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十字路の契約

「リエン、くだんの門に手引きしてくれる悪魔というのは、本当に悪魔なのでしょうか」


 深い森をいくつか超えたところで、まったく息を切らすことなく、フィーネはリエンに問うた。いつも寝所に籠っている深淵の令嬢ではなく、民のためを思いお忍びで城下に下っているのだ、相応の体力はあった。

 しかしリエンはそれでも、まだ質問してくる元気があるのかと驚いてしまう。最悪自分がおぶうつもりだったのだから。

 フィーネの感触を背中に味わえないことを残念に思いながら、リエンは振り返った。

 さすがに危険しかないモンスターが豊富な森をフィーネひとりに歩かせるわけにはいかず、常に姿を現していた。


「ええ、間違いなく、悪魔は存在いたします」

「その根拠は?」

「悪魔の武器を使うことなく面妖な力を使うのです。それも強力な。すでに一度コンタクトを図りましたが……悪魔でした」

「そ……う?」


 従者の言葉を信じないわけではないが、生まれてこの方神は信じれども悪魔を信じたことはない。神がこの世界をお創り給うた時、全ての悪なる存在は天界から最も遠いところに隔離されたと聞く。今さらそんなおとぎ話の生き物がいたと言われても信じ難いのが本音。

 主の心境を敏感に察知しているリエンとしては、もう見てもらうしかないと、歩を急いだ。

 やがて森が開け、土気色をした道がある形をかたどった場所に来た。

 そこは十字路(クロスロード)だ。何の変哲もないただの十字路だ。


「本当に、ここに悪魔が?」

「はい。……レーザム、契約の時だ」

「これはお二方、ご機嫌麗しゅうことと存じます」


 慇懃な態度を示した黒い革鞄を持ち、モノクルをかけた男が綺麗な礼をした。

 瞬間、フィーネは肩を強張らせて身構えた。

 どこから……現れた……。


「ああ、私はすぐ傍に居ましたよ。そこの木陰からぱっと出てきたにすぎません。して……リエン様、でよろしかったでしょうか。本日は私と契約を結んでいただけるとかで」

「ああ。謝礼は払う。その代わり、悪魔の門を開ける方法を教えろ」


 一度会ったことで慣れているリエンは何事もなく、レーザムに対して毅然と振る舞いながら要求を告げる。

 レーザムは穏やかな笑みを浮かべながら、まるで商人よろしく手を広げる。


「悪魔の門ですか。あれは地獄の王にしか開けることが叶わない代物です」

「地獄の王だと? 貴様の上司か」

「ふふ、上司、ですか。しかし最近、あなた方の世界で言えば数秒の時の間、政権交代が行われ、今の地獄の王は力を殆ど有していません」


 嫌な予感に、リエンは一歩前に出た。

 王が居ない国がどうなったか、リエンは良く知っている。民主主義など、国の弱体化を図る代物でしかない。まして、革命による王政弱体化など論外だ。


「では、お前は誰に仕えている」

「永劫にわたって、地獄の王に。しかし今、私がお仕えした王は身罷りました。ゆえに私はこうして地上に出られるのです」

「お前はなんだ」

「地獄七魔将がひとり。地獄の王が地獄を統治する際に七人の悪魔を諸侯として各地に送りました。私はそのひとり」

「そんな大物がなぜここに居る」

「大物でないと上に行くことが出来ないからです。下級悪魔は門を通らねば地上へ上がれない。さて、おもしろくない話は止めましょう。ビジネスです」


 レーザムは鞄を地面に置き、ゆっくりと近づいて来た。

 黙って話しを聞いていたフィーネは、そっとリエンを手で押して下がらせると、そのままレーザムの前に立った。

 これはトップ同士の話し合い、交渉なのだから。フィーネの出番だろう。


「私は、ノースウィング帝国第一皇女、フィーネ・ノースウィングです」

「これは、姫殿下、お会いできて光栄の極み。今回は地獄の門を開けてほしいとのことで」

「しかしそれは地獄の王でなければ難しいのですよね。では……代わりに悪魔の武器をくださいませんか?」

「……悪魔の武器、ですか」

「あるのでしょう?」

「ええ、確かに」


 随分と交渉が上手い。情報は小出しにし、場合によっては情報そのものを取引材料にしても良い様なものを、あっさり教えてきた。場慣れしている。

 フィーネは長引きそうな予感を押し殺して、何とか二の句を告げる。

 こういうタイプに心理戦や駆け引きを挑むのは危険だ。シンプルに、ペイアンドリターンの交渉を貫く方が理にかなっている。


「では、それを」

「わかりました。では対価として……魂をいただきます」


 リエンが腰の小太刀を抜き、フィーネの前に躍り出る。人間離れした速度だが、人間から遠くかけ離れた存在、悪魔にとっては微速に過ぎない。

 レーザムは顔意を一つ変えることなく、むしろ微笑んで見せた。


「誰も、あなた方の魂を寄越せとは言っておりません。悪魔の武器は魔王の宝殿と呼ばれる場所にあり、盗む必要があるのですがこれが存外危険です。ですので……一〇〇人の魂をいただきたい」

「そんなもの、用意できるはずが――」

「出来るはずだ、あなたは一国の姫君。一〇〇人分くらいの魂、造作もないはずです」

「国を率い、国を救おうとする人間に頼むことですか。断じて、私は帝国民の魂を売り渡す気はありません」

「良いのですか? 帝国は二層化の激しい国だ、第三階層の住民なんてゴミとも変わらない。それを高々一〇〇人集める程度で一騎当千の武器が手に入るのですよ? レッドビル王国もたちどころに粉砕するでしょう」

「だとしても、です」


 凛として泰然。ここを譲る気は毛頭なかった。国民を救うためにこうして危険を冒してまでやってきた。


「私の命程度ならいくらでも差し上げます。しかし、国民の命は差し上げられません」

「あなたの命がごみ一〇〇人と等価ですか。理解に苦しみますね」

「悪魔らしい発言だな、所詮お前はそこ止まりだ、悪魔」


 レーザムは手ごたえを感じなかったせいか、徐々に笑みを消していった。何もかも上手くいっているときはいくらでもへりくだろう。しかし失敗すればそれはもう顧客ではない。


「地獄最凶の悪魔も嘗められたものですね。地獄七魔将を甘く見るなよ、ガキどもが」

「ようやく化けの皮が剥がれたな。なに、私とて貴様をこれ以上のさばらせておく気はなかった」

「無駄だと知れ、地上の俗物が」

「さっさと地獄に堕ちるんだな、悪魔」


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