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指美味

「地獄ってのは、どこから見ても殺風景だな」

「んな酷いこと言わないでくださいっすよ。上から見たいっていうから連れてきたのに」


 スフレは口をとがらせ、腰を折りながら俺に苦言を呈した。本当に下僕かこいつは。

 俺は特に苦労をしていないスフレに目もくれず……地獄を見た。

 地獄にはなにかよくわからないが、濃い雲が幾つも存在している。だから、雲の上を突き抜けた山の上に来てみた。スフレを使って。

 高速移動は便利だ。高い山もひとっとび。一瞬で、殺風景な地獄を眼下に収めることが出来る。

 本当になにもなかった。暗く、黒い雲が覆うばかり。こんな場所では気が滅入る。


「……なるほどな。そりゃあ、つまんねえよな。さって、折角地獄の王になったんだ、ここらで地獄をリフォームするか」

「あの、ご主人。なに考えてるんすか?」


 不安げに、しかし楽しげに伺うスフレの顔を今度は見やった。満面の笑みで。

 そして俺は両手を広げ、この世界の支配者だとばかりに宣言する――


「ここを変える! 地獄をもっと住みよい場所に変えるんだ!」

「ちょいちょいちょい。なんでまた急にそんなこと言いだすんすか!」

「俺は限りなく自分の世界を良くしたい。地獄の王の面子もなければ自覚もない。だが、力だけはある。ならやることは限られてるだろうが」

「え、なんすか?」

「俺やツバキみたいなやつを救済する」


 今まで、呆れたことを言うが、まあ付き合おう、そんな態度だったスフレの顔に陰りが見えた。ようやく気付いたが、スフレは案外表情に彩がある。実に人間らしい。

 俺が身の毛もよだつ拷問を受けている中飄々としていたくせに、な。


「地獄に神は居ないっす。必要がないっす」

「上に居るとも限らんだろ。神は死んだ。我々が殺したんだ。哲人の言葉だ」

「哲人だろうが二十八号だろうがどうだっていいんすよ。いいっすか? 地獄は、上で悪さしたどうしようもないやつが神に見捨てられ、ここで罰を受けるんす。それを住みよい世界にするだなんて――」


 俺はスフレの口を人差し指で封じた。うるさいな、小悪魔が真面目な事を言うんじゃない。

 黙るかと思ったが、このバカ悪魔、あろうことか俺の人差し指をパクッと口に含んでチューチュー吸い始めた。


「きったねえなお前! なにすんだよ!?」

「だってー、指来たら嘗めるのがサキュバスの本懐っすよ」

「知らんっての。前の王にもそんなのしてたのか?」

「いいえ。おっさん趣味はないっす。ご主人みたいな若い性欲は大好物っすけど」


 頬を赤らめ始めたので、場を戻すために軽く地ならしをした。どっちにしたって、だ。


「どうせ俺は当分地獄から出られない。なら、地獄をもっと知る必要がある」

「拷問の記憶しかないっすもんね。しかも大した罪を犯してない。いや、犯してないのに」

「七魔たち、こいつらを上手く扱う。地獄をリフォームし、秩序をもたらす」

「……大変っすよ。地獄には秩序がない。なんでかわかりますか?」

「俺たちは悪魔だ。悪さするのが仕事。ていうか、そもそも俺らの仕事って何さ」

「快楽をむさぼること。世界を破滅させること。神と戦い、勝つこと。色々あるっす」


 地獄の王のくせに地獄の仕事を何一つ知らない。まだ内政固めも終わっていないんだから。

 その辺ももう少し勉強するとして……さあどうするか。


「取り敢えず、あの辺に店でも作るか」

「お店っすか?」

「ああ。料理屋。そしたらみんな笑顔になんだろ。さて、そのために……行くぞ、スフレ。次の七魔の場所に」


 地獄の内政を固めて、料理屋でも開く。そして名実ともに王の力を手に入れ……帰るんだ。

 また、スフレを撫でた。

 俺は帰らないといけない。俺の人生めちゃくちゃだった。妹にまで……同じ轍は踏ませたくない。

 軽く片腕を上げて、人差し指を回した。そろそろ仕事にとりかかろう。


「安心しろ、スフレ。お前の願いもかなえてやるさ」

「あいあい。期待してますよ~」


 黒い翼を広げ、スフレはへらへらと笑った。信じてないな、こいつ。

 まあ、仕方ないか、と俺は黒い翼に包まれながら、ゆっくり腕を組んだ。

 なに、地獄七魔将がどんなチート能力を持って居ようと、俺には剣と肩書と黙示録がある。

 どうにかして切り抜けるさ。

 なんてことを考えていると、次の瞬間にはもう暗い場所に来ていた。地獄はどこもかしこも暗いが、趣が違うんだよなぁ。

 厳かな暗さと、楽しい暗さ、薄気味悪い暗さに、恐怖を掻き立てる暗さ。

 ここは……破壊的な暗さ、だな。整頓された空気と異質な絶望が漂っている。

 大きな、自己顕示欲の塊みたいな城がぽつんと建っている。大きいな門の前にはランタンが吊るされ、城へと続く道をうすぼんやりと照らしていた。

 こんな豪勢な佇まい、貴族とは言え、七魔にはもったいないな。俺のより豪勢。


「あらやだ、ジェラシー感じちゃう」

「前の王は全盛期、相当大きなお城でしたけどねぇ」


 俺と同じように、馬鹿みたいに大きな城を馬鹿みたいに見上げるスフレ。

 いや……大きいなもう。こんな場所に住んでいるんだ、相当な強さ……かもね。


「ひゃー、どうするっすか? うちら完全に負けるっすよ」

「んで? 今日の相手はどんなやつだ?」

「ぶっちゃけ、もう地獄七魔将は基本強さに差がないっす。だから説明するのも億劫なんすよ」

「ふん、お前がわざわざ俺向きに選んでくれたんだ、どういう意図があったのかってな」

「……な、なんのことっすか?」


 動揺。しかし嘘の動揺。俺に気づかれることを想定済み、もしくは、気付かれても全く問題はないってことかな?

 ポケットに手を突っ込んで、思考に入る。

 最初、スフレがツバキを充てたのは、ツバキが俺を殺さないという確実性があったから。

 ツバキは地獄の王に心酔している。その王が曲がりなりにも選んだ俺を、そう簡単に殺しはしないって、分かっていて選んだ。

 だから、今回も選んでくれたのかと思ったが……違ったらしいな。

 スフレはどうでも良いところで力を使い、本当に助けてほしいところで見放す。

 まるで悪魔。ああそうだ、悪魔だったな、スフレ。


「行くか。安心しろ、お前くらいは守ってやる」

「ありがたいっすね、ほんと」


 スフレの顔は不安げだった。ああ、俺って……信用ないな。


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