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97 砂漠の国で



 レーン王国は混沌の地の北西部に位置する国である。

 東部にはゼイル王国があり、その国境は混沌の地の景色ががらりと変わるラインに基づいてもうけられている。


 混沌の地の東は岩肌、西は砂漠となっているのだ。そしてレーン王国では、その地の影響を受けているのか、国内では比較的そちらに近い場所に内陸砂漠が存在している。


 そんな風景を眺めながら西へと向かっていく者たちが十数人。

 彼らを乗せた馬車は特別なこしらえとなっており、急ぎの便でも乗員に負担が少ないようになっている。


 その馬車の、天井の上に乗っている少年少女は西に視線を向けていた。


「フォンくんは前に混沌の地に行ったことがあるんだよね?」

「そうだね。たしか、あの岩肌が見えているところには、死霊の魔物がいたはず」


 思い返せば、あの頃は勇者たちと一緒に活動するようになるなんて、思いもしなかった。


 けれど今、この馬車の中にいるのは勇者と暗黒騎士、それから大魔術師だ。土の高等魔術があれば、砂漠での活動がやりやすくなるだろうということで同行してもらっている。


 しかし、この大魔術師がいるからこそ、馬車で移動しなければならなかった。なにしろ、その職業には身体能力的な恩恵はほとんどないのだから。


 勇者たちだけであれば、走って西に向かっていたかもしれない。


 だが、こうして風を感じているのも悪くない。フォンシエは探知のスキルを用いて魔物を探るも、混沌の地から出てくる気配はない。


「魔物が出てきてしまった、という話だけれど、すでにその段階は終わったのかもしれないね」

「たくさん連れてきているんじゃないなら、なんとかなりそうだね」

「ああ。混沌の地の魔物が一体だけならね。あそこは魔王みたいな個体がわんさかいるし、何体も引き連れてきていたなら、こんな呑気に馬車で移動している余裕もないかもしれない」


 フォンシエはそんなことを言う。

 フィーリティアは狐耳を動かして音を拾いながら、じっとその土地を眺める。彼女はあまり、イメージが湧かないようだ。

 彼も一度行っていなければ、魔王のような個体ばかりだというのは信じがたい話だから無理もない。


 さて、そんな一行はやがて、正面に都市を見据えるようになった。その向こうには砂漠が広がっている。


 レーン王国内部の砂漠と、それに隣接する都市だ。ここは首都ではないが、今後の活動にあたって拠点とする予定である。


 市壁は石造りで、吹きつける砂で表面が削られている様子が窺える。その上では、あちこちで兵の姿が見えるのは、魔物の襲来を警戒しているからか。


 一行を見るや否や、門の近くにいた兵たちはすぐさま駆け寄ってきて、身なりを確認すると開門して中に通してくれた。


 都市内部はゼイル王国やカヤラ国のものとはまるで異なっている。石や土を固めたものが多く、色合いは黄土色ばかりであるが、都市内だというのにちらほらと緑の木々が見える。


 フォンシエとフィーリティアは思わず感嘆の声を漏らした。


「レーン王国はこんな国なんだね」

「雨が少ないから、土が使われているのかな?」

「水は魔石を利用した道具で生み出しているって聞いていたよ。貴重なものかもしれないね」


 からりと乾いた空気にはやや砂が混じっている気がするのは、きっと雰囲気だけのせいではないだろう。しっとりとした空気はこれっぽっちもなく、塵埃が舞い上がっているのかもしれない。


「でも、これだと魔物がいないと生活できないかもしれない」

「たくさんいても、困りものだけどね」


 緊張感に欠ける会話であるが、それくらいがちょうどいいのかもしれない。

 こちらにやってきた勇者たちは、外征に慣れていない者たちが多く、戦い以外で気を張っている者も少なくないのだから。


 一方で市民たちは、これまでどおりのカラリとした気質を保ちつつも、不安は払拭しきれないようで、どことなく慌ただしい印象を受ける。


「……やっぱり、心配なんだろうね」

「早く魔物を片づけないと」


 二人はそんなことを言いながら街並みを眺めつつ、ひときわ大きな建物に到着すると、それが城であると判明する。それくらい、外見的にはそこらの家々と違いがないのだ。


 これでは、ゼイル王国のような生活など望めやしないのではないかと不安になるも、中に案内されると、木製の調度品など見慣れたものが置かれており、ほっとするのであった。


「長旅でお疲れのところ、申し訳ございません。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 勇者たちも異論がなかったので、そのまま広間に案内される。


 使用人が瑞々しい果実とグラスに注がれた飲料とを持ってくると、フォンシエはほかの勇者たちに視線を向けた。田舎者なのでマナーには疎く、さらに他国ともなれば、なにかしでかすかもしれないと思ったのだ。


 しかし、ほかの勇者たちも高貴な身分出身というわけでもなく、上品な仕草をすることもなかった。


 グラスに口をつけると、中身は果実を搾ったものであることがわかる。水があまり取れない分、こういった果汁から摂取するものが多いのだろう。


 フォンシエが異国の果実を食べるのに気を取られていると、説明が始まったので慌ててそちらに視線を向けると、笑っているフィーリティアの顔があって、彼は口を尖らせつつ、あからさまに背筋をただしてみせた。


 やがて城主たる男が挨拶を始めた。


「お集まりいただき、誠にありがとうございます。まずは申し上げねばならないことがございます」


 告げる男性の表情が真剣なものだったので、勇者たちもなにかがあるのだろうと察する。


「実は、ゼイル王国に救援を頼んだのには理由がございます。混沌の地から出てきた魔物が住み着いた場所は、南東寄りの都市が担当している区域ゆえに、上位職業の者によって討伐隊が編制されていたのですが、彼らが次々と惨殺された姿で発見される事件が起きました」


 その言葉を聞き、勇者たちの顔が険しくなる。


「ってことは、どこかの国が暗殺者でも送り込んできているってことか?」


 まさか人間同士の陰謀があるなどとは、想定してもいない。レーン王国を取りたい人物がいるのだとしても、そこまで直接的な手段に出るとは考えがたかった。

 なにより、そのようなことを行えばペナルティが生じるため、その人物はもはや加護のレベル上昇は見込めなくなる。上位職業の者を殺せる力がある、国家の要たる人物の未来を潰してまで行うことだろうか。


 彼らが思案する中、城主は首を横に振った。


「いえ……おそらくは魔物の仕業でしょう。絞殺された痕跡を見るに、人のものとは思えませんでした」

「ならば、警備を強めればよかったのではございませんか?」

「はい。昼夜問わずに市内への侵入を警戒しているのですが、見つからず……」


 だからこそ、この都市では警備兵が多く見られたのだろう。


「となれば、市中に潜伏している……ということでしょうか?」


 城主はそれには答えなかった。答えられなかったというほうが正しいか。

 どこかで潜んでいるにしても、兵が侵入を発見できなかったとしても、危機にさらされていることにほかならないのだから。


 魔物が内部にいるなんて、市民に知らせられるはずがない。

 この件をさっさと解決したかったからこそ、勇者の力に頼ることにしたのかもしれない。


「その魔物と推定されるものの討伐を含め、混沌の地から流れてきた魔物の駆除が、我々への依頼ということでよろしいですか?」

「はい。急な連絡で申し訳ございません。どうか、ご助力のほど、よろしくお願いします」


 城主は心底困っているようで深々と頭を下げた。


 そうなると、勇者たちはすぐに防衛のための準備に取りかかる。寝首をかかれてはたまらないと。


 フォンシエとフィーリティアも、話を聞きながら城内を歩いていく。


 北では都市が荒らされていることはあるが、このような出来事があったのは、この近辺だけらしい。となれば、敵には高度な知能があると見ていいだろう。どうでもいい市民に被害も出していないそうだ。


 ただ剣を手に取って立ち向かえばいい相手でもなかろう。


 魔人という種類は魔物の中でも知能が高いとされているが、そこまでとは。

 詳しいことを聞いてみれば、確実に上位職業の者のいる部屋が狙われていたという。それ以外の相手に手をかけなかっただけかもしれないが……。


 考えていたフォンシエは、ふと視線を城外に向けた。風が通るよう窓は存在していないため、侵入の際に音は出ない。廊下などはどこもこんな状況だ。


(都市内部の戦闘は想定していなかったんだろうけれど……)


 旧カヤラ国での戦いなどを思えば、城は最後の砦であるべきだと彼は感じるのだが、人はそんな最悪の状況を想定できないのかもしれない。


 彼は見終わると、ほかに誰もいないことを城主に告げる。


「では、我々が泊まる場所は、この城の深部ということにしておいてください」

「構いませんが、そこにあるのは非常用の籠城施設です」

「ええ。疲れ切っていて、警戒を怠る危険があるので隠れていた、としてください。表向きは」


 彼が頷くのを見ると、フォンシエとフィーリティアもほかの勇者たちとあれこれ打ち合わせをする。


 そうして城内の確認を終わらせたときには、すでに日も傾いていた。

 

 勇者たちはそれぞれの部屋に行ったが、フォンシエとフィーリティアは同じ部屋に。防犯の理由もあるが、二人でいるほうが安心できたから。


 フォンシエが寝る準備を済ませて窓から外を眺めていると、


「ねえフォンくん。夜は寒くなるからって、借りてきたんだけど……変かな?」


 寝室に入ってきたフィーリティアが尋ねてきた。

 彼女は簡素な寝衣の上に、ヴェールにも似た薄布を纏っている。こちらの衣服らしい。


「似合っているよ。とても」

「えへへ。そっか。ありがとう」


 フィーリティアが尻尾を振ると、ひらひらと布が揺れる。さすがに尻尾を通すような穴などないのである。


 そんなフィーリティアを見たフォンシエは、木製の窓を閉めてからベッドに向かう。

 二人で横になると安心できるが、今日は少しばかり意識を外に向けることにした。


 そしてすやすやと寝息を立てて、寝静まった晩。

 フォンシエのスキル「野生の勘」が警鐘を鳴らした。


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