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95 旅立ちの日

第五章、開始です。



 そよそよと吹きつける風の中、少年と少女は東を眺めていた。

 遥か向こうは、水棲の魔物たちの領域であったが、今は西に近づくことはほとんどなくなっている。


 突破不可能、難攻不落の城塞都市群が存在しているからだ。

 その壁の上に腰掛けていたフォンシエは、手の中できらきらと輝く二つの光へと視線を落とす。


 一つは光の証を用いた幻影剣術による光で、漆黒の中にきらきらと星々のような小さなきらめきの粉が混じっている。

 そしてもう一つは、光の剣による純粋な勇者の輝きだ。


 それら二つの対象は鋼ではなく、ただの木の枝だった。

 かち合わせてみると、黒の光を纏ったほうの枝がぽっきりと折れてしまう。たとえ上位職業である暗黒騎士のスキルに光の証を用いたとしても、純然たる勇者のスキルには敵わないのだ。


 だからこそ、このスキルを取る勇者は少ないのだろう。けれど、これが最終的なスキルであるからには、なにかがあるような気がしてならなかった。もちろん、そこには少なからず彼の願望が入り交じっているだろうけれど。


「フォンくん。なにかわかった?」


 フィーリティアが尋ねてくる。彼はこうして、暇なときには勇者のスキルを試してみることが多かった。


「うーん……いろいろ試してみたけれど、光の証が使いにくいことに変わりはないかな。勇者のスキルのほうが使い勝手はいいから、無理にこっちを使う理由がないんだ。何個も同時に使えるなら、底上げする効果もありそうだけど……今のところ、癒しの力とかを使うときに効果を発揮するくらいかもしれない」


 慣れた勇者たちであれば、複数のスキルを同時に使えただろう。しかしフォンシエは勇者のスキルを無制限に使えるわけでもない。とはいえ、確実に前に進んではいるのだ。


「でも、おかげで慣れてきたし、勇者のスキルも二つなら同時にいけるようになったよ」


 笑う彼の姿にフィーリティアは目を細め、尻尾を揺らす。


 フォンシエとフィーリティアは魔王セーランの討伐からずっと、変わらない日々を過ごしていた。

 魔物があまり出なくなってきたため、今は剣を抜くこともほとんどない。けれど、彼が考えていることは、いつでもこんな、戦いのことばかりだ。

 フィーリティアでもなければ、とっくに愛想を尽かしているだろう。


 彼女は微笑みながらフォンシエを眺める。平和を勝ち取るための戦いもいい。だけれど、こんなひとときは彼女が願ってやまないものだった。たとえ、いずれすぐに魔物との戦いに赴かねばならないとしても。


「ティアのほうはどう?」

「礼拝堂に行ってないから、変わってないよ。フォンくんみたいに、たくさんスキルがあるわけじゃないし。でも、少しはレベルも上がってるんじゃないかな?」

「じゃあ今度、都市に行ったときに礼拝堂に寄っていこうか」


 これといった戦いがあるわけでもなく、都市に行ったとしても馬車の護衛だけだったので、あれから礼拝堂には行っていなかった。


 しかし、魔王を倒したのだから、フォンシエはともかくフィーリティアはさらに力をつけることだろう。


 そんな話をしていると、図らずとも、連絡の兵が駆け寄ってきた。


「フォンシエ様、フィーリティア様。少々お時間よろしいでしょうか?」

「うん。今日も暇だからね」


 ひょいと壁から飛び降りると、彼のところへと向かっていく。

 そうすると、勇者ギルドから手紙を預かってきているという。そこでフォンシエは、アルードが先に勇者ギルドに戻ったという話を思い出した。それとなにか関係があるのかもしれない。


 宛名はフォンシエではなく、フィーリティアになっているので、彼はじっと彼女が手紙を読み終わるのを待っていた。


 やがて、内容を確認し終えた彼女が文を折りたたみしまう。


「……フォンくん。私はそろそろ、行かないといけないみたい」


 どこか寂しげにフィーリティアが言う。

 勇者ならばある程度の融通は利くだろう。なにしろ、魔王セーランを倒した功績があるのだから。しかし、きっと彼女は戦いたくないと粘りはしない。


 これだけ十分な時間、二人で過ごすことができたのだから。フォンシエが勇者になれなかった分、自分が代わりに頑張ると決めたのだ。


 甘い時間に甘えてはいられない。

 だが、それはフォンシエもまた同じことだった。


「じゃあ、俺も行くよ」

「いいの? フォンくんは自由だから、このままずっといてもいいんだよ?」

「俺は勇者じゃないから門前払いされるかもしれないけれど、なにか魔物による被害を受けている場所があるというなら、黙ってもいられないよ。それに、こちらの防備は十分すぎるくらい整ったから」


 フォンシエがそうと決めたなら、フィーリティアには断る理由もない。

 彼女は仔細を告げることにした。


「えっとね、手紙の内容は、魔物討伐の依頼なんだけど……詳しいことが書かれていないの。勇者ギルドで伝えるみたいで、断ることもできるらしいから、あまり公にすることじゃないのかもしれない」

「ますます、村人はいらないと言われてしまいそうだね」


 苦笑しつつも、フォンシエは剣の具合を確かめる。キングビートルの外骨格から作られたもので、金色の輝きは勇者のそれにひけを取らないだろう。


 そうして二人は出立を決め込むと、そのための準備を始める。

 元々、定住する気があったわけでもなく、荷物もさほど多くはない。


 少ない荷物をまとめて、家を引き払ってしまってもいいかと考えていたところ、ルミーネがやってきた。


 そしてフィーリティアとフォンシエを見て、少しばかり悲しそうな顔になる。けれど、すぐに笑顔になった。


「行ってらっしゃい。次に来るときは、ここも住みやすい場所に変わっているはずですから」


 彼女はこれまで、フォンシエとフィーリティアを見送ることしかできずにいた。

 だけど今は、この城塞都市で働く一人になったのだろう。彼女の笑顔を見ていると、フォンシエはそう思うのだった。


「行ってきます」


 二人揃って頭を下げると、城塞都市を飛び出して、森の中につけられた道を進んでいく。とりわけ急ぐわけでもないが、なにかがあるというのだから、じっとしてもいられずに光の翼を用いると、森を抜けるのはあっという間だった。


 それから草原をずっと進んでいき、日が暮れる前に王都に到着する。

 長らく城塞都市にいたこともあって、やけに華やいで見えた。しかし相変わらずここの人々からすれば、魔王の被害など知ったことではないようだ。王都には及ばぬ出来事だと思っているのだろう。


「とても平和そうだね」

「ここにいて危険を感じるようなら、すでに人々はどうしようもないところまで追い詰められているのかもしれないから、これくらいでいいんだよ、きっとね」


 フォンシエはそんな皮肉めいたことを言う。

 そんな二人は勇者ギルドに到着すると、職員はフィーリティアを見て頭を下げた。それからフォンシエにも。


「……お二方にご依頼の説明をしてもよろしいでしょうか?」


 ここからは守秘義務が生じるが、それでもいいかとの確認だ。

 フォンシエが頷くと、勇者ならざる彼も招かれる。ということは、勇者ギルドに加盟していない者でもできる仕事だということだ。勇者以外の者たちの役割があるのだろう。


 とりあえずは話を聞くことになると、職員はこう切り出した。


「レーン王国から救援要請が来ております」

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