上の世界
「申し上げます! レッドビル王国が我が領内に侵入、村が二つ焼かれました!」
「東部戦線が壊滅、ゴルドア宰相が身罷りました!」
「皇帝陛下の容体がよくありません。間もなく峠かと」
兵士。兵士。兵士。
三人の兵士が、広大な部屋に入るなり叫ぶように報告を告げた。
落ち着いた茶色と金色の彩色が施された壁に、幾つも作られた窓の光が反射してより輝きを美しいものとする。調度品は全て塗料が塗られ、滑らかな見栄えと手触りだ。
部屋、調度品の中心には大きな円卓があり、幾人かの男性、そして……美しい少女が座っていた。
水色で長い髪。白と金色を基調とした繊細さと高潔さを合わせたようなロングコートにロングスカート。頭には小さなティアラを乗せた美麗な少女だ。
彼女は静かに長いまつ毛を揺らすと、兵士たちに言った。
「ご苦労様です。長い距離、疲れたでしょう。今はゆっくりお休みになってください」
「フィーネ姫殿下、それよりも御裁可を。皇帝陛下はもう指揮をとることができません。宰相閣下、それに参謀も戦闘中に討たれました。もはやあなたしかいません」
男性の一人が少女……ノースウィング帝国第一皇女、フィーネ・ノースウィング。
まだ若いながらも、皇帝、宰相、参謀が次々に亡くなったがために軍上層部の指揮に参加することとなった悲劇の少女。
ノースウィング帝国は世界の北部に居を構える巨大な国家。それがこの様だった。
東部、西部からくる連合軍の攻撃によってずたぼろだった。
宰相、参謀すらも作戦の前線にそれぞれ向かわなければならないほどに。
そして今、若くして帝国を治める錦の御旗が担ぎ出されている。帝国は、滅びるだろう。
もし、フィーネが次にこの国を治める人間でなければ。
「今すぐ、おちた村の周辺に軍を送り、国民を安全に避難させてください」
「バカな、敵が東部と西部から来ているのですよ。片方に軍を寄せていては陣が食い破られる。今は感情的になって居る時ではありません」
――うるさい蠅だ。
フィーネははっきり心中で男を罵倒した。
政治も群もわからない未熟な子娘が情に流されて真意も図れないのか、と馬鹿にするような声音と様子。
はっきり言って反吐が出る。この堕落した貴族共がこの国を悪くした。
「伯爵。東部戦線はすでに瓦解しています。今更軍を送っても無駄です。それどころか返り討ちは必至。であれば、国民を最も安全なここに匿い、籠城します」
「……ですが、姫殿下。籠城とは言えいずれ食物は尽きますぞ」
今度は別の男だ。籠城は愚行であると本かなにかから得た知識で言っているのだろうが、大きいな間違いだ。
なにせフィーネは、生まれた時からこの国を良く知っている。良さも悪さも。
「この国は極北に位置します。気温は基本的に低く、寒波が訪れればとてもではありませんがうろつけもしません」
極北の国、ノースウィング帝国が今まで生き残ってきた理由は豊富な鉱物資源と広大な土地だ。
しかし、寒波が到来した瞬間に外を歩くのも困難な程吹雪く。
そのため保存食や防寒家屋が他と比べて十年以上進んでいる、寒冷地対策に特化した国といえる。
フィーネの言葉を、まるでこの国の当たり前な情報ではないかと聞く耳も持たない貴族たちは他の案件でもあるのか、視線を右往左往させていた。
大方、次、戦争に発つのは誰なのか、そんなことであろう。
「安心して下さい。次に発つのは私です」
「姫殿下御自らですと!?」
「ええ。幸い、この国は冬季が終わるまでは十分すぎるほどの食糧があり、逆に寒波が来れば土地勘もなければ温かい土地から来た敵は……退かざるを得ない」
感嘆の声が上がる。
自分たちはいかなくていい。そして姫の口から納得のいく説明があった。だから安心して表情をほころばせている。
――クズどもが。
父親、皇帝が生きていればこのような老害たちは許しておかないだろうとフィーネは目を伏せた。いつの間にか、帝国は汚れてしまっていた。
「寝所に戻ります。あとは全て私が手配するので、みなさんは私の言う通り、国民をこの帝都に集めて下さい。大臣には――」
「我々が話を通しておきましょう」
「分かりました。みなさん、落ち着いて行動するように」
言い残し、フィーネが立つと、全員立ち上がり、腰を追ってフィーネを見送った。
送られたフィーネは侍女たちを離すと、とたんに顔から笑みを消した。
国をあまりに安堵し、国民をあまりに愛するあまり、この国の腐敗を嘆いた。
やる気のない貴族。死ぬためだけに出向く将軍。そして……大臣。
「姫様」
どこからともなく、声がした。