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枯れ木に花を咲かせましょうかね!

「あ、終わったっすか? もー、ご主人もツバキさんも長いっすよ~」


 おもっくそスフレの頭をぶん殴ってやる。こいつほど空気の読めない生物はいない。

 ああでも、こいつ殴ったらすごく喜ぶんだよな、止めようかな。どうしようか。

 感動の話がそんな空気でもなくなった。


「ああまあ、おっさん、良い奴だったんだな」

「あれだけ話しさせといて感想がそれって、ご主人それダメっすよ」

「お前のせいだろうが! 言いにくいわこれ以上!」

「いや、いいんだ。貴様は悪くない。そこの下級悪魔が悪い」

「ツバキ、最初の方可愛かったんだね」


 正直なんでこんなこと言ってしまったんだろうって思った。何か言わなきゃいけないって、強迫観念があった。だから俺は全ての思考と感情を切り捨て、残った真実を口に出した。

 瞬間身構える。神速にいつ殺されてもおかしくない……!

 が、そんなことはなく……


「そ、そうか。それは、だな。礼を言った方がいいのか?」


 顔を赤らめて、自信満々な目を俺の目とあわせない。

 え、なにこれ。なんで恥ずかしさと嬉しさが混ざった表情しているの? すごく素直。

 どゆこと? と、俺はスフレの目を見た。耳打ちしてくれという意を全く汲んでくれなかった彼女はあろうことかそのまま口を開きやがった。


「元は素直な処女っすからね、男性の好意に弱いんす」

「おい、お前はオブラートとかデリケートを知らんのか」

「なにそれ食べ物っすか?」

「片方は確かに食える。ああもうそんなんどうでも良い。なあ、ツバキ。俺は、地獄の王だ」

「私は認めない」

「ああ、そうだな。それで良いよ。でも、俺にだって、目的はある。ツバキが愛を欲したように、俺も力を欲しているんだ。だから……力を貸してほしい、ツバキ」


 だが、ツバキは決して俺の願いを聞き入れようとはしなかった。当たり前だ、俺だって、急にそんなことを言われて信じられない。

 しかも相手が自分より格下と来ている。全くメリットがない。

 だから俺は、ツバキにメリットを提示しないといけない。


「ツバキ、俺はあんたの力になろう。あんたの愛ってやつ、前の王の代わりに、俺があんたに渡す。だから俺の力になってくれ」

「……それは無理だ。お前に私を理解することは出来ない。私の悲しみは――」


 絶望した人は人の言葉をすぐに聞き入れない。ついでにいえば、一度信じた人間は心酔に近いほど依存する。そして初対面の人間に対して並々ならぬ警戒心を持つ。

 ツバキは人間不信と人間を信じることを交互に積み重ねすぎて、たった一人の人間を神格化してしまっている。なら、俺は神になるしかない。


「あんたの悲しみ、俺は理解できるよ。痛い位に」

「どうやって」


 ツバキの問いに俺は少しだけ笑って、木に歩いていく。

 枯れ木だな。何度見ても枯れ木だ。

だが、地獄の王はツバキに奇跡を見せた。あのおっさんは、奇跡と奇術でツバキを地獄最凶の悪魔にしたてあげた。

さすが悪魔、随分狡猾な手段を使うが……俺も同じ穴の貉なのかもしれない。

善意の量に関係なく、俺はツバキに今から、奇跡を見せる。


「悪いな、答える気はない。だって俺は、地獄の王だ」


 木に手を添え、そして――枯れ木に花を咲かせた。

 地獄にはあまりに勿体ない、大きな樹だ。やせ細り、無様な様子を晒していた枯れ木は今、芸術にも勝る生命の躍動を見せつける。

 紅い小さな花弁がぽつぽつと見える。厳かで、上品な木だ。

そうか、だから地獄の王は……彼女にこの名前を。


「きれいっすね! わー、すごいっす!」

「お前が木に興味があるなんてな」

「私も女の子っす。綺麗なもんは好きなんすよー。これ、なんて花なんすか? 見たことないっす」

「当たり前だろうが。この花は……椿。俺の居た世界に生える木だ。ツバキの花ことばは誇り、女性らしさ、完全、敬愛。ツバキには似合いの花だな」

「ツバキ……あの人が私にくれた花は……ツバキ……」


 いとおしむような、それでいて懐かしむような、しかし憧憬の眼差しでツバキは椿を見た。

 あの目、恋人に向けるそれではない。それよりも……親、かな。自分とは違う存在。

 だからこそ生まれる神秘を見る瞳。そうだな、母親よりも父親、か。

 ツバキは涙を流し、椿の木をそっと撫でた。

 やっぱり、地獄の王は枯れ木に花を咲かせたようだな。だが、いなくなると同時に花の魔法も消え去った、か。

 にしてもあのおっさん……粋なことするじゃねえの。


「なあ、貴様、名前を何と言ったか」

「うん? シオンだ」


 よくよく考えたら、地獄で真名を名乗っているのは、地獄の王の権力をしっかりと表しているよな。


「そうか、シオン。私はまだ貴様を王とは認めん。だが……見極めさせてもらう」

「ああ、それでいいよ。黙示録にも名前は刻まんさ。さって、折角だ、木ごと家に持って帰ろうぜ」

「ああ、待ってくれ、私が持っていこう」


 バサッと、スフレと同じ漆黒の翼を広げ、ツバキは椿に向き直った。

 高速移動はまだ使えないから、俺はこの、主人を嘗め腐った従者と行動を共にしないといけないんだよなぁ。


「悪魔の翼って……天使のそれみたいだな」

「この翼は私の物だ。悪魔に羽などない」

「あ? それどういう意味だよ。スフレだって羽があるぞ」

「私は特別っす。普通の悪魔は高速移動が出来ないし、上級悪魔もつむじ風で移動っす」

「ったく、わけわかんねえ。まあいいや、帰るぞ」

「んじゃあ、ツバキ様は私についてくるっす」

「……下級悪魔のスフレが水先案内人とはな。汚らわしい淫魔が」

「もう、私を濡らしてどうする気なんすか」

「帰るぞ、馬鹿ども」


 漆黒の翼がバサバサと音を立てて二つとも開き、俺と椿をかっさらった。

 高速移動中のわずかな間、俺は口に羽が入らない程度にため息を吐いた。

 今回はどうにかなった。

 だがそれは、ツバキが元々心優しかったのと、地獄の王に心酔した王肯定派だったから。

 次からもそうと限らない以上……俺も強くならないといけない。


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