序列とかなんとか
「面倒だ。せーの」
「ほいさ!」
翼を広げ、城の中を駆けずり回って、もう一度外に出た。
他人の家に着いたらまず家を荒らして高価なものをぶっ壊せ。それが悪魔の本懐さ。
中庭に降り立って、しばしの間城か豪邸かを見上げる。手を体の前で組み、じっと。
入れる場所は取りあえず入って、片っ端から荒らしていったから……来るか?
少しだけ身構えた瞬間、俺たちのすぐ目の前に黒い稲妻が落ちた。轟音とまではいわずとも、低い音を立て、黒いつむじ風が巻き起こった。
全てが瞬きの間で終わった。そして次の瞬間には、風の中から人影が躍り出る。
「手前ら! なに人様の城で暴れてんだ! ああ!?」
ガラの悪いチンピラが、腹の底から出すような声で叫んだ。当たり前だよな。
金髪のオールバックに、前髪が少しだけ垂れた随分ヤンチャな髪形。片耳にはピアスが三つほどついており、黒いロングコートの軍服みたいな物を着ていた。
そう、ツバキと同じ服装だ。ツバキと違って随分ちゃらちゃらとしているが。
「ああ、やっぱアレ城なのか。豪邸か城かで随分悩んだ」
「知ったことか! 誰だ手前ぶっ殺すぞ!」
「スフレ、七魔は全員血糖値か何かが低いのか?」
「私ら、血糖値とかコレステロールとかとは無縁の生活っすよ? 地でしょう」
可哀想なこった。地獄に堕ちたっていうのに煩悩まみれ。あ、地獄だから、か。
難儀だなぁ、地獄。にしても、異世界の地獄の悪魔は若々しいな。
「おい、誰だか知らないけど、随分若いし、序列何位?」
「ああ!? 今関係あんのかよクズが!」
「いや、無いけど聞いてみたくて。ソロモンの序列とかあるんじゃないの?」
「いつまで自分の世界引きずってんすか。地獄にある序列は純粋な強さっすよー。あ、決めたいなら王になった時にでも決めて下さいっす」
「手前ら……人の家勝手に荒らして、勝手に目の前でだべってんじゃねえぞ……!」
忘れていた。ああ、良くないな……飄々さっていうのは相手をイラつかせる。
さて……名前も知らないこの青年。服装からして制服を着ているないし強制されている。連帯感から逃れるために奇抜なアクセサリでパーソナルを誇示。こちらに対して端から強い言動でねじ伏せているところから、虚勢を張っているか、偉くプライドが高い。
この手の人間は実に分かりやすい物だな。
「そうだった、忘れていた。君は誰だったかな」
「地獄七魔将の一人、ネビスっすよ。真名は知らないっすけど、上位の悪魔っすね」
「その根拠は」
「黒い稲妻で移動できるのは上位の悪魔なんす。この場合の上位は純粋な力っす」
「おいお前、他に言い忘れたことはないか? 真名は知らないとか言うが、お前は地獄の王についていたんだろうが」
「私、こんなんっすよ?」
自分を指さすスフレに俺は完璧な納得をしてしまった。そうだ、こいつはこんなやつ――
「ごちゃごちゃうっせんだよ!」
俺の足場が抉れ……いや、溶けて消えた。
咄嗟に加速とバックステップを使ってスフレと共に逃げるが……なんだこいつ!
落ち着いて地面に視線を向けると、やはりどろどろになって一部分が消え去っていた。
「……スフレ、逃げていろ」
「いいんすか? 私は下僕っすよ?」
「逃げていろ」
これ以上話すことはない、と突き放すように言う。正直……勝てる気もしない。
一瞬で地面を消すなんてまた面倒な力を使ってくる。スフレを守りながら戦えない。
スフレは俺の気持ちを汲んでくれたのか、翼を広げてどこかへ消えた。それで良い。
俺はポケットに手を突っ込んで、彼のネビスの……前に立つ。
「まあ立ち話でもなんだ、中にでも入らないか?」
「今お前らが荒らした俺の城にか? 冗談じゃねえ。手前事一切合切掃除してやるよ」
本気で怒っている。吐き捨てたと同時に消え、また俺の前に現れた。
加速……地獄最凶の悪魔ともなると、そりゃあ加速も使えるよな。
ネビスの拳が俺の腹を抉りあげるように放たれる。
俺も加速でネビスと同じ時間に入り、拳の先に掌を打ち当てて軌道を逸らした。
次の瞬間、左腕が横から伸び、俺の耳に手の甲が向かう。
腕を差し込んで防ぎ、ぐっと姿勢を下げて堪えた。地面を少し削って停止。
服の襟を掴もうと手を伸ばすが、あろうことかこのバカ、ヘッドバッドで迎え撃ってきた。
ならば俺もだ――
「手前、中々動くじゃねえか」
「そっちこそ。ったく、異世界っていうのは、総合格闘技がポピュラーなのか? 俺は地獄で初めて異種総合格闘技をやったぞ」
「地獄でもう一度死ねや、ガキが!」
「何度も死ねるかよ、バーカ!」
そもそも俺は死にたくて死んだんじゃないし、地獄に来たくて来たんじゃない。
何故か死んだ上に何故か異世界の地獄に来た。いい迷惑だよ全く。
「手前、なにもんだ。なんで地獄にただの人間が居る。なんでそれが七魔将とやり合えるんだ? ああ?」
「質問に答える気はない」
腕を弾いて距離を取った。俺の質問に答えていればそれでいいのさ。
「なぜかって? 俺は地獄の王だ」
言うと、ネビスの額に血管が浮き出た。歯は剥き出しで引き結ばれ、瞳はあまりの怒りに眼光が鋭い。感情が表情に出やすいやつだ。
にしても……地獄の王は王にもかかわらず地獄で恨まれているな。
「地獄の王だと……あのおっさん、とうとうくたばったってか。それも、お前なんかに殺されるとは、年は取りたくないな」
「あんたはおっさん恨んでんのか?」
「俺をこんなところに閉じ込めた挙句使役だ? ざけんじゃねえ! 俺は地獄はおろか世界を掌握する悪魔だ、この程度の田舎に閉じ込めたあいつは俺が殺してやりたかったよ。」
自己顕示欲の塊だなこいつ。とんでもなく自分に自身もあるらしい。
それに……おっさん恨まれすぎだろ。なにしたんだよ。
「そうだぁ、あのおっさん殺せねえ代わりに、手前殺してやんよ、地獄の王をこの手で殺せるんだ、良い憂さ晴らしになるってもんじゃねえか!」
沸点低いなぁ。その上、とんだ方向に話が逸れた。
まあ、っつっても一番は――
「俺を倒せると思ってるのなら考え直した方がいい。なぜかわかるか? 俺は地獄の王だ」