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悪魔のチート

「ほざいていろ、この外道が!」

「地獄の王に最高の褒め言葉だ!」


 左足の腱を狙う鋭い一撃も、俺は聖冥の剣で受け止める。

 ようやく武器が見えた。長い得物だ。刀にしては随分柄の部分に装飾が多く、西洋刀にしては片刃しかなく、反りがあって長い。間違いなく日本刀。

 まさかこんな異世界の地獄でらしくもない武器を見ることになろうとは。


「馬鹿な……なぜ……!」

「さあ、なぜでしょう」


 短剣を滑らせ、あわよくば手を落とそうとしたが、さすがに避けられる。

 次いで来る背中への一撃。これを喰らい、地面に手を付けた瞬間に広範囲足払い。

 彼女は足にひっかかり、尻もちをつく――

 タイミングとしては踏み込むところだが、敢えて一歩下がった。

 思った通り、彼女の刀の切っ先が目の前を紙一重で通過する。

 目の前に見える、なぜ? と見開かれた両の瞳に俺は微笑みかけた。


「別にこれは俺の能力じゃない。長年の経験と技術による賜物だ。あんたの力、しっかり見極めさせてもらったぞ」

「ほう……口が上手い奴ほど実際何も持っていないものだ」


 刀をどこかに収め、彼女は腕を組んで不敵な笑みを浮かべる。

 前傾姿勢で、右腕に重心がある、変な構えだ。さっきからこれだな。

 あくまで優位であり、あくまで余裕である。悪魔的なブラフだな。

 ならば答えねばなるまい。俺は地獄の王だ。


「ずばり高速移動。あんたの力はとんでもない速度で移動するものだろう。火の手が瞬く間に広がるように。さすがは地獄の悪魔だ。業火に焼かれるところだったよ」

「ちょっと違うっす。彼女の力は神と同じ時間を生きることっす」

「なに?」

「スフレ、貴様……!」


 なにを卑怯な、彼女はそんな言葉を顔に張り付けスフレを睨む。でもな、

 悪魔に卑怯は褒め言葉だ。


「神は全知全能全善の存在。そのすべてを有するためには神速が必要っす。そうすればいついかなる場所にも神は居ることになるっす。彼女の力はご主人の超加速を軽く凌駕する神速っす」

「ほう、神の速度か。悪魔が随分なものを持つ」

「黙れ!」

「いいや黙らない。捕まえたぞ」


 さっきから俺の聖冥の剣だけを心配していて、俺の心配が全くない。

 だから、現れた瞬間に、いや、攻撃を受けた瞬間に肩を掴んで捉える。


「つ……させないぞ。華奢な肩だ、膂力じゃ俺に敵いはしない」

「ふざ、っけるな」


 抑えた俺の腕の間から拳を入れ、顎に一撃食らった。

 意識が軽く吹き飛びかけるが、地獄じゃ失神しない。脳を揺らされる気持ちの悪さを覚えつつ、何とかその場に立つ。


「馬鹿な、私は神速だ、なぜ貴様は私を捉える!」

「地獄の王だからだよ」

「説明になってない!」

「説明責任あんのか!」


 刀と拳の殴り合いだ。

 日本刀にしてはリーチの長い彼女の得物はそもそも短剣しかない俺からすれば不利でしかない。

 武器のリーチはそれほどまでに勝負を決める絶対条件で、条件を覆すために各種武術が生み出されたんだ。

 長年の経験と勘と技術を頼りに、次なる一撃を拳の平で受け止め、軽くスナップ。

 刀の軌道を逸らしてやればいい。

 俺は傷を受けながらも、確実に致命傷は避けられるようになっていった。


「なぜ……だ。私は地獄の王に忠誠を誓った最凶の悪魔だ、誰も私の時間を生きられない」

「は? 悲しいこと言うなよ。あんたがそれで孤独ってんなら、俺が一緒の時間を生きてやる」

「不可能だ、私の時間は絶対の――」

「俺は地獄の王だ、俺にできないことは、ない……スフレ!」

「あーいあい。どちらまで!」

「上空かっとべや!」


 漆黒の翼が俺と彼女を包み込む。暗く、そして翼がうようよしている空間。

 少し口を開けばそれ来たとばかりに侵入を試みる馬鹿な悪魔の羽根。

 俺は袖から聖冥の剣を出し、彼女に向かった。

 咄嗟なのだろうか、右腕を差し出し、受ける――

 ガキン、となにかにぶち当たる音……やはりそこに隠していたか。

 コートの袖が剥がれ落ち、中に隠された刀のさやが姿を現した。


「ちっ……」

「やめときな、死ぬぞ」

「なにを――」

「あんたの神速は場合によれば雨粒に自分が当たっただけでも肌を穿つような危険な代物だ。それが、こんな鋭利な羽が飛ぶ場所で使えば最悪、体が寸断される」


 適当な場所を跳んでいたスフレの羽根を拾いあげ、根元を持ってくるくる回した。

 神速ってことは、相対して世界の全てが神速ってことだ。そんな中何かに当たれば間違いなく死ぬだろう。

 だから姿を現した時――斬った後は必ず元の速度に戻る。

 万が一、俺が変な動きをしてそれに当たって共倒れを防ぐために。


「刀を抜いている瞬間が加速時間だ。だから終わる度に納刀する音が聞こえた。カチン、カチンってな。それのおかげで居合っていうのも気づけた」

「貴様……本当に……」

「地獄の王だ。何度も言わせるな。スフレ」

「っす」


 黒い羽が消え、また大木の前に俺たちは降り立った。

 なぜとどめを刺さないのかと、不思議そうな瞳で俺を見やる女性。馬鹿だな、ったく。


「女性を傷つけたくない。それに、話していてわかった。あんたは優しい」

「なにを……言って……」

「殺すと言っておきながら最初から最後まで致命傷を避け、俺に治癒する時間を与えないと言いながら与えた。神速なら俺を殺すことは容易いのに」

「それは――」

「確信がなかったから、だろ? あんたが信じたもう一つの方が正解だ。地獄の王は俺にこの黙示録と聖冥の剣、スフレを預けて消えたよ。俺は正統な後継者だ」


 彼女は押し黙り、刀を抜こうとしていた手を引っ込めた。

 揺れている。なにをどう信じればいいかわかっていない。馬鹿だな……なにも信じるな。


「なあ、寂しいのか?」

「ば、なにを馬鹿なことを!」

「地獄の王は、優しかったか? あんたと同じ時間を生きてくれるって、そんなこと、言ってたのか?」


 彼女はもう一度黙った。答えたくないのか、図星なのか、恐らく後者。

 まあ……そうだろうな。地獄は孤独と怨嗟と苦しみの集合体だ。

 その中で不運にも優しさを持ってしまっているなら……辛いよな。


「あんたの技術、研鑽された力は、地獄の王を守るため、か」

「……彼は私を、孤独から拾い上げてくれた。だから、契約したんだ」


 ようやく話し始めた、最凶の悪魔。

 俺は彼女の名前を知らないけれど、その孤独は……理解できた。俺は今も昔も、そうだから。


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