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98 侵入者を追え


 スキルの働きで目を覚ましたフォンシエはベッドから抜け出すと、立て掛けていた剣を手にする。


「……フォンくん?」


 ベッドの中で狐耳を動かしていたフィーリティアが眠たげに目をこすりながら、彼を見てくる。


「ティア。早速、敵がやってきたかもしれない」

「……音は聞こえないみたいだけど」


 彼女の聴力をもってしても、反応できないことから、敵はおそらく気配遮断のスキルを持っているのだろう。


 また、フォンシエの勘違いという可能性もある。フィーリティアが起きて剣を手にする一方で、彼は光の証を「探知」と「野生の勘」に使用する。


 そうすると、あたかも感覚が広がっていくような手応えがあり、なにかが動いているように感じられる。


 これらのスキルに光の証を用いて試すのはこれがほとんど初めてだ。探知の範囲が広がることと、魔物に対する反応性が高まる効果があるが、通常ではそこまで違いは感じられないからだ。


 しかし、野生の勘が強く働くと、なにかがいることがはっきりと感じられる。その場所すらわかってしまうほどだ。

 気配遮断などのスキルに対して、ここまで有効な手段があるなんて、誰も思ってはいないだろう。そして敵も気づかれるとは予想していないはず。


「ティア。無粋な侵入者を懲らしめてやろう」


 彼女は頷く。

 鎧を身につけている時間はない。今も敵は動き続けているのだから。


(……妙だな。やはり、これでは俺たちがいる位置を知っているみたいだ)


 敵は無駄に探すことをせずに、一直線に目的の場所へと向かっていく。そこは城の深部。


 フィーリティアが勇者のいる部屋の扉を叩いてあらかじめ決めておいた合図を出していく一方、彼らが集まるよりも早く、フォンシエは単独で敵の追跡を行う。ここで見逃すわけにはいかない。


 フォンシエは合図となる布きれを落としながら、気配遮断のスキルを用いて進んでいく。これで相手から気づかれる可能性もなくなる。


 息を潜めながら、光の証の一つを「探知」に、もう一つを「気配遮断」に用いて、見失いそうになるときだけ「野生の勘」と切り替える。二つのスキルならば、勇者のものとはいえ同時に使いこなせるようになっていた。


 そうして彼は城の深部へと向かっていく。

 だが、その途中、一本道となっているところで足を止めた。


 相手は最深部に行く前に、引き返そうとしているのだ。それはすなわち、こちらの策にはまったことに気がついたということ。深部にいるという嘘に騙されたのだ。


 じっと通路の先を見据えていると、ゆらりと影が動く。

 頭から布を被っているそれは、人と背丈がさほど変わらない。フォンシエと比べると、相手のほうがやや大きいくらいだろう。


 立ちはだかる彼を見て、一瞬、影の動きが止まる。

 フォンシエはすらりと剣を抜く。黄金の剣は、闇の中で輝いていた。


「お前が連続殺人の犯人か」


 フォンシエが告げた瞬間、勢いよく突っ込んでくる。力尽くで突破しようというのだ。


(させるものか!)


 素早く「初等魔術:炎」を発動させると、薄暗い通路が眩しく照らし出される。そして火球は敵目がけて進んでいき、小規模な爆発を起こす。


 音とともに煙が上がる中、フォンシエは意識を「野生の勘」に傾ける。もはや視力は頼りにならない。そしてフィーリティアのように聴力に優れているわけでもないのだ。


 どこから来るかもわからない相手に対して臆することなく、彼は立ち向かっていく。


(下か!)


 フォンシエの視線が素早く移動する。そこには、地面すれすれをかするように駆ける相手の姿。そして足を取ろうと手を伸ばしてくる。


 常人であれば、これを防ぐことはできなかっただろう。気配遮断のスキルが用いられているため、気づくのが遅れるのだ。暗殺に長けた相手と見て間違いない。


 しかしフォンシエはそのときすでに、敵を見据えていた。見えているならば、探知のスキルなど必要ない。


 光の証が解除されるなり、光の矢が生じると、狙いは甘いが素早く撃ち出される。

 必殺の攻撃と見なしていたのだろう、その人影は無理に回避しようとすることもなく光に貫かれて、血を噴き出した。


 だが、止まらない。それでもなお、フォンシエを押しのけるようにして通路の向こうへと進んでいくのだ。


 彼は背後から、光の矢で敵を狙うと、それは肩や首の辺りをかすめていく。


 そうして侵入者は通路を抜けるも、そこで足を止めずにはいられなかった。勇者たちが取り囲んでいたからだ。


 フォンシエは背後からその人物へと詰め寄っていく。

 やがて、その正体を隠していた外套がはらりと落ちた。光の矢で削られたせいだ。


 そうして明らかになった姿を見て、彼らは息を呑んだ。


 そこにいるのは魔人。高度な知能を持つとされている魔物、デーモンである。

 漆黒の肉体を持ち、背には翼が生えているが折りたたまれているようだ。そして黒いはずの顔は、化粧でもしているのか、浅黒い人肌の色に近づけられている。


「魔物よ、ここでお前の命運も尽きた。諦めるといい」


 フォンシエが告げると、なかば自暴自棄になったかのように、デーモンは飛び出す。その先にいたフィーリティアは、敵を見据えると光の海を使用する。その姿が光に包まれたかと思えば、次の瞬間には敵の背後に移動していた。


 あまりの速さに、常人では目で追うことすらできなかっただろう。


 遅れてデーモンの全身の傷口から血が噴き出す。もはや人であれば、出血によるショックで意識を失っていただろう。


 しかし、デーモンは魔物であり、ふらふらとよろめきつつも、城外へと向かっていく。フィーリティアはそちらに視線を向けつつも、とどめを刺すことはしなかった。


「やつを追え!」


 フォンシエは声を上げると、誰よりも前に立って、デーモンのあとを追いかけていく。


 街中に出てしまうと、黒い敵の姿はすっかり闇に紛れてしまう。けれど、フォンシエにとってその位置は手に取るように把握できた。


 そしてフィーリティアは鼻を利かせると、彼と並んで進んでいく。

 見慣れない街中を彼らは駆ける。知らない家々を目にしつつ、ときに人気のない街路を行き、ときに屋上を飛び越え、一軒の家に辿り着いた。


 比較的、城に近い位置にあるものだ。


 フォンシエが合図を出すと、勇者たちが集まってくる。そして一気に突撃。

 家の中に入ると、そこには傷を負ったデーモンと、引きつった顔の男がいた。


「な、なんだ!?」


 男がフォンシエたちを見て声を上げる。

 次の瞬間には、デーモンは切り裂かれて首が落ちていた。


 その光景を見て尻餅をついた男には、城で見かけた覚えがあった。


「これはいったい、どういうことですか!?」


 その人物が肩を怒らせながら聞いてくる。

 けれどフォンシエは淡々とした声音で告げる。


「それはあなたのほうがご存じでしょう。なにしろ、魔物をかくまい、情報を流していたんですから」

「どうして私がそのようなことを……」

「あなたは私たちを見て『なんだ』と言いました。普通、助けに来てくれたのかと期待するはずです」

「そんな、証拠にもならないことを……」


 男は抵抗するが、フォンシエは勇者たちに家の中を調べさせる。すると、高額なものが出てきた。


「どれも、魔物に襲われた北の都市で奪われたものですよね。宝石なんて、魔物が欲しがるはずがないものだ。敵はこれを餌にして、あなたにこの都市を、国の未来を売るように迫ったんだ」


 フォンシエの声に怒気がこもる。

 それでも男は弁明を続けていたが、フォンシエの表情がひときわ厳しくなると、その威圧感に圧倒されるばかりだった。


 そうこうしていると、デーモンの肉体が消えて首と魔石だけが残った。

 勇者がそれを拾い上げていると、城のほうと連絡が取れたのだろう、正規兵がやってきていた。


 こうなると、もはや勇者たちの出番などない。取り調べは、この国の問題だからだ。

 兵たちが男を拘束する中、フォンシエは一つ息をついた。


「……フォンくん、大丈夫?」

「うん。どこにも傷は負ってないからね」

「そうじゃなくて……」

「わかってるよ。心配しなくても平気。ただ……こういう人もいるんだって、少し驚いただけ」


 誰もが魔物と戦えるわけではない。そして中には、敵に躍らされてしまう心が弱い者だっていたということだ。


 これはほんの些細な、敵の攻撃の一つに過ぎないのだろう。

 魔王モナクは混沌の地から魔物が流入したこの機会に、レーン王国を落とそうとしているのだから。


「少し疲れたから、俺は休ませてもらうよ。なにかあったら、連絡してくれ」


 フォンシエは兵に告げると、城へと戻っていく。そしてフィーリティアも、


「失礼します」


 と頭を下げてから、彼についていった。


 あっという間に事件は片づいた。けれど、あまり気持ちのいい終わりではない。

 それでもいつまでも引きずるわけにはいかないだろう。明日からも魔物を倒すために精力的に動かねばならないのだから。


 フォンシエはベッドに倒れ込むと、泥のように眠るのだった。


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