魂の手
整理しよう。レーザムは自信家な方で、基本的にはなんでもそつなくこなすが、自分の失敗は決して許さない。それ故に馬鹿にされたような言動にすぐ頭を沸かす。
最初から頭が沸いているネビス……ベルフェゴールとは違うが、どちらにしろ性質が悪い。一緒に仕事していてたまに嫌になるタイプだな。しかも本人も自覚している。
だとすると……ネビス……ベルフェもうネビスでいいや。ネビスと違い、余裕というより馬鹿にし腐った戦い方がベスト、か。
「はん、もう良い、うんざりだ。ツバキ、あとは任せた」
「……私は貴様に仕えている身ではない。よってその命令は受けない。戦いたいときに戦う」
「いや待てよツバキさん。こいつ雑魚いぜ? 今の内に俺の信用を買っておいた方が得策だろ?」
「……確かにそうだな。雑魚一匹狩るだけで貴様に恩を売ることが出来るのなら悪くない」
最初は本気で俺に従うつもりはなかったようだが、俺の話し方、身振り手振りからなにかを感じ取ったツバキはしれっと芝居に入ってきた。
愛してるぜ。どっかの馬鹿とは――
「そんなことでレーザムが冷静さを欠くと思ってるなら馬鹿も休み休みにした方がいいっす――」
「ツバキ、その馬鹿斬れ」
「御意に」
一瞬という言葉がかすむほどの速さでスフレは背中を真一文字に斬られてもんどりうつ。嬉しそうに。垂涎して。本当に理解に苦しむ。
普段俺は道具を使って折檻しないから余計に嬉しいのか? まあいいや。
「やれやれ、まあ、レーザムが雑魚いことには変わらない」
「言わせておけば」
また出てきたと思ったら今度は踵落としかよ――
右腕で防ぐが、次の瞬間にはもう居ない。だが……重いな。質量はある。
何だこいつ、瞬間移動の類か?
動きながら考えるのが俺の持ち味だが、あまり考えてると――
「げっほ……よかった、今日は朝飯抜いてた」
「それは僥倖」
腹をぶん殴られた。だが、残念ながら胃が空っぽ。それにな――
俺を殺せたにもかかわらず殴った。なるほどな、こいつキレてる。いたぶろうとしている。
悪魔の内面なんて、実際人間と変わらない。むしろ人間の方が性質が悪い。悪魔は自分のやることに罪悪感も覚えなければ隠すことも無いのだから。
「僥倖じゃねえよ、ったく」
捉えた。右腕一本――
安易に掴めばそこを起点に整体技をかけられる恐れがあったが、レーザムは素人だ。とりわけ東洋に通ずる格闘技にまったく関心がないようだ。
昔の、それもどこかは忘れたが、王室内で使われた体術に精通するものはあるが。
だからこそ、掴んだ上で聖冥の剣をつきつけ――
消えたか。
バックステップでなりふり構わず後退する。
本当に良く消えるな。素人だから型もないし、戦いのテンプレにも当てはまらない。
能力だけの素人が一番面倒だぞ。
「逃げてばっかりで詰まらねえ奴だな」
「それが私流の戦い方ですので」
乗ってこない、か……んじゃあどうすっかな。
取り敢えずあいつのからくりがわからないことには話にならない。
どいつもこいつもこっちが距離が取らないとたちどころに倒されるとはどういう了見だ。
「お前、名前を何と言った」
「いきなり声かけてくるな、仮面。名乗っちゃいねえよ」
なにが驚いたってこの仮面、あれだけの傷を負っておきながら一々前線で戦う俺のすぐそばまで来やがった。しかも耳元。怖いわ!
なんかいい匂いするし。ちょっとドキドキするし。
「まあ良い。あれは消えて居るぞ」
「見ればわかるよ。ったく、どうやって対処するか――」
「意味をはき違えるな。本当に消えているんだ。恐ろしいことだが、影すらも」
「……あー、にゃるほどねぇ。さんきゅ、仮面」
仮面に礼を言い、俺はニヤついた笑みをレーザムに向けた。
このニヤついたっていうのが肝だ。相手にわかるし、俺にも余裕が生まれる。
こういう時だからこそ、口角上げてこ。
「なにがおかしいのです」
「お前を倒す方法見つけちゃったもんでね。大人しく降伏した方が幸福だぞ?」
「あっれ、ご主人このタイミングで駄洒落っすか!? え? え? どうっすか今の気持ち!? めっちゃすべってますっすけど!?」
聖冥の剣でぶっころしてやろうかなこいつ。ちょっともう腹がね。腹が立ってしょうがないね!
最早言葉はいらない。ツバキに対して親指下に首の前で切った。
ツバキは何も言わず、スフレを地面に突き刺す。よし。
「んで?」
「その気はありませんよ、あなたでは、到底私に勝てはしない」
「そうか。じゃあまあ、倒すかね」
「出来ないと言いました。どうしてあなたに私が倒せますか」
「どうして? はん、妙な質問だな。俺が地獄の王だからだよ」
袖からするすると聖冥の剣を取り出し、レーザムの前に立ちはだかる。
俺が、俺こそが、こんなところで死んでいられるわけがない。
まっすぐ飛び出し、レーザムの鋏に聖冥の剣を打ち付ける。
火花が飛び散り、微かにレーザムの顔に陰りがさした。
俺の無謀ともいえる突貫、無謀でしかない攻め。そして聖冥の剣を警戒してのことだ。
だがおかしい……こいつの顔……まだ何か隠している?
「そうですね、遊びはこの辺にしておきましょう」
なにか意味ありげな言葉を残し、レーザムは消える。感覚し、意識を研ぎ澄ませるが……
あいつは最初の場所に戻ってビジネスバッグを手に取っていた。
「やれやれ、まさかこれを使うことになるとは」
「対して追い込まれていないくせに卑怯だぞ、レーザム。貴様に矜持はないのか」
なにか咎めるような口調のツバキ。しかしレーザムは気にした様子なく微笑んだままだ。
なんだ? あのビジネスバッグになにがあるっていうんだ……待て、ビジネス? 契約? くっそ、こいつ……そういうことかよ!
「何百あるってんだ、魂が……」
「ざっと300。もう少し増える予定でしたが良いでしょう。さて、始めましょうか」
まばゆすぎる輝きが目の前を晦ました。とんでもない熱量ととんでもない……なんだ、言い表せないが、力を感じる。
これは一体なんだ? 暖かい、それでいて力強さを感じる。生命の躍動だとでもいうのか。
「ご主人も、王なら見ておくっす。人の魂の大きさを。その生命の輝きを」
「……できるもんなら、敵として見たくはなかったがね」
「ベルフェゴールがどの程度の物だったかは知りません、ですが、私は、私こそは!」
輝きがレーザムを包み込み、そして――