悪魔ってなにさ
「……おい、来い、スフレ」
「え、なんすか?」
あの時と同じようにスフレを組み伏せ、俺は腕ひしぎ十字固めを極めてやる。
今度は両腕が満足な状態だ。圧倒的に痛めつける。
「たったたたたたったったたた!?」
「悪いな、全部思い出したら腹が立った。手前のせいで死にかけたんだぞこら」
「だからって! こんなご褒美貰って良いんすか!?」
こいつと会って何週間だったっけ? いやもう良い。とりあえず扱いがまだ分からない。
このまま折ろうかとも思ったけど、こういうのって、怪我をしたらいけないんだろう? ほどほどにしておこう。地獄だからって言っても、痛いは痛いだろうし。
「待って! 止めないで! 今第二関節が砕けそうなんす!」
「ならなおさら止めてやるよ」
「砕けた痛みを私にくださいっす!」
意味が本気で分からない。いつまでこのくだりを続ける気だこの変態め。
スフレを解放して、首根っこつっかんで立たせた。乱暴に扱ってるのに嬉しそうだ。
「ったく。ガーゴイラゲットっと。魔物だけ溜まってくな。つっても二匹だが……なあ、こいつらは吸い込んだから良いとして、地獄で死ぬとどうなるんだ?」
「消えるっす。死の二度目は許されないっす。ただ、地獄の王と契約を交わした者は地獄の王の所有物になるっす」
「でも、内臓出されても死なないぞ?」
「あれは所詮悪魔が寄生した依り代を傷つけているだけっす。だから、魂を殺されたら死ぬっす。魂は、聖冥の剣! で、殺せるっすよ」
なんで本当にせいめいの部分だけすっげえ可愛く言うんだろ。この可愛さを伝えたい。
俺は腰から聖冥の剣! を取り出して、軽く揺らしてみる。太陽とかそういうのないから、銀色の輝きはない。ただの剣に見えるけど……これで刺したら死ぬのか。
「ちょ、やめてくださいっすよ!? それで私の色んな所刻むの!」
「止めろというわりに嬉しそうだな。心配すんな、お前は殺さねえ」
頭を撫でてやる。なんだかんだ言っても、俺はこいつに助けられた。
こいつが居なければタウラスに狩られていただろうし。俺が恐怖におびえた時、いつもいてくれた。
「なんすか。私と妹さん重ね合わせてんすか? 私はそこいらの女みたいに、優しくされても靡かねえっすよ」
「ああ。普通はここでなんかリアクションあるもんなんだけどな」
ノーリアクション。こいつに優しくするのはもしかして違うのかね。間違えてるのかね。
撫でる速度を速めて最終的に後頭部をぶん殴ると、顔を赤らめて上目遣い。
もう怖い。この子怖い。
「んで? 俺はこれからどうすれば良い? お前についていったら徐々にレベルの高い魔物に当たんのか?」
「へ? いいえ。タウラスもガーゴイラもそこそこ強い魔物っすから、あっはは、倒せてラッキーでした膝膝膝!」
どうやるんだったっけ、四の字がためって。
取り敢えず見様見真似で足を極めてみたけど、合ってるのかなぁ。
「ちょ、私を使ってプロレス技試すとか兄妹か!」
「兄が妹プロレス技かけるのかどうかわからないけどな。ったく、おい馬鹿。これ以上ここでのたうちまわっている暇はないんだ」
「なんでもかんでも人に聞くんじゃねーです。ここは地獄っすよ? 誰も頼るな」
「……それもそうだ。んじゃあ、探すか。おい、あのおっさんが使役していた中でも最強と呼ばれる部類はなんだ」
おっさんは仮にも地獄の王。つまり、一度この地獄を平定している。
だったら、おっさんが使役している化け物を俺も使役するのが一番早いはずだ。
そのはずなんだが……スフレは首を曲げているのか分からない様子で頷いているのか分からない様子だ。なんだめちゃくちゃだな。
「おい、いくら悪魔だってこれくらい教えてくれてもいいだろうが。俺だってもう悪魔なんだぞ。地獄の王だ」
「いや、そのっすね……だからこそ、言いたくないっす。ご主人様、最近ようやく治癒能力の一端を掴んだっすよね?」
「ああ」
俺は頷き、右腕を軽く振るった。
治癒能力は、超加速の次に黙示録が解放した力だ。手を触れると時間はかかるが、治癒してくれる。なんと地獄の王はこれまた指パッチンだけで治すらしいけどな。
「それとこれになんの関係がある」
「……ご主人様はまだざこいっす。それなのに、いきなり地獄七魔将を倒すだなんて」
「おいなんだそのおどろおどろしい名前」
地獄なんだから化け物が居るのは当たり前だが、そんなの居るの?
待ってくれよ……ゲームなんて友達の家でやって以来だ。それより本が良いな。図書館の本は全部タダだ。その中で……
「地獄の七魔か」
「そうっす。七人の最凶の悪魔。地獄の魔物、悪魔はおおよそこの七人の支配下にあります」
「なんだ、楽な話だ。七魔……地獄七魔将を倒せばいいんだな」
ウォレットチェーンをチャラつかせ、俺は取りあえず七魔の居所を探そうとして――
スフレが俺の前に立ちはだかった。
あまりに華奢な体を俺の前に挟み込んで、真剣な瞳を見せた。有無を言わせない剣幕があった。いつもの飄々とした態度とはわけが違う。
地獄を俺よりも圧倒的に生きてきたスフレだからこそ出せる色。
「この黙示録は、俺が魔物や悪魔を狩れば狩る程力をくれるんだろう? スフレ、俺には時間がない」
「だかって、死ぬんすか? 死んじゃ、元も子もないっす。ご主人様の妹さん、悲しむっす」
「俺が居ない時間ってのも十分悲しいだろうが。おい、スフレ。俺は生き返りたい。生きてこの地獄から出ていきたいんだよ」
「焦っちゃダメっす。ご主人はずっと焦ってるっす。地獄七魔将はそこいらのちんけな魔物とはわけが違う。七つの世界の王たちなんっすよ?」
「今度はユグドラシルに七つの大罪か。やりがいがあるってもんだ」
「分かんない人っすね……」
「分かんない小悪魔だな。おい、スフレ」
スフレは嫌がるが、俺はそれでもスフレの頭を撫でた。あいつの言う通り、妹に接する癖が出ている。
くそ親父は出て行った。母さんは死んだ。俺も死んだことになっている。
早く、生き返らないとな。色々残してきたものが心配だ。
「……んじゃあ、まず腹ごしらえっす。普通の生活しないとっす」
「悪魔って腹減るのか?」
「悪魔をなんだと思ってんすか。美味しいもの食べて、幸せと自堕落を満喫するっすよ」
ここへきて、体感的には何十年と経っている。その間、なにか食ったことはないな。
俺の内臓喰って喜んでた変態はいたが。
ああでも……空腹感は確かにあるな。おなかは減るようだ。眠くはないけど。普通の生活か……それも悪くないな。ここへきて歩いてばかりだ。
ということで、俺とスフレはかなり遅めの食事を摂ることにした。