素直な七魔将
「悪魔の武器はどこにあるんだ、スフレ」
「魔王の宝殿っすけど、え、行くんすか? 無理っすよ、あれは真の地獄の王じゃないと」
「……なるほど、地獄七魔将か。なら、少し待っててくれ、フィーネ。どのみち地獄七魔将を全部倒す必要がある。だからそこまで待ってくれ」
「しかし、あまり時間は……」
「安心しろ。地獄の時間は速い。それまでに悪魔と契約しようとすんなよ」
フィーネはどこか不安げな表情だった。まあそうか。俺を信用しろというのがおかしな話だ。
なんてったって、俺は地獄の王だ。最も信用してはいけない相手。
「気持ちはわかるがこればっかりは信用してもらうしかない。どうしてもというのなら契約を結ぶが?」
「ふふ、おかしな人ですね、今しがた結ぶなとおっしゃられたばかりですのに」
思わず、と言う風に笑ったフィーネ。綺麗な笑顔だ。そんな顔もできるんじゃないか。
知らないうちに、俺はフィーネをよく観察し続けていた。いつもなら読み解けるはずなのに、フィーネだけは、かなり時間がかかってしまう。
なんだろうな、この時間は。
「……人間の争いに俺たちは介入できない。俺が定めた地獄のルールだ。だから戦争の方は頑張れとしか言えない」
「ええ。そこはお任せください」
「さって、これでレーザムの後片付けもすんだ。帰るぞ、スフレ」
「良いんすか? お姫様ともう少し話さなくて」
「もうないっての」
「……じゃあ、仕方ないっすね。おいとまするっすよ」
部屋の中で翼を広げ、唯一設けられた窓から外へ飛び出す。
フィーネか……いい女だったな。
さて、地獄は一体どの位の時間が経ったかな。
お天気さんさんの昼下がりとは打って変わって一生通夜の閑散地獄は今日も殺風景でしめっぽい。
暗がりの中に帰ると地獄に来たな、と感じるようになっているのはもう末期だろうか。まあ何だかんだで行き来するものではないな。
「……あれ? 家おっきくなった?」
「あー、黙示録に力が相当高まったんすね。一軒家っすよ! 二階建て!」
見た感じ、平屋建てから二階建てにグレードアップして、あばら家からコテージ風の綺麗な木で作られた家に変わってる。
すげえな黙示録……
しばらくの間ぼーっと浮かれていると……
漆黒の稲妻が落ちた。ええー……今?
「やれやれ、このあほくさいのが地獄の王か。地獄も末だな」
「なんだお前は」
自分で言っておいてなんだが、まあ大体わかる。
金髪のオールバック。もう毎度おなじみになった黒いコートを纏った男。
察しついちゃうよね、悲しいことに。地獄七魔将だ。しかもこの界隈の男は同じような髪をしてからにもう。
「数合わせか」
「ほう、お気に召さないか。んじゃあ、こんなのどうだ?」
オールバックに手を這わせると、そのまま腰まで伸ばして……ピンク色の長髪になった。ほぼ同時に掌を顔の前で下へスライド。
顔まで変わった。それならまだ良いが、瞳の下に無きぼくろのある酷く……エロい顔。
そう言うビデオに出てきてもおかしくない……。
「ご主人はやっぱああいうのが好みなんすか? 私のぺったんこも需要あるっすよ」
「あん? あー、まあな。それで? その変身がお前の能力か。てか性別どっちだ」
「元は女よ。ただまぁ、死ぬ前に酷い目に遭ってね、男でいることにした」
「……スフレ、あれは誰だ」
「ナーゼっすよ。何でもかんでも変身できるんすけど、ただの特技っす。本懐は別」
火の手の速さの神速。
消失の力。
熱は見えないという不可視。
今度はなんだよ。毎度毎度能力考えないといけないのは面倒なんだけど?
家も目の前だし。とうとうここまで攻めてやがったし。正気の沙汰とは思えないな。
ああもう地獄ってプライバシーの欠片もないな。
「もうええやんけ。な、大人しく契約しよ」
「黙りな。私は男が王になるのが気に食わなかった。こっからは私の時代よ。政権交代の時」
「お前さ、悪魔の鏡だよな。そんなストレートに後釜狙ってたやつ今までひとりもいなかったからな」
「あー、よく考えたらホントそれっすね。わざわざ家まで攻めてきて、悪魔の鏡っすよ」
「貴様ら……話してる場合か」
「あ、ツバキ。今までどこに?」
どこからともなくツバキが現れ、直後に羽が地面に染み込んでいった。
なんだ今来たのか。それはいいけれど……どのくらい上に居たか。
「レーザムに例の指示を与えた後、地獄を見回っていただけだ。一応、貴様の命令通り魔王の宝殿に――」
「そっか、ありがとな」
なでなでなでなで――
「つ、痴れ者が! 大体、お前のためじゃない! 地獄の王のためだ!」
顔を真っ赤にして俺の手を弾くツバキさん。ツバデレ~。
さって、ツバデレのツバキさんは仕事をしてくれたようだ。あとは俺がこの余った悪魔の鏡七魔将をぶっ倒す。
今の俺で倒せるのはそんなにいない。というのも……そもそも未だに攻略できてないツバキが一番強いんだよ。
それを倒せないんだから、次に来たやつに負けたっておかしくないんだからさ。
「私の特技は見てもらったわね。あんたがどのくらいの物か知らないけれど、楽しませてくれると嬉しいわ!」
今度は黒髪ポニーテールの女性か。戦うために姿を変える。
こいつほど内面が読みやすい悪魔は久しぶりだ。レーザム振り?
手にしている武器は鞭。悪魔の拷問器具ってそのまま戦闘用の武器になるよな。
だが、鞭は自分の意に反した行動を取るから、しっかり見れば……
「あれ、見えねえ!?」
加速で本来俺がもつ動体視力を更に加速させても全然見えねえ。先の部分が消える。
そのせいで腕に一撃貰ってしまった。
鞭もほとんど刃物に近いな。シャツが切れた――
しかも皮膚も一瞬で裂ける。だがまあ、俺は王だ。一瞬で治癒させる。
体を転がして姿勢を低くする。ナーゼは鞭を扱って何百年かわからないが、元々武器にならないものをこうまで使いこなしている。
つまるところ、相当強いです。
相も変わらずスフレもツバキも手伝ってくれないしな。
「私の力はまだまだだ!」
紅蓮の炎が球が飛び、あらゆる方向から俺に襲い掛かってきた。
えらく分かりやすい攻撃だなおい!
かと思えば次の瞬間――
「ごふ……おい、槍かよ」
細長い形をした炎が腹に突き刺さり、そのまま爆散する。痛みはもちろんあるが、それ以上に、自分の肉が焼ける臭いは嫌なものだ。
治癒能力がなかったら……死んでいた……!