地獄のバランス
「なあ、地獄七魔将を殺す以外の方法で、地獄の王として認められる方法はないのか?」
「ふふ。まあ、お茶でも飲んでくれ」
俺はヴァレイドの屋敷に来ていた。理由は今言った通り。
相変わらず小奇麗で俺の家を思い出すよ、ここは。木製の内装に、同じく木製の木と椅子。木目が部屋の温かみと相まって潤んでいるように見える。不気味じゃないってこと。
埃もないし埃っぽくもない。悪魔らしからぬ清潔さだ。悪魔って怠惰だから。
それに、水玉の少女も今はベッドで横になって居るし、時間でも止まっているのか。
「茶を飲みに来たんじゃないんだがね」
しかも今日の緑色。緑茶かな。美味しそうだ。
ずずっと一飲み。なにこれ。甘い緑茶。
「さて。前にも言ったが、君は何かおかしな勘違いをしている」
「誰かが俺を操ってるっていう話だろ? それはいい。だが、俺には地獄の王にならなければいけない理由があってね」
「それを私に聞かれても困る。だが、弱さという名の甘さは捨てろ。その強さは君を殺す」
「おい、なにをごちゃごちゃなことを言う」
弱さが甘さで甘さが強さで? まったくやめてほしいな。人のことをわかったように分析して自分のフィールドに取り込むだなんて。いつも俺がやって居ることだが。
それにしても……話が進まん。意図的なら、話したくない何かなんだろうな。
「私は本質的にごちゃごちゃしているんだよ。この意味わからないだろうね。さて……なにを迷っている」
「迷っちゃいない。悩んでる」
「なにを。今君の傍に居る地獄七魔将はツバキ。私、そして抵抗できないネラだ。さあ、殺せ。もっとも、今の君では私を殺せはしないが」
「なら他の方法を寄越せ」
「私はねだられれば何もかも渡す機械じゃないぞ。そうだな。今の所、君が地獄の王であるには敵を倒し続ける、というのが近道だ。戦うごとに君は強くなる。その黙示録はただの飾りじゃないんだからね」
「……ほう。まあ、しばらくはお前を殺さないでおいてやるよ」
「何度も言わせるな。君はそんなたまじゃない」
「ああ。そして俺は優しくない。魔王が復活するとか何とかいうから焦っていないだけだ。魔王は今の俺じゃ倒せねえんだろ? なら他を考えるってだけだ。だが……お前たちを殺す事で俺が強くなるっていうのなら、今すぐにでも――」
聖冥の剣を袖から滑り出し、机に足を立てて襲い掛かる。
膝の上から上体を屈め、右手で逆手に掴んだ短剣の柄を左掌で押し込む。
が――
見えない何かに防がれた。あのとっちゃん坊や……王子じゃない方のなんかいけすかねぇロン毛が出してんのに似ている。
弾かれるばかりで攻撃が一切通らない。この間のように。
「だから、無理だといった」
「あいつもそうだが、守りだけじゃ――」
腹を思い切り殴られた。
今度はしっかりと目に見える。どこか歪んだ、半透明で細長い槍。
その柄でぶん殴られ、さっき飲んだお茶が少し出て行った。
ああ……なんだこれ。本気で倒し難いな、こいつ。
「守ってばかりじゃないさ。さて、そろそろお時間だろう。家まで送ろう」
「やなこったこの上級悪魔。お前ら地獄七魔将の移動はセンスがな――」
「そういうな。これも私たちの特権だ。下級悪魔は黒い雲。私たちは黒い雷。君は音も無く。じゃあね」
稲妻が落ち、ヴァレイドの姿は消えてなくなった。
背中を向けば俺の家。まったく。体よく追い出されたようだな。
溜息を吐いて、家に戻った。
「遅かったな、シオン」
「ツバキか。はいはい俺は鈍足ですよ。んで? なにやってた」
「地上に出ていた」
「地上?」
「バランスだ。良いか。死者のバランスというものが必ず存在している。貴様や私は悪魔だから構わんが、生者は何度も行き来するわけにはいかないんだ」
家に帰ったと思えば、美脚を組んで椅子に座ったツバキがまた小難しいことを言っている。
そんなこと言われたってこの友だち手帳みたいな黙示録には地獄の説明書きなんてないんだから仕方がない。
「生者のバランスだと? まったく面倒くさい。それがどうなる?」
「そうだな。一つの魂の移動の破壊がどうあるかわからん。だから調査に行った。だが、あったのは壊れた街に姫様とその従者だけだ」
「魂の移動……おいそれ、あれか? 粒子一粒が消滅しただけで爆発的なエネルギーを生むとかなんとか。アンチマターとかなんだとか」
「知らんよ」
ツバキはとりつくしまもない。
嫌だねも―。科学の授業を休んだ俺にもわかりやすく説明してほしい。
「そのバランスは誰が作ったってんだ。上の連中は悪魔はおろか俺の存在も知らんだろ」
「神だ」
「またおかしなことを。神がほんとに居るってのか?」
「ああ」
ツバキが冗談を言うのは珍しい。
だからこそ俺は信じることにした。ツバキは神に会ったことがあるんだろう。
「神か。まあ、それより……またあの馬鹿姫が何かしたって?」
「余計なことはするなよ。もう二度と地獄に連れてくるんじゃない。連れてくるならきちんと殺せ」
「おい」
俺はツバキに寄り、机を蹴飛ばして顔を近づけた。
恐怖はないが、驚きに満ちた顔で、ツバキは俺を見返した。
「俺は、地獄の王だ」