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94 輝く日々に思いを馳せて


 カヤラ領北西部は、これまでにない賑わいを見せていた。

 元々、ゼイル王国と旧カヤラ国の国境があり、さらにはその北西に魔王モナク、北部に魔王メザリオの脅威があった土地だ。いつ失われてもおかしくなかった場所である。


 それゆえにいつ戦火に見舞われるかもわからず、戦力こそ投入する用意はあれど、防衛しようという気もなかった経緯がある。


 しかし、今はすっかり状況が異なっていた。


 南からは次々と馬車が荷物を運んできており、その道は舗装されている。木々は刈り取られて、突然魔物が飛び出しそうな気配もなくなっていた。


 そんな馬車に揺られているのは、勇者フィーリティアと村人フォンシエである。

 二人は後ろに続く何台もの馬車をときおり確認するほか、魔物が奇襲をかけてこないかと、警戒する役割を担っていた。


 けれど、ここ数週間の間にすっかり魔物はいなくなって、二人はただ景色を眺めることも多くなった。


 フィーリティアの狐耳は風にそよそよと揺れているが、これといった音もない。ガラガラと車輪の音が聞こえるばかり。


 そうして進んでいくと、ひときわ大きな要塞に辿り着いた。

 二重になった壁やあちこちに建てられた櫓、巨大な魔物が来ても耐えられるような避難施設などから強固な守りが窺える。


 フォンシエが防衛拠点にすべく、スキルを用いて変えたのだとはいえ、まさかこうなるとは。いずれ人々が集まってきて、魔物に対抗する拠点になるだろうとは思っていたが、本格的にここを前線にするよう決定されたようである。


 とまれ、この要塞では兵たちが盛んに行き来していた。


「フォンシエ様、フィーリティア様。見回りお疲れ様です」


 こちらにやってきたばかりの若い兵が頭を下げた。

 フォンシエとフィーリティアの活躍を聞いて、自らこちらでの役割を志願したのである。わざわざ、左遷に近い場所を選ぶこともなかろうが、若さが成せる業だろう。


「なにか変わったことはないかい?」

「問題ございません」

「そうか。それはなによりだ」


 フォンシエはそれから、さらに西寄りの土地へと馬車で向かっていく。

 元々、この開拓村はカヤラ国とゼイル王国の間に出っ張るようにして存在する土地――正確には、カヤラ国が人の領域から魔物の領域に飛び出していた国なのだが――をなんとかなだらかにすることで、魔物の被害を抑えようというコンセプトで作られたものだ。


 それゆえに、より西のほうでは、魔物が出ないように伐採が盛んに行われて、草原が多くなってきている状況だ。


 そんなわけで、フォンシエが作った開拓村はすっかり、魔物との戦いをするための最前線として生まれ変わっていたのだ。


 しばらくして辿り着いた巨大な要塞は、この辺りの旧開拓村すべてを統括するもので、その規模はほかとは比べものにならない。


 それを見ているとフォンシエは、城塞都市エールランドを思い出した。


 あそこはフォンシエが、初めて傭兵団に所属し、そして壊滅させてしまった土地だ。そのときのことはいまだに忘れられないが、正直、すでに過去の出来事となっていた。


 彼らの死を軽んじているわけではない。けれど、前に進んでいくためには、そうするしかなかったのだ。


 罪滅ぼしというほどのことでもないが、魔物を倒していくことが、なによりも彼らのためになるだろう。

 そして、これからはこの要塞が落とされないようにしなければならない。


 フォンシエがそんなことを考えながら城塞内部に入っていくと、フィーリティアが声を上げた。


「ねえフォンくん。前に来たとき、あんな像があったかな?」


 視線の先には二人の男女の石像があった。

 それは剣を持った勇者の姿を模したものだろう。一人は間違いなくフィーリティアである。


 しかし、もう一人は誰だろう? どことなく、その顔には見覚えがある。


 フォンシエがじっくりと眺めていると、フィーリティアが石像の下の文字を読む。


「魔王セーランを打ち倒した勇者フィーリティアとフォンシエ……だって」

「ちょっと待ってくれ。俺はこんな顔だったかな?」

「ううん、もっとかっこいいよ」


 フィーリティアは尻尾をぱたぱたと振りながら、そんなことを言うのだ。

 そうしていると、彼らに気づいた兵の一人がやってきた。


「近くの市民から寄付されたものです。フィーリティア様は遠くから見たことがあったそうですが、フォンシエ様は知らなかったようで、知っている者が描いた似顔絵から作ったものだそうです」

「……なるほど。それでなんとなく似ている像ができたのか」

「気に入らないようでしたら、撤去いたしますが、いかがいたしましょうか?」

「このままでいいよ。俺は勇者じゃないし。きっとこいつは、誰か別の勇者フォンシエくんなんだろう」


 そんなことを言いながらフォンシエは、もはや石像には興味をなくすのだ。これもきっと、勇者だとか村人だとか、そんなことは完全にどうでもよくなったからだろう。


 今の彼にとって勇者とは、「光の海の効果が出ていいな」と思うだけの職業である。そしてなにもできない村人という卑屈な意識なんて欠片もなかった。魔物を倒して平和を築くための力があるのだから。


 人々にとって、辛くなったとき、くじけそうになったとき、過去の出来事を表わす石像として目に見える勇者というよりどころがあるのなら、生きていく助けになるだろう。

 しかしフォンシエには過去の栄光は必要なかった。これから先の未来しか、もう見てはいないのだから。


 彼はそれよりも、行き交う人々の姿にこそ、価値を見いだすのだった。


 そうしていると、皆が真面目に職務に取り組んでいる中、千鳥足の酔っ払いが姿を現すのだ。


「アルードさん、もう、飲み過ぎですよ!」


 そう言って彼をたしなめるのは、真っ黒尻尾の獣人ルミーネである。彼女はここで兵たちの食事を作る仕事をしているそうだ。


 彼女以外にも、開拓村にいた者たちが戻ってきているとフォンシエは聞いていた。少しずつ、元の生活を取り戻しているのだろう。


「まったく。魔王を倒したばかりの祝い酒なんだ。ちょっとくらい、いいじゃねえか」

「もう何週間もたっていますし、体によくないですよ。せめて、食事でお腹を満たしてください」


 そんな二人のやり取りを見ていたフォンシエは、フィーリティアと顔を見合わせて笑うしかなかった。


 けれど、次の瞬間にはぎょっとするのだ。


「唐揚げにしてみたんですよ。食べてくださいね」


 ルミーネから渡されて、アルードが口にしているのは、魔王セーランの肉を揚げたものである。

 平気な顔をして食っているが、


「それよりも。ヘビ酒のほうが気になるんだがな」


 なんて言うものだから、またしてもルミーネを困らせるのだった。


 やがてアルードも二人の姿に気がつくと、一つどうかと勧めてきたのだが、フォンシエはお断りすることにした。食べ物には困っていない。


「そういえば、アルードさん。勇者がいつまでもここにいて大丈夫なんですか?」

「そりゃあ、俺よりも嬢ちゃんに言ったほうがいいんじゃねえか?」

「ティアは勇者ギルドで手続きをしてから来ていますよ」

「俺も仕事だぞ。出されたのは、魔王の討伐および治安維持活動だ」

「……お酒を飲むことがですか?」

「魔王が復活しないよう、見張ってるのさ」

「その魔王、酒に浸かってますよね」


 なるほど、リヴァイアサンの巨体を運ぶのが大変だったから、その魔王が酒に漬けられているのを、ここで眺めているのだろう。


 フォンシエはアルードらしい滞在理由だと思うのだ。

 とはいえ魔王討伐の功績があれば、少しくらい羽目を外して遊んでいても,誰も文句は言わない、いや、言えないのだろう。


「お前さんはどうするんだ?」


 今度はアルードが尋ねる番だった。


「カヤラ領では特に魔物の被害もありませんし、ゼイル王国全体で見ても、今は逆に心配になるほど静かです。しばらくは、俺とティアで作ったこの村がどうなるのか、近くで見ていようと思っています」


 フォンシエの言葉にフィーリティアが微笑む。


「これで当面は、フォンくんと一緒なんです」


 屈託なく笑う彼女は、これからの日々に幸せを感じていた。

 開拓村での戦いから、ずっと慌ただしい生活が続いてきた。けれどようやく、二人での平凡な日々が始まるのだ。


 もうこの都市に魔物はいない。


 行き交う人々の笑顔に、取り戻した平和を噛み締めるのだった。



いつもお読みいただきありがとうございます。

これにて第四章は完結となります。


次章からは舞台は大きく変わって、別の土地に移ります。

楽しみにしていただけると幸いです。

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