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96 レーン王国へ


 レーン王国はここゼイル王国の北西に位置する国だ。

 カヤラ国のように小さいわけではなく、魔物の領域と接しているのは北部だけのはず。となれば、自国の兵力だけでなんとかできるのが普通だろう。


 北の魔物との戦いは以前からずっと続いていたが、戦力不足になったという話は聞いていない。むしろ戦力に困りそうなのは、魔王との戦いが続いているカヤラ国を併呑したゼイル王国のほうであろう。


 短期間の間に、魔人の魔王モナクとランザッパ、死霊の魔王、昆虫の魔王メザリオおよびその下から独立した新たな魔王、水棲の魔王セーランと六度にもわたる襲撃を受けているのだから。


 そしてそのうちの半数以上を討伐したのは、この勇者と村人という奇妙なタッグである。


 なんにせよこれだけの情報では推測のしようもない。まずは詳しい内容を聞いていく。


「レーン王国は現在、激しい魔物の攻撃を受けております。北の魔王モナクが西に移動し、南下しつつ攻めていると推測されています」


 東にいた水棲の魔物が西に移動するにつれ、昆虫の魔物、魔人どもも合わせて西に押しやられることになったのだろう。魔王ランザッパを討ち取られて戦力が低下したことも影響しているに違いない。これがゼイル王国が救援要請に応じなければならない理由のようだ。


「そしてこちらが問題となっている大きな要因ですが……原因は不明ですが、混沌の地から迷い込んできた魔物が、あたかも魔王のように振る舞っているそうです」


 通常よりもはるかに強力な個体が存在する混沌の地からは、ときおり魔物が迷い出てくると聞いたことがある。


 しかし、そうして出てきた魔物がすっかり適応してしまうというのは、初めて聞いたことだった。


 もしかすると、単にそうなる前に危険性ゆえに討伐されてしまうだけかもしれないが。なにしろ多くの場合では、数多の種類の魔物が存在するのが特徴である混沌の地から出てきた魔物と、その国の在来種が一致する可能性は低いからだ。


 たとえばゼイル王国では魔人と魔獣がほとんどであり、ほかの種類の魔物は、それらの魔物から攻撃されることになる。


 群れを作ることもできず、弱ってしまうのだ。となれば、たとえ一体が強力とはいえ、討伐するのはさほど難しくはない。


「種類は無機の魔物と聞いています。レーン王国では砂漠地帯が広がっているため、生活するのに都合がよかったのでしょう」


 フォンシエとフィーリティアは他国の情勢に関して詳しくはないので説明を求めると、レーン王国では内陸部に砂漠があり、石や泥などでできた無機の魔物が多いそうだ。


 こちらは内部に魔石を保有しており、それを破壊しない限りは再生を続けてしまう上、つがいなどがなくとも、自己複製をして増える特徴があるという。


 なかなかに厄介な性質である。

 その上、硬いこともあり、普通の職業では相手をするのが大変なようだ。けれど、動きが速いわけでもなく、勇者の光さえあれば比較的簡単に討ち取れるのだろう。


 それゆえに増援を求めてきたようだが、他国での活動ともなれば、勇者ギルドがあずかり知らない土地となる。そこで拒否権もあるのだろう。


 けれど、フォンシエもフィーリティアも、答えは決まっていた。

 彼女は胸を張り、ゆったりと尻尾を揺らしながら告げる。


「では、微力ながらお手伝いいたしましょう。フォンくんも、勇者ギルドからの派遣にしてもらっていいですか?」

「かしこまりました。ご協力、誠にありがとうございます」


 フォンシエは勇者のスキルを使えるのだから、形式上もさして問題なかろう。それに、別に勇者を求めたわけでもなく、戦力を求めたのだから、断る理由もない。


 そうして手続きが済むと、出立の日になるまで、二人は都市で過ごすことになる。

 ギルドを出ると、真っ先に向かうのは礼拝堂だった。なんともこの二人らしい。そして話す内容も。


「どんなスキルがいいかな?」

「砂漠だから、バランス感覚が必要になるかも?」


 そう言われてフォンシエはまじまじとフィーリティアを眺める。

 彼女はぱたぱたと尻尾を揺らしてみせた。


「スキルよりも尻尾のほうが便利かもしれないね」

「もう、女神様に聞かれたら怒られそうなことを言うんだから」

「女神はきっと、俺の願いなんて聞いていないよ。なんといっても、村人の言葉だからね」

「フォンくん、拗ねないの」


 フィーリティアは尻尾でぽんぽんとフォンシエをはたくのだ。

 村人だとか勇者だとか、そういう差異に対する不満の類はなくなったが、それでもやはり女神を信仰する気にはなれなかった。


 けれど、礼拝堂に足を踏み入れると祈りを捧げる。

 なんという不信心者かとも思うのだが、女神はそれすらも意に介さない広い器の持ち主なのだろう、変わらずに数字が表示されるだけだった。


 レベル 13.62 1040


 長い間、スキルを取ってこなかったため、ポイントは随分と溜まっている。特に必須とも言えるスキルがあるわけでもなく、ポイントには余裕がある。


 だからフォンシエは、少しばかりの賭けに出ることにした。


 勇者のスキルに意識を向けると、すべて取得済みであるが、最後のスキル「光の証」はまだ取れるようになっている。


 以前から光の証にはなにかがある気がしていたが、スキルを取得したときになんとなく使い方がわかる感覚があり、その影響を受けているのだとすれば、ただの思い過ごしではないだろう。


(……取ってみるか)


 勇者たちにとって、このスキルは無駄なスキルでしかないのだろう。勇者の能力を底上げするようなものでもないから。


 けれど、これまで勇者以外のスキルを使ってきたフォンシエに取っては、使い道があるように感じられるのだ。


 500ポイントを利用して光の証を取得。

 それから、残りの500ポイントで「高等魔術:土」を取っておく。砂漠での活動で役に立つかもしれないからだ。


 さて、そうしてスキルを取り終えた彼は外に出ると、フィーリティアが待っていた。


「ティア、どうだった?」

「レベル54になったよ。もう、ほとんど上がらなくなってきたみたい」

「もう立派な勇者だからね」


 きっと、精神的にも能力的にも、彼女を上回る勇者はそうそういないだろう。

 彼女がその加護を得てから日は浅いというのに、もはや才覚を発揮しているのだから、女神の判断もそれだけは間違いではなかったのかもしれない、とフォンシエも思うのだ。


「フォンくんはどう?」

「そうだ。光の証の二つ目を取ってみたんだけど……威力が上がった感じも、手慣れた感じもないね」


 フォンシエはスキルを使ってみて、そう感想を述べる。けれど……


「どうやら、光の証は取った数だけ使えるみたいだ」


 片手の剣には聖職者の白い光を、もう一方の剣には暗黒騎士の黒い光を纏わせてみせた。それぞれには、光の証が用いられており、キラキラと輝く粉が混じっている。


「じゃあ、これからフォンくんは勇者なんて目じゃないくらい、キラキラになるんだね」

「この身なりでキラキラになってもね」


 フォンシエは自分の格好を眺める。

 メタルビートルの銀の鎧やキングビートルの黄金の剣は勇者のものに引けを取らないが、その下にある衣服は村人の頃からさほど変わっていない。


 なにより、勇者のスキルを二つ使うだけでやっとなのに、光の証の二つ目を使えるようになっても、という問題もある。


 ともかく、光の証を取ったのはまったくの無駄ではなかった。これから先、なんらかの役に立つことだってあるだろう。


 フォンシエはフィーリティアとともに街中を歩き始めると、ようやくそこらの少年少女たちと変わらない姿を見せ始める。


 今は心を休め、来たる戦いへの気力を充実させていくのだった。

 そして数日。いよいよ、レーン王国へと勇者たちが向かうことになった。


次話から舞台はレーン王国へ!

二人の冒険はまだまだ続きます。

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