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穀潰し

「まーだーでーすーっすか! ご主人様」

「だあってろ! この穀潰しが」

「シオン、取り敢えず、この野菜を全部切っておいたぞ」

「サンキュ。今日もエプロン姿可愛いな」

「ば、お前……軽々にそんな言葉口にするな!」

「ごめん、包丁振り回さないで!」


 ツバキを迎え入れての生活は、案外スムーズにいっていた。

 一週間くらい経っただろうか。朝食を作るために俺が用意をしていると、朝早く起きてきて手伝うのが日課になっているようだ。

 名前の通り女性らしさが滲んでいる。最高の嫁さんになるぞ。エプロン姿可愛いし。

 今日のメニューはポトフです。コンソメがないから、鳥っぽい食材の骨煮込んで出汁とった。寝ないでいい分、研究する時間はたんまりある。朝早いっていう概念もおかしい位に。


「ところで、なぜあいつは手伝わないのだ? 本来なら、主人である貴様は卓につき、料理が出るまでなにか適当に考えたりするのが普通では?」

「あいつは悪魔だぞ」

「納得した」

「言うわりに、ツバキは悪魔っぽくないよな」

「……ああ、まあな。私は地獄七魔将だぞ」


 答えになってないが、そういうときは大体答えたくないってことだろう。

 俺もそれ以上何も言うことなく、小麦粉で作ったパンを焼いていたオーブンに目を向ける。地獄の王の屋敷っていうのは本当に何もないから、ちゃちゃっと作っといた。石窯あったし。


「豪勢だな」

「……普段なに食ってたんだよ、霞か?」

「いや、なにも。貴様がどうここに来たか追及する気は――」

「自殺したことにされて堕とされた。しかも異世界の地獄にな。元は人間だ」

「ならわかるだろう。栄養を摂る必要がない。霊魂でしかない私たちは食べるという動作が必要ない。ただ、飢えている。ずっと飢えているんだ。だが、ここには食べ物がない」

「じゃあ上へ行けよ。あそこの馬鹿が持ってきたように、色々あるんだろ?」

「私は地獄の王の名の元に地獄の領地を守る諸侯だぞ。滅多なことがなければ出て行かない」


 そりゃそうか、と納得する。

 元々、あのおっさんが自由に外へ出たいがために地獄の諸侯である地獄七魔将に地獄を守らせていたんだ。まあ、そのために手段を選ばなかったようだが、な。

 ポトフの入った鍋にスプーンを入れて味を見る。調味料ほしいなぁ。香辛料とかまだすげえ高い時代なのかね、上では。

それともスフレにその知識が無いのか知らないが、味を調える材料がない。


「こんなもんか。でもま、これからは自由だ。上に行ってもいいぞー」

「おい、お前は地獄を平定するんじゃないのか」

「するさ。するが、地獄七魔将がツバキや他の悪魔の邪魔になっているっていうんなら、俺が諸侯制を……おい待て、諸侯って言ったか」

「言ったが?」

「てことは、貴族も居るのか」

「……そうだな。貴族は居る。だが所詮、雑兵だよ」


 貴族を兵士扱いするとは滅茶苦茶だな。どこか知らないが、浮世離れしているよほんと。

 元々どこから堕とされたのか、それはきっと聞かなきゃいけないんだろうよ。


「よっし、完成だ。ほら食え馬鹿」

「わーいっす!」


 ほんと、似ても似つかないのに、飯を食べる時は……妹そっくりだな。

 俺は自然とほほ笑んで、ポトフに手をつける。うん……ちょっと薄いな。


「その顔……良い顔だ」

「うん? ああ、俺の顔が平凡以上かそれ以下かより、飯の感想聞きたいな」

「ああ、とても美味しい。それに、温かい。心が奥から満たされていくよ」


 クールで、滅多に笑顔を見せないツバキは軽く微笑み、器を両手で持ってスープを口に運んでいる。綺麗だな、やっぱ。

 大したものを作った自覚はさらさらないけど、喜んでくれたのなら何よりだ。


「おい馬鹿」

「なんすか、嬉しいけど名前の方がうれしいっす」

「そりゃ悪かったな。さすがに今回で俺も懲りた。だから、次の地獄七魔将の情報をくれないか?」


 皆の器の中も大分なくなってきたところで、俺は切り出した。

 ツバキの力は異常に強い。正直俺が勝てるかどうかは運を入れても危うかったから。ていうか勝ってないし。

 だから、今回は慎重にいかないと魂もろともやられかねない。それは元も子もない。


「……でもご主人、ご主人は持ち前に口八丁とどこで習ったか、手八丁で切り抜けてらっしゃるっす」

「おい」

「今の所上手くいっているそのわけわからない偶然でどこまで行けるか五分五分っすねぇ。てか、あのチート臭い力が、本来絶対勝てなかった戦いを勝たせた。悪魔的っすね」


 こいつは前から思っていたが、褒めているのかけなしているのかわからない。


「ざけんな、俺はチートなんて使っちゃいない。ただ、地獄の王であるだけだ。さっさと情報出せ」

「むふー……ご主人が戦えそうなレベルって今んとこいないんすよねー。地獄最凶の悪魔っすよ?」

「そうだな。今のお前に倒せる奴がいるか甚だ疑問だ」

「だが、それでも俺は地獄の王にならないといけない」


 二人がほっぽり出した問題をもう一度拾い上げ、俺は席を立った。

 一応この世界に精通する悪魔だ、その二人が俺では無理というなら無理なんだろうさ。

 でもな、それでも俺は……帰らせてもらうぞ。


「地獄最凶? 嗤わせるな、俺が地獄最強だ」


 がたり、と音を立て、ツバキが席を立った。ほんの少しの決意と大きな呆れが目に浮かんでいる。


「そこまで言うなら、手合わせしてやる、シオン。今のお前の実力がどの程度か、経験と感覚と勘と技術だけじゃどうにもならない我々の世界を、な」

「……ああ、見せてくれ」

 ・・・



「情けないな、シオン。お前はその程度の実力で、私たちを倒そうとしていたのか」


 情けない。はは、そうだな、情けない。それは今俺に最もふさわしい言葉だ。

 あえなく地面に仰臥し、もやもやした黒い天空を見上げていた。

 手は動かない。足も動かない。最早思考さえも動かない。


「あっはは、無様っすね~、ご主人様、この悪魔的な強さ、これが、地獄七魔将っすよ。チートっしょ?」


 スフレに嗤われても仕方がない。

 圧倒的……圧倒的過ぎだ、地獄七魔将……!

 なにも出来なかった。ここまで強いとは思わなかった。


「はは……こりゃあ、課題が山積みだな。さて……んじゃあ、第二ラウンドだ」


 第一ラウンドは全カット。俺の大敗。負け負け負け。

 だがな、お前ら、チートってのは、理屈じゃねえんだよ。


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