殺す理由
「なあ、止めないか、こんな不毛なこと。君たちが束になっても私には敵わない」
どいつもこいつも……
イケメンってのは、なんでいつも余裕しゃくしゃくなんだ? 生活にゆとりでもあるのか、ったく。
俺は片目が灰色の髪に隠れた、体の線が細いのにローブを着ているもんだから蝙蝠傘みたいになった男を見ることなく悪態を吐いた。
ああ、地面が心地いい。じめじめして真っ暗。まさに俺のお先だよ。
「んー、あー、わりい、瞬間的に寝落ちした」
「どんだけ器用なんすか! あっはっはっは!」
「立て、シオン。無様な格好を晒すんじゃない」
なんだろう。なんで、俺の従者と俺にとりあえず従う地獄七魔将はこんなに辛辣なんだろう。
泣くな俺、涙はこの不毛な地を潤してくれない。立ち上がれ、それでも明日は来るんだから。
「つってもな……あれが地獄七魔将……なんだろ?」
「そうっすよー。あれの名前はヴァレイド。後ろに居るのが、ネラ」
灰髪男、ヴァレイド。その後ろに居るものが、俺は確かにずっと気になっていた。
だが、あまりにも荒唐無稽すぎてさらっと無視してしまっていた。
だって、地獄の荒れ野にひっそりと建つ木製一軒家。そしてヴァレイド。
の後ろに……ふわふわと浮かぶ球状の液体。まるで柔らかいビー玉みたいなそれの中に……可愛らしい少女が収まっていたのだ。
自身の背丈ほどある長い銀色の髪。細く小さな体躯が収まる白いワンピースは全く穢れを知らない。餅のように白い肌。長いまつ毛の瞳はこの世をまだ知らないとばかりに閉じられ、だからこそ神聖ささえ覚えた。
あまりに高潔な少女の存在はあまりに地獄に不釣り合いだった。
「はあ……なあ、ヴァレイドはあの嬢ちゃんを守ってるのか?」
「まあ、ナイト的な意味はあるっすねぇ。地獄七魔将は地獄の王が統べるべき象徴。それがおいそれと倒されていい物じゃないっす」
「それを俺が易々倒してるんだが? 問題ないのか?」
「おかしいはおかしいな。だが、そうは言ってられんだろう」
そうだ。問題は、そうは言ってられんところだ。
地獄七魔将……ツバキ、ベルフェゴール、メフィストフェレス、ナーゼ、アリオン、それにヴァレイドとネラ。
ツバキこそ、最初倒すのに苦労した。あんなもの、俺に敵う敵じゃなかった。
その後は力をつけてとんとん拍子でこんなとこまで来ちまった。助けられないやつもいたが。
ベルフェゴール、ナーゼ、アリオン。七人の内、既に三人殺した。
後悔の感情も何も、ない。俺は悪魔だ。地獄の王だ。だからな――
「ああ。そうだな。ぶっ殺すぞ、あの男と嬢ちゃん」
「だから、無理だと言っている。私と彼女を知らずしてここに来たわけじゃあるまい」
「残念ながら知らん」
シャツをひと手間で繕って、俺はジーンズについた土をいくつか払った。
残念ながら知らん、そう言われてショックだったのか、ヴァレイドは虚を突かれたような顔だ。その顔に対して更に俺は首をかしげる。
さっきから接するに、ヴァレイドは決して自信家ではない。むしろ、自他評価をきちんとできる人間だ。だからこそ、本気で余裕だからこそさっきみたいな言動が出来る。
だからこそ、ヴァレイドが驚くということは、俺が本当に主軸から外れた反応をしたということ。
俺がヴァレイドを知らないのがヴァレイドにとって有り得ないこと、か。
「……スフレ、何か隠してんなら今の内に喋れ」
「何も隠してないっすよ」
白々と……
このくそ悪魔、ツバキの反応を見るに、ツバキは何も知らない。
それに、アリオンが最期に言った言葉。俺が知ったことは、俺が知りたいことだけだと?
それに、俺は七魔を通して地獄の王になるための、なにか心構えみたいなものを学んでいたと思っていた。それが違って……だが俺は七魔を殺さなきゃいけない?
俺は聖冥の剣をくるりと回して袖の中に隠し、両手を軽く上げた後手でパンと叩いた。
「止めた止めた。ヴァレイド、話せ。俺はなにをしている」
「七魔を殺してるんすよ。ほら、その二人も早く仲間にするか殺すっす」
「黙示録が命じる、黙れ」
黙示録をかざし、俺は後ろのスフレの口を閉じさせた。なにかもごもご言っているが、知らない。
「忘れていた。ここは」
「そう、地獄だ。ここに居ては邪魔だろう。私とスフレは離れている」
「ああ、頼んだ」
漆黒の翼を広げ、ふたりは姿を晦ませた。気が利くな。
「さあ、邪魔も消えた。立ち話もなんだ、家の中に入らないか?」
「……ああ、そうだね。入ろうか。だが、私から言わせれば、邪魔はいようがいまいが関係ない。来ると良い。悪魔の対応は慣れている」
根っからの悪魔、だな。ツバキのように地獄堕ちした元人間じゃなく、ただの悪魔。
わざわざ挑発しているのに乗ってこないどころか、受け入れているしな。
さて……どう、進むかな。