内政
「ふう、相変わらず……部屋を滅茶苦茶にする移動だな。もっとスマートに出来んもんかね」
「私を足代わりにするからだ。文句を言うな」
俺はそれでも文句を言いながら、割れたガラスの破片を足で避け、部屋を進んだ。
窓から侵入するは、姫様の居城だ。ノースウィング帝国第一皇女、フィーネ姫のな。ああもう、豪華な場所を踏み荒らすのは心が痛い。
「にしてもしけてるな。こうやって登場しても、守衛一人来やしない」
「私に言われたって知ったことではない。それより貴様、本当にここにやつがいるのか? いや、いたところでどうする。やつが消えるのは二度、三度のことじゃない」
「ああ。だがあいつは、地獄七魔将討伐の時は必ず俺の傍に居た」
「やつの忠誠心を信頼すると?」
「いや、俺を助けるために居たんじゃない。俺がボロボロになる様を楽しむためだ。今回なんてあいつ好みのボロボロ加減だっただろうが」
「……ただれているな」
「悪魔と地獄の王だぞ」
ごちゃごちゃ言いながら、まだあんまり踏破していない城を渡り歩いた。
なんだ……誰も居ない? ってことはないだろ。
俺たちは静かに歩かない。怪物は静かに背中に忍びよるが、悪魔は気づいた時には忍び寄ってる。
だからこそ――
「おい、背後狙うならもうちったぁましな忍び足しな。仮面」
「私の名前はリエンだ。地獄の王」
「そうか、リエン。ボロボロだな。で? 俺が知る限り最も強い悪魔に剣突き付けられてどんな気分だ?」
両手を広げて肩を竦め、問う。芝居かかった仕草がどうにも馴染んできて嫌だなホント。
「私はまだ、これを王と認めてはいないが、かといって殺されても困る」
「つ……貴様……私は姫様をお守りしなくてはいけないのだ! だが、貴様らが!」
「落ち着け」
懐に飛び込み、武器を降ろさせた。ツバキと同じ、長い刀、か。にしてはあんまり反ってないけど。
「大方分かった。俺の馬鹿はあんたの姫さんをどこに連れてった」
「貴様よくも白々と――」
「おい。今俺の首かっ切りたきゃそうしろ。感情に任せて俺を殺せ。それとも俺を使ってお前の大事な姫さん探すのどっちが得だ? 考えろ」
荒い息。過呼吸気味の荒い息をどうにか落ち着かせようとする仮面の女、リエンは、俺を仰ぎ見た。
「あれは……私が姫様から目を少しだけ離した時だ。ふとした瞬間に、あのチビが、黒い翼で姫様をさらった。そして次の瞬間、魔物が城を襲った。悪夢だった」
「全員死んだのか? 貴様の姫を守る兵士は」
「兵士は私と一部を残してすでに消えていた。城の中に居た人間全員だ。奴らは城の人間しか襲わなかった。全てがおかしい。あの悪魔のせいに決まって居る」
俺は顎に手を添えて考えを巡らせたあと、ちらりとツバキに視線をやった。
「いや、無理だな。あれは移動能力に長けたただの下級悪魔だ。魔物を呼び出す力はない」
「ではあれはなんだ」
「ちなみに、どんな化け物だった?」
「……腕が六本と一つ目」
「地上に出てきた怪物だな。元々いる方で、悪魔が召喚したものじゃない」
ツバキが嘘を言っても何の得もない。悪魔は特にならないことはしない。
すなわち……ならば大方決まって居る。
「おい人間かよ。ったく人騒がせな。……リエン、この国に恨みを持つ大きな国ってあるか?」
「……ああ。姫様が突っぱねた国があったはず。レッドビル王国」
「そうっすよー。いやぁ、帰ってみれば、ご主人たちそろってなにやってるんすか?」
なにをやっているか、それをいいたいのは俺たちなんだよな。
突如、困惑した様子のフィーネを伴って現れたスフレはいつもみたいに笑んでおらず、ぽかんとしていた。
何か企んでいるなら、こいつは笑って言うはず。となると……いや、考えすぎか?
兎にも角にもスフレの頭をひっぱたいた。
「った……! なんすか、姫様助けたご褒美っすか?」
「たわけ。なにが助けた、だ。どれもこれもお前の策略か?」
「は!? なにがっすか! そのとぼけたかっぽじって節穴程度には使えるように目つぶし!」
声にならない声を上げながら、スフレは両目を抑えて床を転げまわった。喋りすぎだ。
「やめてください。彼女は本当に、ただ私を助けただけです」
「……ところがどっこい。フィーネ、お前は民を見捨てて逃げるような奴じゃないだろう?」
おかしな話だ。民どころか、この大切な腹心、リエンまでおいていくとは。
痛いところを突かれたとばかりにフィーネは顔をしかめた。
「誰も置いていきたくはありませんでした。しかし、このスフレさんが、私を連れて行ったのです」
「どこに」
「……悪魔の武器がある場所に。そして、私は力を手に入れました」
と、彼女はなにか短刀の柄を取り出し俺たちに見せた。
まあ、別にそれがどういう代物の悪魔の武器かはこの際どうだって良い。
「スフレ、なぜ部外者に、それもフィーネに武器を渡した!」
「怒んないでくださいよぉ。なんすか、そんなに彼女が大切っすか?」
「どうでも、良い! そんなことより貴様は姫様を!」
「もう、怒んないでくださいって。べっつに私はどこかに連れてったわけじゃないっす。安全な武器を見つけたんすよ」
「安全? おい。あらゆる武器をレーザムに探させているんだぞ」
「思い出しただけっす。昔は地獄の王と一緒に居たんすよ?」
もう止めよう。この小悪魔、いくら話したって無駄だ。それに、この悪魔は移動能力に長けている。つまり、別にフィーネは大きなけがを負っては居まい。
まずはいいとして。
「この惨状はなんだ」
「ええ。私も聞きたいところですわ。リエン、この通り、私とスフレさんは事態を把握していません」
ということでおさらいだ。
スフレはなぜかフィーネに悪魔の武器を渡そうとしてフィーネを連れ出し、運良く悪くか、その間に化け物どもが城だけに大挙賭して押し寄せた。
あーらら、いやだねいやだね。陰謀の匂いがプンプンする。
「姫様! ここにおいででしたか!」
と……とても恰幅の良い。ていうか巨漢で髭はやしたおっさんが涙を流しながらやってきた。
「ガリュネイ……」
ガリュネイ、と、憎々しさを隠そうとしたけれど隠しきれないといった声音で、彼女はおっさんを見た。いや、ほとんど睨んでいる。
誰だこれは。
「皆心配しましたぞ。この国を率いるべきあなたが、まさかあの化け物どもに襲われてはと、このガリュネイ、神経を参らせました」
「……どこにいたのですか?」
「城の人間を連れ、地下へと命からがら」
「そう。それは大儀でした。この通り、私は無事です。では、内政を安定させましょう」
「ええ、むろんです。……そちらの方々は?」
「アカデミー時代の知り合いで、今は勇者です。丁度客人としてもてなしていたところ、魔物が襲ってきて助けてくれたのです」
「ほう、それはそれは。あとで晩餐の用意をせねば。では」
慇懃に礼をし、ガリュネイはこの場を発った。嵐みたいなやつだな。ほんと。
それに……フィーネもガリュネイも、嘘つきばっかだな、この国は。
「だいぶ見えてきたっすねぇ。どうします、どうします?」
「……まあ、考えはあるさ。せっかく飯驕ってくれるっていうんだ。それまでここに居ようぜ」
俺は適当な部屋の扉を手を振って開き、もう一度手を返して椅子をこちらに持ってきて座った。
「……あれ、知らない間に、地獄の王の力が板についてきたっすね」