敵襲
「いいか、良く聞くっす! 刮目するっす! このお方は我らが悪魔の王、シオン様っす!」
仰々しく、スフレが俺の紹介をする。
地獄の薄暗闇を背に、なぜか少しだけ小高い丘にネラとともに、やつは演説ぶったセリフを吐いた。
特に何かしたわけではない。
俺を助けたわけでも、邪魔をしたわけでもない。地獄の大して強く無い日差しをパラソルで防ぎつつ、テーブルと椅子を広げて休憩していやがった。
だから俺は今、足元で寝転がっている悪魔の死骸より、あの馬鹿を死体にしてやりたかった。
「誰でも良い。かかってこい。あいつの言う通り、俺はお前たちの王だ。反逆するなら殺すまで」
この間、俺は演説を行った。悪魔たちに、扉に近づくな、と。
そう、やつらはそれでよかった。馬鹿は欲望と権威に忠実であり、賢い。
だが、こいつらは違う。
俺は視線を少しだけ上げた。
地獄には地平線と大きな山が幾つもある。見渡す限り荒野。荒れ果て、命の欠片もない。
そして今、命の欠片すら失ってしまった悪魔だったものや、怪物だったものの残骸が転がっていた。
死屍累々。そう言って良い。
視線を戻し、聖冥の剣をシャツの袖で拭いた。
大量虐殺。悪魔を殺し尽し、俺に反逆する輩を排除し尽した。まだ居るんだろうが、当面はこれで良い。
「スフレ。他にも反体制派の悪魔は居るのか?」
「まあ、そこら中に。でも、ご主人のこれを見てご主人に反抗するやつは馬鹿か、本気で地獄の覇権を狙う古豪っすね」
「ロフォカレみたいな古い輩か。そういう意味ではお前もじゃないのか?」
「先代から、私は地獄の王の付き人っす」
「何で地獄の王に従う」
「長いものには巻かれる主義っす」
けろっと悪魔じみた事を言うスフレに俺は苦笑した。
大量虐殺のあとで、俺は全く傷を負っていない。昔とは大違いだ。
さて……それじゃあ次に行くとしよう。
「スフレ、ネラを頼んだぞ」
「ほよ。私はもういいんすか?」
「悪魔に届くのは悪魔の言葉だ。人間に届くのは人間の言葉」
「ご主人は人間じゃないっすよ」
「知ってるよ」
そうさ。人の心が俺に残っているのなら、これからやる俺の罪を、きっと俺は悔いるはずだろう。
こんな姿、出来ることなら俺の唯一の家族。そして、あの馬鹿な姫には見せたくはないな。
パチン――
「よお、諸君。俺だよ」
俺だよ。その一言では誰も俺を認識してくれない。
大きく開けた扉は俺の身長の五倍ほどあった。
王宮、いや、さっきチラッと見た外観からすると、城か。城というにふさわしい大きさ。赤い絨毯が奥へ奥へとまるで俺を森へ誘う妖精のように伸びていた。
絨毯の先にはさらに扉や、らせん階段。それらの下にチェスの駒みたいな配置の兵士がぴたりと動きを止めた。
その視線は俺に注がれている。何だこいつら。旧ソ連の軍隊みたいな格好だな。制服真っ赤だけど。
何この国。城はでかいし、兵士はしっかり制服を着ている。甲冑とボディアーマーが変にごっちゃになった軍服を着た兵士がウロウロしている帝国とは大違いだ。
「誰だ貴様、どこから入った。子供が入るところじゃ――」
「そうだな。そうだよな。わかるよ」
男の喉をかききった。
聖冥の剣は、人に対して使えばただの短剣に過ぎない。だからこそ、流れ落ち、吹き出す鮮血は良く映えた。
たった一瞬の出来事だ。ここに居る全ての兵士が俺を理解するには、その一瞬だけで良い。
「敵――」
「ああ。敵が襲ってきたよな。来世があれば叫ぶ前に動くんだな」
心臓を突き刺し、剣を回した。絶命に至るまでの数秒、こいつらは走馬灯を見るそうだ。
一体、どれくらいの自分の人生を追体験しているんだろうか。
さながらそれは、水車を流れる水のよう。どう足掻こうと、最終的に下へ落ちる。
「さあ、どんどん来い。ああその前に、ここはレッドビル王国で合ってるんだよな」
「陛下の元へ伝令を! 早く、レッドビル王子を!」
「合ってるようで何よりだ」
さて。らせん階段や奥の扉からどんどん兵士が流れ込んできた。
血相変えて、各々武器を持って。短剣片手の俺に、押し寄せる。
俺は鷹揚に手を広げた。右手にある聖冥の剣だけで十分だ。地獄の王の力を使わずとも、な。