長い 上手くない 今じゃない
「……二人分だと移動速度二倍なのか?」
「っすかね」
「やったことないからわからない」
いつもより多めに漆黒の羽をまき散らし、かっこよく降り立った俺は開口一番疑問を口にした。二人の羽って、そういえば特別なんだっけ?
ネビスって黒い稲妻だったし。
さて……地獄ってのは、どこに行っても同じような風景が広がっているな。
「なあ、楽しくねえよこの殺風景な雰囲気。自然もないし。ちょっと歩いたら魔物居るし」
「しゃーないっすよ。今のご主人は地獄の外観変えられないんっすから」
「だよな……んで? あのさ、なんで急にビル立ってるの?」
「これ、レーザムのビルなんすよ」
「なんの説明にもなってねえよ」
馬鹿スフレの馬鹿みたいな説明のせいで謎は深まる一方だ。聳え立つ灰色のビルには日差しを入れ込むための窓があるが、ここに日はない。
ていうか、この世界ってどのくらい文明進んでるの? レンガのお家が精いっぱいでしょ? 違うんかい。ビルとかやめてらしさが消える。
「レーザムって何者だ?」
「ビジネスバッグ持ってモノクル付けた好青年っすよ。取引と契約が大好物」
「お前の紹介って雑すぎてどうにもなんねえよ」
「スフレは確かにそうだが油断するな。レーザムは一筋縄者じゃいかない」
「ああ。悪いツバキ、地獄七魔将がヤバいやつってことを忘れていた」
三人目だからと言って、気を抜きはしない。ていうかまだ三人目? つらたん。
「大丈夫っすよご主人。いざとなれば……私が盾にみぎあしのこゆび!」
盾どころか俺を見捨てやがったくそ従者の右足の小指を踏んずけてやった。やっこさん、まさかよだれ垂らして喜ぶとは思わなかった。
「ご主人もっと!」
「るせえよ。ねだるな馬鹿が」
「そりゃあ私はご主人の従者っす。まあ、前の地獄の王とのことを考えるとかなり尻軽女だとか思われるかもしれないっすけど。サキュバスだけに。でもそこいらの地獄七魔将とは違って私はちゃんとご主人に忠誠誓ってますし、黙示録にも名前書いてあるっす。っすから、やっぱそこ疑われちゃうと私としてもなんだかな、ってなるんすよ。ほら、普段はサキュバスだけにご主人を癒す事しかできないっすよ? でも、それって大切なことじゃないっすかね。とすると、やっぱ私はいつもご主人のためを思っているわけっすから、どんな形であれど従者をいたぶることは大切なんすよ。っすから、ご主人はもっと積極的に私を痛めつけることを考えた方が居っす。サキュバスだけに。だから、もっと私をいたぶってっす! 今はそういう時期なんすよ! 私だってもっと痛めつけられたいんすよ!」
「なげえわクソが!」
一本背負い決めてめちゃくちゃ痛い地獄の床に受け身もさせずに叩きつけた後背中を蹴飛ばす。
「長いわ! 長い上に最初から最後までサキュバスいっこもかかってねえし! ていうかなんで今そんな気持ちになっちゃったの!? もう怖い!」
「えへ、えへへやばいっす、濡れ――」
「黙れ淫乱女! この痴女が! もう嫌、こいつどっか別のとこ連れてって! あ、手前、こうなること見越してやりやがったな!?」
「ふへへ、策士策に溺れるんすよ」
「それお前が溺れてんじゃん!」
「どうでも良いが貴様ら、ここは敵地だ。気を引き締めろ」
「あ、そうだねごめん。ほんとごめん。でも、こんだけ騒いでも……こねえな」
馬鹿のせいで俺まで馬鹿になってしまった。ていうか、マジで来ねえな、こんだけ騒いでも。
ビルの入り口を見てみれば人の気配はもちろんない。ていうか自動扉か……。
どこから来たんだ? レーザムってやつは。どの時代だよほんとに。
「昔上の世界って高い文明でも持ってたのかね」
「ああ、世界は何度かやり直してるっすから。んで? まあいないっすけど、どうします?」
「いないんなら来てもしょうがなくないか? ツバキ、お前は何か知らないのか?」
「……レーザムは人付き合いが良い方だ。ネビスを軽くいなすこともできるほどに」
「それは良いっていうのか? ていうか……すまん、今気づいた。ツバキ、大丈夫か?」
別にツバキの頭や体を気遣ったわけじゃない。
そうだ、ツバキは地獄七魔将のひとり。この間もそうだが、ネビスや今回のレーザムは仲間。それを……殺せるのか?
いや、もうひとり殺している。大丈夫なのか?
「貴様は優しいな。だが安心しろ。私はもう悪魔だ」
「そっか……おい、スフレ、いねえぞ」
「そうっすよね。おでかけっすかね」
「あいつは今頃上に居るんじゃないのか?」
話の流れでそのまま流しそうになったけど、ちょっと待てツバキさん。はい?
俺は首だけをツバキに向けた。上って、あの上か?
「悪魔は上にいけないんじゃなかったのか」
「一般悪魔は無理っすね。行き来できるのは地獄七魔将クラスか地獄の王っす」
「地獄七魔将も外に出られないんじゃないのか?」
「出なかっただけだ。地獄七魔将はそれぞれ諸侯として地獄を治めていた。多忙な地獄の王の代わりに。しかし王が居なくなった今――」
「俺王なんだけど……」
「王が居なくなった今、その制約は消えた。行き来できる地獄七魔将は魂を求めて上に行ったんじゃないか?」
「……新しい力が欲しいのか? 皆地獄の王の後釜狙いかよ」
「その可能性は十分ある。魂はかなりの力があるというのもまた事実。それ以上に、悪魔は本能的に魂を欲しがる生き物だしな」
ツバキの話通りなら、まあ間違いなく他の地獄七魔将も上に行っている可能性がある。
面倒くさいなおい。一々上にいくのかよ。もう地獄でもなんでもないじゃん。
どうするか試案に耽るが、正直上がる以外に他の方法もないというのも事実。
「ああもう。せっかくきたのに馬鹿スフレの相手しただけで終わったじゃねえか。んで? 魂を使って何か企んでるやつの場所はわかるのか?」
「レーザムっす」
「そう、それ。レーザム従わせに行くぞ。もうひとり欠員出てるわけだしな。地獄七魔将」
「その欠員を埋めるのも貴様の仕事だ、シオン。なに、貴様は人を見る目がある。大丈夫だろう」
「つっても悪魔っすけどね。んじゃあ行きましょうっすか、上にご主人連れて行かなきゃいけないっすから、ツバキさんもやるっすよ」
「わかっている。安全に連れて行くぞ」
「ありがとよ」
漆黒の翼が、俺を包み込んだ。