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手紙

「姫様、ここは私に、大臣暗殺をお命じください」

「……リエン、滅多なことを言うものじゃ、ありませんよ」


 フィーネは窓辺で溜息を吐き、今もきっと部屋のどこかに身を隠しているであろうリエンを諭した。

 確かに大臣は目障りだった。だがそれは、自分の仕事だ、とフィーネは思っていた。

 自分のためならば自分の命すら軽視する。それがフィーネだった。

 自らの欲求にただひたすらに正直。フィーネの行動原理とその原動力は実に単純だ。

 そう。自分が統治する国の民。彼らの幸せ。

 今やフィーネは、国民のためなら自分の命なんてこの窓から投じたってかまわないと思っていた。

 だからこそ、大臣は非常に邪魔な存在だった。

 ノックが響いて、フィーネは眉間を指の腹で軽く撫でた。誰かを恨むとき、自分がどれだけ酷い顔をしているのか良く分かっている。


「はい」

「あー、姫様、やはり寝所においででしたか。このガリュネイ、いつまた姫様の御身が危機にさらされるかと案じ、満足に食事もとれません」


 両開きの豪奢な扉をいいことに、でっぷりと肥えた腹を揺らし、ガリュネイが入ってきた。

 フィーネは努めて平静を装った。あとで部屋を除菌しなければ。

 この、国を腐らせる細菌をどうにか滅菌できないものかと本気で思案する。


「それはそれは。しかし案ずることはありません。大臣、あなたが部屋の外に兵士を置いてくれているお陰で私は安心ですよ」


 嘘だ。

 実際は、ガリュネイがフィーネを見張り、軟禁するための見張り。

 ここ最近だ。ガリュネイが表立ってフィーネに関わってき始めたのは。


「それに、私はこの国の王。お父様が亡くなった今、私がしっかりしませんと」


 まあ、これだろう。

 ガリュネイはフィーネを殺し、代わりにフィーネの義弟を皇帝に据え、自分は摂政としてこの国を好きにしようというのだ。

 そんなことはさせるわけにはいかない。

 話は聞いている。何度か自分の目でも見ている。

 この国はやせ細り、更に搾取されようとしている。悪いことに、国軍が半端に強力なせいで外敵も居ない。


「おお、それは殊勝な。さすがはフィーネ姫。このガリュネイ、どこまでもついていきますぞ」


 と、満足したらしいガリュネイはさっさと部屋を出て行った。

 そうだ。外敵が居ないせいであの悪魔よりも醜悪な生物は肥え太った。

 だからこそ、フィーネは自分で動くしかなく、悪魔の武器を欲した。


「悪魔の方が、人が良いように思えますね」

「ああ、あの、シオンという男ですか。やつは地獄の王を名乗っています。信用できるとは……」

「何度も助けていただきましたよ。それに……これを、この杖を見逃してくださいました」


 フィーネは、ようやく手に入れた悪魔の武器をまじまじと見つめた。

 杖の頭に青色の宝石がついた、何に使うのかわからない武器。

 スフレと名乗った小悪魔が簡単に手に入る穴場と言って連れて行き、自分に渡した武器。


「……姫様、その武器、私に扱わせていただくことは出来ませんか?」

「なぜです?」

「私はすでに汚れた身。姫様が業を背負うことはありません」

「私とて、汚れていますよ」


 音もなく、リエンは天井から降り立った。


「そんなことはありません」

「いいえ。私は……民を苦しめている。私に力がないばっかりに」

「詭弁です!」

「で、あってもです」

「私は……殺すしか能のない私が改めて生を受けたのは、あなたの――」


 その時、窓が割れ、ガラスが飛び散った――

 フィーネにとって一瞬の出来事だったが、リエンの反応は素早いものだった。

 フィーネの肩を抱き、覆いかぶさった。パラパラと細かい光が瞳の先で揺れた。

 何事かと、反応する間もなくフィーネは体の自由を奪われる。

 が、すぐさま体を持ち上げられ、部屋の隅へ連れて行かれた。


「なにごとです!」

「わかりません。しかし……これは……」


 リエンの視線の先には、砕け散ったガラスの破片。木片。枝。木の葉、そして……半ばから砕けた木だ。

 そこいらに生えている樹木をそのまま投げ飛ばしたかのような、荒々しい様だった。


「冗談ではない。誰がこんな――」


 リエンは文字通り言葉を失った。

 なにも、喉から出てこない。

 ほとんど初めて見る、硬直したリエンの様子に、フィーネもたまらず視線の先を追った。

 そこには――


「あれは……一つ目の……巨人?」


 呟くフィーネ。

 確かに窓の向こう、はるか向こうには、森林の木々をはるかに凌ぐ高さの巨人が居た。

 腕が六本。目は一つ。剛直そうな体に屈強な姿態。くすんだ青色をした体を持つそれの足は木々を踏み倒し、意に介した様子もなく進み続ける意思が見える。

 そしてその足元には、先日城を襲った化け物たちが居た。


「親玉、とでもいうのでしょうか」

「お早く避難を!」


 しかしフィーネは首を振った。

 もう間に合わない。それに、避難したところで無駄だろう。

 あんなものが接近し、帝都付近に侵入したというのに警報の一つもない。間違いなく仕組まれたものだった。


「……あの方に、手紙を出しましょう」


「化け物が――!」

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