最強の将
「君は、お約束を守るのが好きなようだね」
「……っせーよ」
地面をじっと見つめながら、動かない腕を引きずって何とか立ち上がった。
同じような事ばっかしている気がしないでもない。事あるごとに俺はボロボロになっている。
「だがな、その度に立ち上がるのが俺だ」
「生命力の高さは認めるよ。人間に悪魔は殺せない。だが、私たちは例外だ。死ぬぞ」
「だったら殺せ。誰が何をしようと俺を殺さないと終わらねえんだよ」
「それこそが物語だ。君は私を倒せない。残念ながら絶対的に事実は変わらない。君を殺して私は聖冥の剣を手に入れる」
何でもかんでも知っているような態度だ。
腕を正しい向きに直し、ちぎれた足を元に戻す。飛び出した内臓もついでに戻す。
再生能力って本当に便利だ。痛いんだけどな、ものすごく。
「こんなもの手に入れたってな、無駄なことの方が多いぞ」
「君はなんのために戦う」
「お前こそ……ああ、あのお嬢ちゃんのためか。なら、俺のも教えるべきか」
「知っている。だからこそ、君はここにいちゃいけない。ここの人間ではない君は、ここに住む人間や悪魔を物語の登場人物程度にしか思っちゃいない。そんな原動力では、君は終わる」
ちょいちょい人の心をぐさぐさつき刺す野郎だ。
俺が最も悩んでいることをずけずけと……
確かに俺はここの世界の人間ではない。ましてもともと悪魔ですらない。王でもな。
だから……だからたまにおかしくなりそうだ。
「悩んでいるんだろう。地獄の王として知りもしない土地の、それも地獄を治める役が重荷で」
「……だったらなんだ。お前たちのためを思いながら生きなきゃいけないって?」
「中途半端は止めろ。殺すなら殺す勇気を持て。君は上の味方か? 悪魔を使役してすべてを支配し、魔王を倒すことが出来る地獄の王か?」
「お前に決める権利はないだろうがよ!」
背後に回り、聖冥の剣を下から抉るように突き上げる。
ヴァレイドはいともたやすく横へ逃げて避け、手刀を繰り出す。
打ち落とされてはかなわない。
咄嗟に剣を落とし、左腕で掴み直して逆手で突き刺す。
腕を捉えたはずだったが、また当たらなかった。
「当たらないんだ。私の能力を理解しないと、君は私に触れることさえかなわない」
「それは難儀だな。さっさと死んでくれ」
「どっちなんだ。質問に、答えろ。この物語は何者かによって描かれている。だが、きっと抜け道はあるはずだ。君が死なず、私が死ぬ道が」
「俺に殺されればいいだけだろうが」
「だから、死ねない」
なにをいっているんだ。
頭が痛くなってくる。戦う中でぺらぺらとよく喋る――
ヴァレイドに向けて腕を突き出し、何もない空間を握り潰す。
「無駄だ。君の力は及ばない」
「……ちっ。俺が地獄の王をする理由はただひとつだ。そしてお前はそれの何を心配する。まがりなりにも――」
「人間に味方をするだけならまだいい。だが……半端な優しさ、それが心配だ」
「案ずるなよ。そこまで馬鹿じゃない」
「いいや、違う。君は戸惑っている。どんどん人間性を無くしている自分に」
馬鹿だよな。
俺はヴァレイドの顔面に思い切り殴りかかった。
案の定、効くはずもなく、ヴァレイドに肘を殴られて終わった。
痛いし……骨が折れて腕がだらんと垂れさがった。
「なぜわかる」
「……間違っていることを正してやる。地獄七魔将はなにか能力を与えるものではない。知識の塊だ」
「なに?」
「前提が違う。地獄七魔将を倒せば強くなるわけじゃない。倒したことで知識を手に入れ、結果的に強くなっているだけだ」
「知識?」
「ああ。地獄の王としての知識。かつて魔王が封印された時、その鍵は地獄七魔将に預けられた。封印の対価として、地獄のあらゆる知識とともに。私はその全ての知識を持った存在だ」
頭痛いな。
地獄七魔将を倒せば知識を手に入れることが出来る。そのお陰で俺は今まで使えなかった技が使えるし、結果的に強くなった、と?
信じたくないが信じなくてはいけない。その通りだからだ。
「そして君は地獄の王に近づき、人間性を無くしている。人を平気で殺せる自分に戸惑いはないか?」
答えない。
沈黙は肯定っていうだろう? つまりそういうことだ。
「強い力はいつだって愚かだ。私一人を殺すだけで知識を手に入れることが出来るが、その力の対価は誰も私を殺せない仕組みが出来上がったこと」
「おい。お前が知識の全てなら、七人もいらないだろうが」
「バックアップにすぎない。最悪六人欠けても私一人で事足りる。だから言っている。君では私を倒せない。ツバキ、そしてネラ。君には力が足りない」
「……そうか。わかった。なら死ね」
剣をふりかざし、すんでのところで背後に回り……正面に回り直す。
だが、このタイミングでも攻撃が通らない。
当たっているのに当たらない。
いいや、当てることが出来ない。つまり、これはヴァレイド自身にもどうしようもないこと。
なら、要因は別で、しかも力、能力は常に発動している。
さらにいえば、七魔将の力は炎の特性を持っている。
なんだ、どうしようもない炎の特性って……
それも、ここまできて最強と呼ぶにふさわしい力とは、理不尽なもの? 理屈では考えられないもの……
ふん……なるほどな。
「そろそろフィナーレだ」