なんで
「なあ、お前言ったな。地獄の知識の集約がお前で、地獄七魔将はお前の知識の一部を持っているバックアップに過ぎない、と」
「ああ」
俺は短剣を手の中で回して問うた。あくまでも冷静に、あくまでもカジュアルに。
ヴァレイドの中身を読み取ろうとしても結局は良く分からないことの方が多かった。いや、正確に読み取ることがひどく困難だったと言って良い。その意味がようやく分かった。
「俺は今まで、地獄七魔将はこの地獄の炎になぞらえた能力を持っていると思っていた。実際そうだったしな」
「間違ってはいない」
ヴァレイドもまた冷静だった。
いや、それよりも、出来の悪い生徒の考えを高いところから聞いてやろうと言う姿勢で。
余裕で、にくたらしい。だからこそこいつは強かった。
「全部だろ。お前の能力を切り取ったら結果的に他の七魔性の能力になった」
「…………」
「つまりお前の能力は地獄の炎そのものだ。そしてそれだけじゃ五〇点だ」
「ほう。続けて」
「地獄の炎すらお前の一部に過ぎない。何度も言うが、お前は知識の集合体だ。となれば、お前が真に使う武器は結局のところ、論理だ」
「それが分かったからと言って、君に私は倒せない」
不意に、ヴァレイドが地面を蹴る。
あまりに突発的な行動。だからこそ、俺は避けられる。
横へ倒れるように逃げる。
ヴァレイドは武器を持っていなかった。
手刀を繰り出し、逃げた俺をさらに猛追する。
例の技は使えない。いいや、だからこそ使わないんだ。
「お前は倒せないんだろ。だからお前は死ぬのさ」
えぐるように地面をこすり、こちらも不意にヴァレイドに向かった。
向かう力と向かう力がぶつかり合う。拳と拳、ではない。
ヴァレイドの拳は空を切り、俺の拳は……とうとうヴァレイドを捉えた――
「つ……ぐ……」
初めて、余裕に満ち溢れていたヴァレイドの顔が苦悶に歪む。
沈痛でもあった。まさに痛いところを突かれたとばかりに。
「……君が気付くとはね」
「当たり前だ。誰だと思ってんだ、俺を」
「シオンだろう?」
「地獄の王さ」
俺は黙示録を取り出した。
ヴァレイドは軟弱な体を、地につけた膝で支えながら黙示録を睨んだ。
「どうする気だ」
「お前の名前を教えろ。そして我に忠誠を誓え」
「端折ったな……ふざけるな、私は地獄七魔将だ」
「なら王に従え」
「王? 君が? 何色でもない君がか!」
激号――
ヴァレイドの表情にははっきり感情がうつり、あらわれ、逆に俺は酷く静かだった。
勝利を確信したからではない。ヴァレイドを憐れんだからではない。冷静だった。ただ、冷静と言う概念がそこにあるだけだった。
「なあ、教えてくれ。地獄をどうしたい。君は地獄をどうしたい。当ててやる。どうもしたくないんだろう」
「よくご存じで」
「なら、止めろ。地獄はただ魔王の檻ではないんだ」
「……何だと?」
「ここは、人間を虎視眈々と狙い、魂を集め、この世を支配する。そんな大きな野心と欲望が無ければやっていけない。なぜなら、ここに居るのは悪魔だ」
「誰も言うこと聞いてくれないな。まさに悪魔だ」
「身を亡ぼすぞ。ああ、別に君の心配はしていない。君が死ねば、地獄を預かる者がいなくなる。大きな混乱が生まれる。すると奴らはやってくる」
ヴァレイドは立ち上がり、ため息を吐いた。
もう、技の種が明かされた今、ヴァレイドは怖くない。ただ、俺には知らないことが多すぎる。
「黙示録くらい読め」
「白紙だ」
「それを、ただのお友達手帳だと思うんじゃない。それは預言書、黙示録。この世の終わりを象った魔王のメモ帳だ」
「……わかった。取り敢えずお前をかしずかせればその辺の知識も入る。さっさと名前を言え。お前を殺したくはない」
「なぜだ、同じことだ、殺せ」
「嫌だっての」
ヴァレイドは少しの間考えるように打つむした後、こぶしを握りこんだ。
来る――
「そんな人間性は、捨てろ!」
ヴァレイドを中心に風が巻き起こり、地面が大きくえぐれた。
破片が左目の眼球を抉った。めちゃ痛い。
地面はえぐるは、目は抉るは、めちゃくちゃだな。
息つく間もなく、ヴァレイドの拳が俺の肋骨を一気に粉砕した。
「がっは……おい……ちゃんと殺さないと痛いだけなんだぞ」
「ならばここで死ね。私は地獄の王になる気はない。だが、少なくとも中途半端な君に任せる気もない」
「なにを……任せる!」
あばらに手をやり、瞬時に治癒。
未だに俺の胸に突き刺さらんと向かってきたヴァレイドの腕を取り、背中を向けて腕を肩に乗せる。
そのまま一本背負い。
地面に叩きつけ、腕の骨を折る。
悪魔対悪魔だ、殺せはせずとも腕くらい折れる。まあ……剣を使えば一撃だが。
「地獄……だ。君はきちんと、人間性を捨てろ。人間なんてクズだと、劣っていると、決めつけ、虫のように殺せ。そして敵に立ち向かえ。そうでないならここで死ね!」
腕は折れているはずで、相当痛いはずで、それでもヴァレイドは襲い来る。
すでに技は使っていない。ただただ、愚かしいほどに俺に向かってくる。
だからこそ、気づいてしまった。
確かに俺には何もない。地獄を良くしようと言う心も、支配しようと言う心も。
あるのはただの冷静さだけ。俺はここまで熱くはなれないだろう。
この世界に来た。それは偶然だ。だが俺は一刻も早く帰りたい。地獄七魔将殺しもそのためのことだけで――
俺が冷静なのは、ただ、興味がないからだ。
俺はヴァレイドの拳を避け、頭の上から掌をかざした。
それだけで、ヴァレイドはもう動けなくなる。
「俺は……なんなんだ?」