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「なあ、手前さ、ついさっき、そうだな、数分前、なんて言ってたっけか?」


 俺を見下し、ため息混じりにネビスは地面と……横臥する俺に吐き捨てた。

 不甲斐ないな。数分の刻を経て、俺は地面に寝て、ネビスは勝ち誇ったように立っている。

 ていうかね、無理ですわ。こいつ強すぎる……!

 地面を殴りつけ、起き上がりざまに加速で体勢を立て直す。

 息は切れ切れ、肩は上下に揺れ動いて、体は前傾姿勢。もう、構えるのも億劫なほど疲れてしまい、腕はだらんと下がったまま。

 クソみたいな姿勢と状態。

 挙句の果て、後ろの地面にぽっかり空いた穴に足を取られて尻餅着いた。クソが……!


「俺が地獄の王だ」

「そう、それだ。だがおかしいな、俺の知る地獄の王はへらへらしながら一瞬で強敵を打ち砕く、そんな輩だ。間違っても手前みたいな醜態は晒さん」

「生憎、チートとは無縁な生活でね」


 会話の中で、いや、会話の中だからこそ、俺は思考を纏められる。

 こいつの攻撃は、なんだかしらんがぼっこぼっこ穴をあける能力だ。

 転んだ拍子に地面を何度も触った――まあ、倒されて辛酸と一緒に地面嘗めたんだが――が、地獄の地面、特に灰色の場所は馬鹿みたいに固い。

 それをまあマシュマロよろしく抉り取ってからに。


「そこだ、そこが問題なんだ。手前、地獄の王になって何がしたい? というより、なんで地獄の王になった」

「帰るためだ。手違いでな。地獄の王になって生き返る」

「はっ、んじゃあ手前は、地獄を捨てるために王になるのか」


 ネビスは馬鹿っぽく見えるが物事の本質を良くつく。それは、正直だから。

 悪魔は誰かを慮らない。言いたいことを言い、やりたいことをやる。

 地獄を捨てるために王になる。言いえて妙だが、その通りだ。でもな……


「……確かに、そうだった。だが、今は違うんだよ」

「あ?」

「俺は……お前ら全員助けたいんだよ」

「……はは、はっはっはっはは!」


 これは傑作だとばかりに、ネビスは笑い、嗤った。哄笑だった。

 悪魔を助ける悪魔なんていない。彼の目は笑っていない。口とは違い、しっかりとした怒りを抱えている。よく怒るやつだ。


「ふざけるなよ小僧! 俺たちゃ悪魔だ、俺たちに救いはねえんだよ!」

「救ってやる。俺なら、やれる」

「何様だ……手前!」

「地獄の王と、言ったはずだ」


 短剣を取り出し、構えて見せる。

 ぶっちゃけ、俺だってつい最近までは悪魔のことなんざどうでもよかったさ。その存在すら信じちゃいなかった。

 でもな、スフレも居るし、ツバキも居る。悪魔にも悪魔の事情があって、今だって何をしているかわかりはしない。

 だからさ、分かろうとしているんだよ、俺は今、悪魔たちを。


「わかんないことだらけで、わからないってことが、ようやくわかったところだ。地獄の王をこれ以上嘗めると痛い目に遭うぞ」

「やってほしいね。手前はそしてどうする。悪魔を統率して、俺たちが住みやすい世界とやらを作って、手前はどうするよ。手前は根本的なことを忘れている」

「……お前たちが悪魔だってことか?」


 ネビスは嬉しそうに頷いた。

 俺は人間。こいつらは悪魔。俺がこいつらの気持ちをわかっていない、そういうことだ。


「ああ、そうさ、俺たちは悪魔だ。お前に教育は、無理だ」


 なにもない場所を握り、ネビスは嫌らしく笑った。そう、次の瞬間だ――

 足元が円形に抉れようと、その事前線が浮かび上がる。この後抉れるだろう。だが……


「生憎だな、俺は地獄の王だ。スフレ!」

「あいあい、ご主人」


 漆黒の翼がいっぱいに広がり、羽が舞い落ちる。

 世界が黒に染まった。最後に見えたのは、呆気に取られたようなネビスの顔。

 そうか……怒りではなく、そういう感情を見せるのか……。

 俺はネビスに背を向け、黒の世界に身を投じる。スフレの移動能力は役に立つな。

 間もなく、俺はどこかわからないが、山のような場所に居た。崖の端。少しでもふらつけば落ちてしまうような不安定で殺風景な場所だった。

 何度移動しようと、何度見渡そうと、地獄は地獄、か。

しばらくの間羽が舞って居たが、俺がぼーっと突っ立っていると、羽もまた消えていく。

 思い出したように、体中の傷に手を当てて治癒する。傷は癒えたはずなのに、なぜか俺はずっと同じような場所を治癒していた。ほとんど、無意識に。


「ご主人、いつまで傷治してんすか。もういらないっすよー」


 スフレが両手で俺の手を取って、そのまま何度かにぎにぎしていたが、俺は特にリアクションを取らなかった。

 それが気に入らなかったのか、スフレはふてくされたように腕を捨てた。


「あのっすね、ご主人。負けるのはわかりきってたことっすよ。戦術的撤退できたんっすから、結果オーライっすよ」

「うん? ああ、そうじゃない。すまんな……勝ち筋を考えていた」

「勝ち筋って……おもしろいっすね」


 なにがうれしいのか、スフレは笑顔を俺に向けたまま、ぐるぐると俺の周りを回った。

 いい加減ウザいなこいつと思った時……目の前に何か見えた。

 ここは崖、見渡すには絶好のポジションで……なんだあれ、悪魔か?


「スフレ。あれはなんだ?」

「うーん……ああ、悪魔が新入りの悪魔を襲っているとこっすね。男三人で女一人にいいことしようってとこっすよ」

「なんで嫌がる。なんで抵抗しない?」

「まだ悪魔になりきれてないっすし、技術を覚えてない。だから食われるんすよ」

「……あれを助けると、他の悪魔三匹は困るか?」

「死にゃしないっすよ。あいつらはやりたいことをやるのが仕事っす。地獄へ魂を持ち込むってのも仕事っすがね」

「この……聖冥の剣は魂を直接殺すからなんでも殺せるんだよな」

「そうっすよー。だからまぁ、それで刺したら死ぬっす」


 それだけ聞いて、俺は崖を削り下りた。普通、降りたら死ぬような場所だ。

 出も俺は駆け抜けるように滑り降り、すぐさま悪魔三人の首に短剣を突き付けた。

 一人目。後ろからいきなり斬りつけたから一番楽だった。

 二人目。なにがなんだかわからないうちに斬りつける。特に障害はない。

 三人目。抵抗らしきものを見せたが、なんの問題もなかった。


「……すまないな、スフレ」

「いいっすよ。しょせん悪魔っす」


 しょせん悪魔か。仲間を前に随分なこったな、スフレ。

 にしても、一般の悪魔はこんな物かよ。えらい違いだな、あのくそチート野郎と。

 短剣を服の袖で拭いて、腰ベルトの内側に隠し、襲われていた悪魔を見やった。

 特に顔立ちに狡猾さは見えないし、目も普通。まあ、女は騙すことが得意っていうし。


「大丈夫か?」

「あ、あの……ここは?」


 女はおどおどとした様子で俺を見上げていた。ぺたんと座り込んだまま、立ち方を忘れてしまったようだ。

 やれやれ、本当に悪魔っていうのは、地獄に来てから悪魔になるのか? 人間にとってはまさに地獄だろう。


「地獄だ。あんた、上から来たのか?」

「地獄……そうか……私……自殺して」

「あの、感傷に浸るとこ悪いっすけど、ご主人の質問に答えるあばらぼね!」


 生まれた瞬間からの悪魔はこういう配慮がないからいけない。きちんと教育し直そう。手始めにあばらに掌底打を打ち込んで。

 飴と鞭かな。喜んでるから飴か。


「わ、私……ノースウィング帝国で……自殺して……」

「なにもいうな。別にここじゃ死に方なんて何の罪でもねえよ。つっても、俺も地獄の王になりたてでわからないことだらけだが」

「あなたが……王様?」

「ああ。王様だよ。どうする? しばらくうちにでも居とくか?」

「いえ……私は……自殺した身です。屋根はいりません」

「はあ……じゃあまあ、なんでまた死んだ?」

「……戦争で、私たちの村は帝国の辺境にあったので襲われました……」


 戦争か。皮肉なものだ。上だって下並みに争いが起きている。

 ましてやここは異世界。落ちてくる人間の格好は名画、落穂ひろいに出てきそうなもの。上の世界の文明なんて想像するに難くない。

 国際条約があるわけでもないしましてジェノサイド条約もないだろうしな。


「それで?」

「敵の兵士が言ったんです。私が死ねば妹だけは助けてやるって……」

「妹さん、さっき悪魔たちに襲われてました――」


 馬鹿スフレの口を塞いだ。こんにゃろ、首をへし折ってやろうか。

 時すでに遅く、女は涙を流し、顔を伏せた。ああもう……悪魔は配慮がない。

 姉が死んだら妹を助ける。そんな口上を本気で信じた女も女だが……。

 まさか妹まで地獄に堕ちていたとは。なにをやらされたのかは想像に難くない。

 だが……おかしいだろうが。


「おい、この世界に宗教はないはずだ。なのに自殺で地獄落ちってなんだ。それ以前に、自己犠牲は天国への鍵だろう」

「天国は権力者しか行けないっすよ。免罪符って知ってますっすか? あれを買って天使に祈らないと天国にはいけないっす」

「ルターがさっさと現れてくれることを祈るよ。なあ、元気出せ。妹に会わせてやるから」


 といって、元気になるようなら世話無いよな。

 相変わらずすすり泣く女に俺はどうしようもできなかった。嫌だな……地獄は哀しみしかない。ある笑いと言えば哄笑か嗤笑。厭味ったらしい笑顔。クソが。


「わかったわかった。スフレ、妹持ってこい」

「はいっす」

「え……お姉、ちゃん?」


 一瞬にして感動の再会。なんでこんな演出に手を貸している?

 俺はなにが良いことで、なにがいけないことか良くわかっていない。

 ただ、悪い気はしないな。同族である悪魔をぶっ殺してまで……見た二人の涙は……

 喜びのない地獄にもたらされた、初めての笑顔の結晶なのかもしれない。

 俺は姉妹を目を細めてみていたが、スフレは興味なさげに小石を弄んでいる。無感情かよこいつは。感動的じゃないか。


「あの……ありがとうございました。私は……」

「いいっての。んじゃあ、姉妹揃って――」

「これくらいしか……お礼は出来ないのですが」


 姉妹は俺に微笑みかけ……輝きを増した。比喩ではない。本当に光っている。

 なんだ……この光は……熱くて、力を感じる。途方もない力、ここに無い力だ。

 ああそうだ……命。命の輝き、生命が躍っている。

 やがて姉妹は、手のひらほどの光の玉になって、俺にゆらゆらと近づいて来た。


「これは……」

「魂っす。受け取れば、想像を超えた力を手に出来るっす」

「魂だと……」

「黙示録にでも保存すると良いっすよ。まあ、たかが悪魔じゃ名前も刻まれないからそのまま保存されるだけっすけど」


 正直スフレがなにを言っているのか良く分からなかった。命のやり取りってのはそんな簡単な話じゃないはずだ。

 それに、なんでこの姉妹にしたって、俺なんかに生命の根源である魂を渡す?

 俺は地獄の王だ。そのまま短剣で刻むことだって出来たんだ。

 俺は溜息を吐きながらも……黙示録を取り出した。


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