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大臣の思惑

「まーったく、密偵も死に、あの王子も一度本国へ帰ってしまった。虫唾が、走る」


 誰も居ない広大な居間。そして広大な食卓に盛られた豪勢な料理を次々口に入れ、ガリュネイは吐き捨てるように言った。

 彼の巨大な食欲は、一キロのステーキを一口で平らげてしまった。

 もしゃもしゃと、筋っぽい肉をもちの様に咀嚼して、虚空を睨みつけた。


「やれやれ。アイリンヒ殿も、随分なもやしっこ。研究者気質ですなぁ。あれしきのことで帰られてしまうとは」


 更に、一尾丸々こんがり焼かれた魚料理も一口で平らげ、ガリュネイは深いため息を吐いた。

 このままでは、間違いなく自身が思い描く世界が瓦解する。

 それもそのはず、とうの昔に死んでいるはずのフィーネは生きている。

 生きているなら政略結婚させるはずだがしていない。

 帝国を襲ったような魔獣の群れを王国に差し向け、混乱に乗じて王子が国王になり、同盟国同士で一気に世界を叩くはずが出来ていない。

 それどころか、帝国の帝位継承者を懐柔して自らが摂政に就き、帝国を治めるつもりが出来ても居ない。

 そんなささやかな願いさえも叶えられてはいない。


「まったく、ストレスで食も喉を通りませんよ」

「それでは、いっそ食べるのを控えてはどうでしょう。大臣」


 部屋に入ってきたのは、現帝位継承権第一位にして、執政権を持つ目の上のたん瘤女。

 帝国第一皇女、フィーネ。


「おや、皇女殿下。もうしわけありません、こんなお姿を」

「いいえ。食事中に入った私の方こそ申し訳ありません。無礼を承知の上、いくつか確認したいことが」

「ええ、もちろんですよ、姫殿下。このガリュネイ、いつでも姫様のお役にたちとうございます」


 姿が見えるのはフィーネひとりだが、妙な殺気が混じっている。

 大方、姫のおつきのものだろう、とガリュネイはあたりをつける。

 名前はリエン。密偵のレベルが異常に低くなってしまった要因だ。

 大昔にガリュネイが作ろうとした暗部組織。解体してもなお残る異物であり汚点。できればさっさと消してしまいたかった。

 それでも、今の帝国軍部にリエンを始末できる人材が居ないのも事実。

 なにせ、まともに動かせるのは秘密工作員と特殊部隊。そして遠方へ追いやった勇者たち。

 これでどうしろというのか。


「あなたは、あの王子と組んではいませんか?」

「レッドビル王子とは外交上美味いおつきあいをさせていただいていますよ。まあ、あの方は少々情熱的すぎるようですが」

「では、あなた方は特殊な力をお持ちですか?」

「特殊、と申しますと、勇者の力ですか? 残念ながら、王子も私も勇者の力を持ち得ておりません。そもそも、勇者の力は帝国由来の物。王子に力は端からあり得ませんよ」

「では、他の力はどうでしょう」

「ふむ。確かに、王子の国では魔法や魔術がかなり進行しているようですね」

「……では最後に、帝国と王国が同盟を組んでいるせいで隣国がそれぞれどうにもいらぬ誤解をしているようです。この際、王国との同盟はないと明言しましょう」

「それはですね、姫殿下。私としても大変心苦しいのですが、今の帝国は瀕死の状態。王国の援助がなければ成り立ちません」


 それこそが真の目的であったわけだし、作戦としては上手くいっていた。

 ここらでフィーネが責任を感じ、自殺をするか、町に出て何者かに殺害されるかを望んだが、そう上手くいかないらしい。

 下手にガリュネイが手を下せば、帝国の軍部は政治家の中に居る、フィーネを指示する改革派が騒ぎかねない。民の困窮も、ガリュネイの思惑通り進んでいるが、そのせいで下手に矛先を向けられても敵わない。

 ガリュネイが求めているのは、あくまで国の形をした自身のおもちゃ箱だ。


「そうですね。ですが、婚約はお断りします」

「……こんなことを申し上げたくはありませんが、あなたも大人になった方がいい。皇帝陛下が病に伏した今、帝国を救えるのは、民を救えるのはあなたしかいない」


 巧妙に、狡猾に、フィーネの痛いところをついた。

 今までポーカーフェイスを貫いていたフィーネの眉が微かに動く。

 伊達にあらゆる国の政治家を食い物にしてきたわけではない。ガリュネイにとって、まだ年端もいかない子娘をゆすることなんて造作もなかった。

 ガリュネイはナイフとフォークを机に放り、フィーネに視線を合わせた。


「あなたお一人が我慢する、とは申し上げません。私とて辛い身なのです。なにせ民は飢え、貧困にあえいでいる。それなのに何もすることが出来ない」

「ええ。ですから、私が動きます」


 最早これまでとばかりに、フィーネは背中を向け、同時に妙な気配も消えた。二回に分けて。

 ガリュネイは手でパンを掴むと、大きく口を開いて放り込んだ。


「……守衛を増やさないといけないようですね」

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