地獄の門の傍
やーれやれ。史上最もおもしろくないレシピつくってしまった。脳のハヤシライスと腸のソーセージとかなんの面白みもない。
溜息を吐いて、地獄の門の前に立った。
これ……仰々しいよな。この南京錠と鎖、こっち側の世界のものじゃない。地獄のものだし。
ええと……あと一〇人ほどいるな。面倒くさい。
「さっさと出てこい。俺は忙しいんだ」
シーンっていう音が耳に痛い。何この矛盾。
ていうか、出てこない気か。それならそれでいい。
俺は右手を前に出し掌を上にして、ゆっくりと握んでいった。
「えぐ……あ……」
一人あぶりだされた。女だ。仮面を着けた女が苦しそうに、草の陰から出てきて地面に血を吐いた。
もう色んなものが染みついてるんだ、いまさら内臓の血の一滴、どうってことはない。
「やっと出てきたか。何度も言わせるな。忙しいんだ」
手をもう少し握り込むと、女はまた吐血した。
見覚えある仮面だが知らん。人様の門前でわけのわからないことをしやがって。
「止めろ」
やっと、本題が姿を現した。
俺は手を開き、腰に添えてフリーにする。まあ、どんな構えにしたって俺が強い。
勝てるか勝てないとかではない。俺が圧倒的なんだ。
それがただの人間なら、なおさら。
「よう、リエン。良い部下を持ったな。大将が出てもだれ一人姿を現さない」
「皮肉のつもりか? 密偵は見つかったら仲間を見捨てて本部へ一人でも帰還するのが常だ」
「なら、だれ一人逃げていない理由は何だ? 俺を倒せると思ったか?」
手を頭上に掲げ、強く拳を握り込む。
ひとり、またひとりと、木の上や影から這い出し、血を吐く。
俺は拳を開き、もう一度リエンに向き直った。仮面の奥にある瞳がどういう色をしているのかひどく気になるな。
「答えろ。この門は開けちゃいけないと言ったはずだぞ」
「誰が貴様の命令を聞くものか。私は小物の悪魔じゃない」
毅然としちゃいるが、意思がない。こいつの考えじゃないっていうなら自ずとわかる。
なら次は、こいつの人間性に語り掛けるとしよう。
「お前が話さないなら、地面に這いつくばってるやつらに聞くが?」
「安心しろ……誰も生きちゃいない」
こいつの言う通り、誰も生きちゃいなかった。
勘違いしてほしくないが、俺は何もやっちゃいない。
どいつもこいつも泡ふいてるとこを見ると……服毒死か。奥歯に毒でも仕込んだか?
「忠義深いな」
「そう教えられている」
「リエン、お前は噛砕かないのか?」
「貴様に殺される気はない」
淡々としているが、気力が随分削れている。仲間の死は堪えたか。
だろうな。誰だってそうだろうし……リエンの部下は随分早く決断した。
それに、そう教えられているって言葉。間違いなくあの密偵たちは、幼い頃からそういう教育を受けてきたんだろう。
王のために働き、王のために死ぬ。
まっすぐな戦士を育てる教育を、な。
「今のを見てわかったろ。人間じゃ、悪魔を殺せない」
「だから、なんだ」
長い剣……刀を抜いた。
こんな物使うのはこいつかツバキくらいだ。
というより、俺を相手にして物怖じせず、刀を抜く、か。面白い。
「勝負する気か?」
「だったら――」
「遅すぎる」
斬りつけた――後だった。
肩と足、ついでに腰のあたりを短刀で切り裂いてやる。
傷は浅いが、力の差は圧倒的。もうこいつも――
「ふん、本気なのか?」
俺の肩口に短刀が突き刺さっている。というよりナイフだな。
投げナイフの先には毒が塗ってあって、うんこれ人なら即死級。
「我は闇に紛れる帝国の深淵。国の穢れを率いて、王の敵を死地へ誘わん。我は暗殺者なり」
「ああそうか。ところで死地ってどこだ? 地獄か? ならそこは俺の家だ」
ほぼ同時に地面を蹴った。
リエンの本気とやらに敬意を表して、瞬間移動は使わん。
だがな、それを差し引いても所詮は人間。
刀と短刀でつばぜりあい、更に体で剣を押し込んだ。
「ひとつ聞くが、お前の姫は、お前以下数名の部下をわざわざ死地へ行けって命令したのか?」
蹴られた。腹を思い切り。
続いて刀の柄で腕を打ち付け、掌底打――
ふむ。さすがだ、悪くない。
それに、姫がそんなことするわけないって言う怒りも見えた。
さてさて、どうするかね、この子娘。殺してやってもいいが、そうもいかない。ややこしいな。
「出来れば殺したくないんだがね」
「今さら何を――」
「わからんのか」
刀を握り込んだ。
短剣は付きつけない。この……馬鹿が。
「姫さんはお前に死んでほしくないのがわからんのか。わかったら、さっさと帰れ」
「わかっていないわけがあるか! 私は……姫様のために探さなければならない! 帝国を立て直すために、他国を払うために!」
「そうか。では、その任は私が請け合おう」
ああ……よりによってお前か……とっちゃん坊やの……王子様。