上と下
「まあみなさんお茶でも飲んでくださいっす。にしてもさっすがに五人も入るとせまっ苦しいっすねぇ」
空気を読む能力が根本的かつ致命的に欠如してしまっているスフレはどこからかお茶の入ったカップを持ってきて、これまたどこからともなく取り出してきた卓の上に置いた。
魔女かなにかこの悪魔は。きっとこいつのポケットは違う次元に繋がっているに違いない。
「で? あのガリュネイ、かなり怪しいが、まだスフレのくそ野郎がフィーネを連れ去って悪魔の武器を持たせた理由も解決しちゃいない」
「頼まれたんすよ。前にね。ほいで思い出したもんだからついっす。まあ……おたのしみはまだまだこれから」
「貴様、主が大変なときによくもそんなことが出来たな」
「ツバキっち、そういうのよくないっすよ。さーさー、私の方は良いとして、どうするんすか? ねーねーリエンさん。あのガリュネイは何者っすか?」
自分でぶち壊した話の本質をようやく元に戻したスフレ。ほんと、話しするだけで時間がかかる。
「この国の政治運営の実権を握りつつある大臣です。……お恥ずかしい話、彼がこの帝国を疲弊させる巨悪の根源です。民は飢え、挙句の果てに執政権を持ち、事実上皇帝となった私を排除しようとしている人間」
「どうしてそこまで知ってるのにどうもしようとしない」
「あくまで姫様のお考え。なにも証拠がないんだ。口を慎め雑魚が」
「それは貴様の方だ。これを見くびると痛い目を見るぞ」
「喧嘩はダメっす。それで? 帝国弱らせる大臣が姫様を殺すのはわかるんすけど? 化け物は?」
「……レッドビル王国の王子と私は政略結婚する予定だったそうですよ。大臣が内々に進めていました。しかし私が断ったものだから、レッドビルの力を使って魔物を送り込んできたのでしょう」
まあ、その筋書きが正しいっていうのは俺にもわかる。
ガリュネイ大臣が画策したという証拠はないものの、取り敢えずフィーネを殺そうと動いているのも事実。まったく、大臣が姫様殺して政治の実権を握ろうってか?
「殺したところで次の大臣が大臣を殺すだろうに」
「ええ。だからもう、大臣は次の手を打っています」
頭を抱え、溜息を吐くフィーネ。
狡猾な人間を何人も知ってるさ。
そりゃあ俺は地獄の王なんだから。だがこの大臣、それ以上らしい。
「すでに私の腹違いの弟を即位させる準備をしていますよ」
「何歳っすか?」
「今年で一〇になられる。恐らく大臣は、新皇帝の摂政として政治の実権を握る気でしょう」
「わかりやすい。ああもう、地獄に上の事情は持ち込むなよ。悪魔の武器は……まあいいや。もっとけ。だが大臣に渡すな。地獄はあくまでおとぎ話ってことでいい」
「ええ。あなたに迷惑はかけません。もとより、抗う力を探して武器を探したのですから。あなたも、あなたのやるべきことをしてください」
フィーネはゆっくりと笑んだ。
そうだな、太陽みたいな、良い笑顔だ。
この笑顔を見るとどこか落ち着いて安心できる……ふん、なんてな。
俺は地獄の王。安心と安寧はもっぱら敵だ。
まあ、フィーネのことだ、無茶なことはするだろうが、関係ない。腐った国の高官が死ねば間違いなく地獄に来る。なら、俺は歓迎するよ。
「なにかあったら手紙書いてくれ」
「はい、必ず」
「ふ……冗談だ。行くぞ二人とも、お家へ帰ってさっさと残りの七魔将を……二魔将を殺す」
「およ、もう一人殺したんすか? 誰っすか」
「やつ……バフォメットだ」
「あぁ、あの勘違い男っすか。なら……最後の二人はやっぱりあの二人っすか」
「だな」
意味深な会話と共に二人は翼を広げ、俺を包んだ。
なんで……ふたりは俺に情報を隠すんだよ。俺は地獄の王だぜ?