に噂として流した、と」
「なあ、生存者の冒険譚聞きたいんじゃないんだ。生憎とみみたこなくらい異世界チートは聞いてるんだ」
「いせか……なんです?」
「俺らみたいなの。ったく、ふたりをとりあえず休ませろ。なんなら好きなもんやれ」
「それはそれは、ありがたいお言葉。彼らも喜びます。そういれば、殺された十三人……ああいや、正しくは八つ裂きにされた上に封印された十三人の内訳を聞きますか?」
「聞きたくなさすぎるが、なんだ」
「二名があなた様のお気に入りのお姫様に。こちらは悪魔封じに封じ込まれただけですが、この間助けに出向いたせいで悪魔封じが巧妙。私では危険が生じます」
「おい。残りの十一人全部あのとっちゃん坊やか」
「脅しは聞かなかったようですね」
と、レーザムは肩を竦めて言う。
しかも、生き残った二人はなんか大層なこと言っていたが、結局レーザムが助けたやつらだ、と。
まーったく、悪魔大嫌い。
まあそれ以上に……あのやろ……案の定こっちの邪魔しやがった。
俺は岩肌で地団太を踏んだ。
「魂集めは万が一魔王が復活した際の切り札だったってのに、案の定出回った契約魔たちは全員やられた。もう容赦せん」
崩れ落ちる崖を背後に、俺は腹の中の怒りを爆発させていく。
どうでも良いと言えばどうでも良い。上の世界なんてな。
死ねないんだ、俺は。魔王に瞬殺されちまう地獄の王は、な。
「彼を殺害しに向かうのですか」
「場所がわからん。姿を隠すまじないを施したらしいな。悪魔どもに探させようにも、大量虐殺の恐怖が浸透していない。まったく洒落にならんよ。最悪なタイミングで人間どもが邪魔をしやがる。さすがの俺も単体で人類滅亡はまだ無理だ」
「そうでしょうね。しかし、我々地獄七魔将を殺そうとしているのも人間」
「……ひとつ聞きたい。なぜ、俺は良いとして、お前たちが焦る」
「はい?」
「悪魔の武器はおろか、俺でしかお前たちを殺せないはずだろう? 俺らが必死こいて探しているのに人間が見つけられるとは思えん。だから何で焦ってる?」
「それは……」
「お前知ってるな? 悪魔を殺す方法を」
レーザムほどのやつは……追い込むと途端にぼろが出る。
普段追い込まれないように徹底しているから、いざと言う時取り繕えない。
しゃあしゃあと嘘を吐けるようだったらよかったろうに、こいつらは嘘は吐かん。
悪魔は嘘つき? あれは嘘。解釈する人間の方が自分に嘘を吐いている。
「……近くて遠い未来、悪魔が死ぬ。私はそう感じてならないのです」
レーザムの顔には恐怖の色があった。俺は……少なくともそう感じた。
「……ああ、そうか」
パチン――
「さあ、パーティーを始めよう。死にたいやつは誰だ」
そこは魔法の国。ああいや、声が高いネズミが居る場所じゃないよ。
なんか……色々浮いて、クリーム色の煉瓦造りの地面。中心には噴水。
大勢の人々が、集っていたよ。