姫の思惑
荒れ果て、穢れ、焼け果てたところで、その土が生きているなら花は咲く。
死んだところで、種は芽吹く。
やがてそこで木が育ち、葉も花も、そして実が育つ。
植物は土壌を潤し、生命の心躍らせ、湧き立つ命の奔流が溢れる。
そして今、時は熟していた。
「大臣の目論見も大方分かりました。彼が何者かと結託、または指示を仰いでいるとすれば芽を摘んだところでいたちごっこだと、今まで我慢していましたがそれもこれまでです」
フィーネは酷く穏やかな顔で、そう言った。
すでに城を出て、城下の一角に構えた隠れ家。またの名を粗末なあばら家で、彼女は決してほくそえんではいなかった。
悲しげですらあった。例えそれが、巨悪を討つということであろうと。
「では姫様」
リエンが背後から降り立ち、跪いた。
時は来た。フィーネはリエンの方を見もせず、ただただ城下町の方を見ていた。
この国を良くする方法はシンプル。故にいたく難しい。
なにせ、事実上帝国を支配している男を殺すというのだから。
「ええ。大臣を暗殺します。この国に、正しい秩序を戻す。城下に来て日数が経ちました。ここに住む人々は、まるで奴隷。税金を搾取されるだけの存在です。一方、帝都の人々は笑っている。あってはいけません」
「しかし、私の私兵は先の戦いで、全員……」
「ええ。シオンさんとの戦いに敗れた時の話ですね」
「やつはすでに、地獄の王としての力を強めています。手を下していないとは言え、私の兵が戦いを諦め自決を図ったほどに。姫様、もうあれと関わるのはおやめください」
リエンもまた、フィーネの顔を見ることなく述べた。
意見するなど、リエンの身分ではもってのほか。しかしこれはもう普通が通用する話ではない。
シオンの、地獄の王の恐ろしさを肌で感じたリエンだからこそ、どうなろうと言ったのだ。
リエンにとってフィーネは命に代えても大切な存在だったのだから。
リエンはフィーネよりも一回りとはいかないまでも年が上である。
暗部で鍛えられた体形や物腰、言動に仮面のせいで歳がわからないが、幼き頃のフィーネを知る数少ない一人といえるのだ。
そして、リエンはフィーネに拾ってもらった。その命を。
だからこそ、下手な行動に出てほしくはなかった。
「……あの方は、私が離反したと思っているのでしょうね」
「否定はしません。ですがそれは……もう、あれのためにご自身を悪に染めるのをおやめください」
「……私はそのように殊勝な人間ではありませんよ」
フィーネはシオンを裏切った。元々何を境に裏切るかどうかは甚だ疑問ではあった。
しかし、わかりやすく離反したのは事実だ。元々契約も結ばず、甘さでフィーネを救ったシオンに落ち度はあった。
でもフィーネは、自分にあるような甘さを持ち、またそれに苛まれるシオンのことが嫌いではなかった。
だからこそ、こんな身内の恥さらしに巻き込まいとした。
もしも頼めば、頼ってしまえば、シオンはきっとフィーネに力を貸すだろうから。
「悪魔の武器はいただきました。その使い方も大方分かりました。シオンさんも、きっと地獄を統治するのに忙しいでしょう。……自分の始末くらい自分でつけます」
「姫様……」
「私が大臣をこの手で葬り去りたい。この武器を使えば、おおよそ勝てはします。しかし……」
「姫様がその手を汚す必要はありません。それは私の役目です」
「……あなたは、どこまでそうなのでしょうね。……悪魔の武器で悪魔は殺せませんが、人を殺すことは出来る。恐らく帝国の繁栄にこれが関わってきたのは間違いないでしょう。嘆かわしい」
国の歴史を調べれば調べる程。いや、叩けば叩くほど、埃が出てきた。
帝国の繁栄に悪魔の武器は欠かせない。勇者を遠方に送るという、効果的だが自殺行為に打って出ることが出来たのも、悪魔の武器を持っていたという余裕からだ。
悪魔の武器を帝国から消し去る。それが、フィーネの目的だった。
「そのために、あなたには危険なところへ……」
「もとより覚悟の上。私は姫様に命を拾っていただきました。そのご恩をここでお返しします」
「では御恩ついでに一つ伺います。私はあなたの何を助けたのですか?」
リエンは仮面の奥で苦笑した。
わかるはずはない。その時フィーネは本当に小さかったのだから。
「それでは、大臣暗殺へ向かいます。が、私兵がいないのでミッションの成功率は……」
「そう思って、悪魔から悪魔の武器の居場所を聞き出しました。そこへ向かってください」
「しかし姫様が……」
「私のことは心配ありません。大臣もまだ私に手を出せはしません。では、始めましょうか。国を良くしましょう」