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99 砂漠へ


 翌朝、城内は慌ただしかったが、街は変わらぬ光景を見せていた。

 フォンシエが目を覚ましたとき、すでにフィーリティアは起きていて、窓から外を眺めていた。


「……フォンくん、おはよう。よく眠れた?」

「おはようティア。おかげさまでぐっすりだ。ご飯はもう取ってきた?」

「ううん。まだだよ。準備ができたら、一緒に行こう?」


 フィーリティアに誘われると、フォンシエはせっせと身支度を済ませる。

 彼は勇者というわけでもないが、今はゼイル王国から派遣された身である。汚らしい格好をしてもいられなかった。


 二人で廊下を歩いていくと、使用人たちとすれ違う。彼らは二人を見て頭を下げるが、どうにもそわそわしているように見えるのは、自分までとばっちりを食らうのを恐れたからか、それとも今後の見通しの悪さからか。


 いずれにせよ、それはフォンシエが関わるべきことでもない。

 広間に赴くと、使用人たちがすぐに料理を運んできてくれる。ほかの勇者たちは早くから出かけていった者もいれば、まだ眠っている者もいるそうだ。


 夜間に戦いがあったのだ。緊張感が解けず、寝付けなかったとしても無理もない。

 彼らと比べると、フォンシエは随分、肝っ玉が据わっていると言えよう。


「フォンシエ様。昨晩は誠にありがとうございました」


 城主がフォンシエのところに来て頭を下げる。


「あれから、なにか進展はありましたか?」

「取り調べの結果、あの者が独断で行っていたと想定されています。また、北の都市には彼の子女がいるとのことでした」

「北ですか」


 そちらでは、魔王モナクとの戦いが行われているとされていた。

 となれば、魔物との接触もそこであったのだと、推測されるだろう。


「おそらく、そこで話を持ちかけられたのでしょう。魔物に誘惑されるという噂も、ちらほらと上がるようになったそうです。女神マリスカの敬虔な信者であれば、一も二もなく断る話ですが、あの者はそのような心を持ち合わせてはいなかったそうです」

「……わざわざ、そのような人物を狙ったと考えるのは、少々難しい気がします。断った者がすべて殺されていった結果、不信心者が残ったと考えるのが妥当なところでしょう」


 他国にて、このような発言をするのは、なかなかに豪胆である。

 その姿に城主は圧倒されていたが、やがて居住まいを正した。


「あなた方に話すことではないのかもしれませんが……現在、レーン王国の北は荒れています。民の心が女神から離れるのも、無理からぬことなのかもしれません」


 きっと、多くの人々にとって、女神マリスカを非難することは、相当な大事なのだろう。しかしフォンシエは元々、信仰なんてしていない。なぜ、加護に差があるような選択をしているのかと、恨み言を告げたくらいだ。


 だから女神をどうこう言われたところで、なんら思うところはなかった。


「それは……よほどのことなのでしょうね」


 フィーリティアはその状況を思い浮かべて目を伏せた。

 これまで北の城塞都市エールランドやカヤラ国では、魔王との戦いがあったが、それでも女神から人心が離れることはほとんどなかった。だから、戦いはかなり劣勢なのかもしれない。


 城主はさらに頭を深く下げる。


「それゆえに援軍も出せず……本当に申し訳ないと思っております」

「気にしていませんから、大丈夫ですよ。そんなことよりも、俺は混沌の地から出てきた魔物の動向が気になります。こちらは、近くの魔物を従えつつ、なかば定住しているということでよろしいのですよね?」


 フォンシエの頭の中は、もう次の敵のことに切り替わっていた。

 いつまでも引きずらないのは、彼の成長の証か、ひたすら敵を切り続ける生活に慣れてしまったからか。


「移動はしていないようですが、砂漠が広がっておりますので、常に土中にいて観測は難しいようです」

「では、いつ攻めてきてもおかしくないということですね」


 そう言われて、城主は息を呑んだ。

 これまでの楽観的な考えに、冷水をぶちまけられたかのように。


「少しだけ、偵察に行ってみますね。すぐに戻ってきます」


 フォンシエは果汁の入ったグラスを一気に煽ると、朝食を取り終えた。

 ほとんどの勇者たちはまさか、昨日の今日で出ていくなんて思ってもいなかっただろう。この気持ちがあっさりと変えられるのも、ある意味では彼の戦いの才能だったのかもしれない。


 あっけに取られる城主であったが、「よろしくお願いします」と申し訳なさそうに頼むのだった。


 そうしてフォンシエとフィーリティアは、昨日と変わらない街中を歩いていく。そこかしこで見られる人の営みには、魔物の不安が見え隠れしている。


「とりあえず……不安の種は一つ取り除いたけれど、やっぱり、混沌の地から出てきた敵を倒さないとね」

「フォンくん。二人だけでやるつもりなの?」

「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、砂漠に来たのは初めてだから、少し見ておこうと思ってね。それに、どれほど俺のスキルが使えるのか、試しておきたいんだ」

「よかった。フォンくんは黙っていたら、いつも無茶ばっかりしちゃうから」

「俺だって、考えなしに突っ込んでいくばかりじゃないんだよ」


 フォンシエは口を尖らせるが、考えても突っ込んでいくのだから、あまり違いはないかもしれない。


 さて、そうして街の外に出ると、西に向かって進んでいく。

 やがて地面は砂の色に染まり始めた。この砂漠は岩石よりも砂漠の割合が非常に多くなっているようだ。


 フィーリティアはてくてくと歩きながら呟く。


「これはなかなか、歩きにくいね」

「靴の中に砂が入っちゃいそうだ。勢いよく走っていたら、砂まみれになるかもしれない」

「じゃあ、飛んでいく?」


 フィーリティアは尻尾をぱたぱたと揺らしながら、光の翼を用いてみせた。


「地面から奇襲を受けないようにするには、そのほうがいいかもしれないけれど……ずっと使いっぱなしってわけにもいかないし、慣れておいたほうがいいかもね。ティアは音でなにかわかる?」


 フォンシエが尋ねると、フィーリティアは狐耳を動かしてみる。

 そうして地下の音を拾っていく。狐は聴力がよく、飛び込んで中にいる獲物を捕まえることもあるのだ。


 けれど、彼女は首を傾げるばかり。


「うーん。魔物はいないとは思うんだけど……小動物しかわかんないや。フォンくんはどう?」


 尋ねられてフォンシエは、スキル「光の証」に意識を集中させる。

「探知」のほかに、異変に気づきやすくなる「洞察力」や魔物の動きなどを捕らえやすくする「野生の勘」を切り替えながら使ってみるが、確かにこれといった反応はない。


「土中に魔物がいない……というのも、それはそれで奇妙な感じがするね」

「どこかに集まっているのかな?」

「だとすれば、うっかりつついてしまうと大変なことになりそうだ」


 そんなことを言っていたフォンシエであるが、ふと、魔物の反応を見つけた。そちらに近づいていくと、フィーリティアも狐耳をぴょんと立てる。


 音を立てながら迫ってくる存在があるのだ。

 おそらく、単独で動いている。もしかすると、混沌の地から来たという魔物に追い立てられて、逃げてきたのかもしれない。


 どうするのかとフィーリティアが視線を向けてくると、フォンシエは剣の柄に手をかけた。


 そして頷くと、敵へと距離を詰めていく。

 やがて距離が詰まると、フォンシエは光の証を「探知」と「初等魔術:土」に使用する。


 魔力が高まった場所で地面が一気に盛り上がり、砂が吹き上がるとともに、勢いよく飛び出す魔物があった。


 それは混沌の地から来たという魔物と同種である無機の魔物ではなかった。

 鋭い爪を持った巨大サソリ。有鱗の魔物、サンドスコーピオンである。硬いうろこに覆われたその魔物が、フォンシエとフィーリティアを見るなり、ハサミをかち合わせて鳴らすのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげさまで、「逆成長チートで世界最強」が書籍化する運びとなりました。4月28日にヒーロー文庫から発売予定です。


イラストは「幼女戦記」の篠月しのぶ先生が担当してくださいました。フォンシエとフィーリティア二人の表紙となっております。

内容もほとんど書き下ろしですので、WEB版を読んでいても楽しんでいただけるかと思います。


書店さんで見かけた際は、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

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