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93 勇者の光と魔王セーラン


 リヴァイアサンの巨体がうねるように距離を詰めてくる中、フォンシエとフィーリティアの二人を取り巻く水の中からは次々と魔物が飛び出してくる。


 その雑魚どもから放たれる水球に対して、フォンシエは「初等魔術:水」を用いようとしたが、フィーリティアが前に出た。


「フォンくん、こっちは任せて!」


 さっと光の盾を生み出すと、それらの水球はことごとく防がれていく。フォンシエが魔力を使わないように配慮したのだ。


 けれど……


(このままじゃ、いつかなぶり殺されてしまう)


 探知のスキルを働かせると、魔王が集合の合図を出したのか、魔物は次々と集まってきている気配がある。一体一体の強さはそうでもないとはいえ、集まられたなら分が悪い。


 フィーリティアは今は狐耳を動かして音を拾い、なんとか凌いでいるが、そのうちミスだって増えてくるだろう。


 そうなる前に、どうにかしてこの状況を変えなければならない。


 そして魔王セーランは口から炎を噴き出しつつも、フォンシエたちの至近距離に迫るのを嫌がっていた。片目が奪われて、感覚が掴めなくなっている今が好機。


 彼は魔王目がけて飛び込んだが、勢いよく鼻から噴き出した煙に視界が遮られる。そして目を眇めたときには、すでに炎が近づいてきていた。


 咄嗟に光の翼で回避するも、かすめていく炎の熱を感じずにはいられない。


(直撃したら、一発も持たないな)


 だらりと流れる汗は、緊張のせいか、それとも熱のせいか。


 フォンシエはなかば当てずっぽうに光の矢を放つが、命中した気配があっても、煙が晴れたときに見えたのは、ほとんど無傷のリヴァイアサンの鱗だった。


 やはり、外から当てても貫けない。

 勇者の光はありとあらゆるものを貫くという。無論、誇張も含まれてはいるだろう。しかし、勇者の光で切れないものがあるなら、どんな方法を使っても切れないものということになってしまう。


 だからそれが効かないというのは、単純に力不足にほかならない。村人であるフォンシエには、勇者の能力を底上げするスキル「光の海」が効かないのも理由の一つだろう。


 けれど、それでどうにかして乗り切らねばならない。


 水の馬ケルピーが飛び出してきて、ひげを生やした緑のカエルヴォジャノーイが舌を伸ばしてくる。


 フォンシエは咄嗟にそれらを回避し、頭上から落下してくるマーマンどもを「神速剣術」で切り払う。


 これらの魔物に遅れを取ることはない。だが、魔力は減っていく一方だ。


 早く決定打を与えなければ、取り返しのつかないことになる。

 フォンシエが決断を焦った瞬間、水の向こうから覗く顔があった。


「ヒュージタートルか! くそ!」


 リヴァイアサンの巨体に隠れるように進んできたのだろう。水の壁に遮られていては、音もよくは聞こえない。


 しかも、たった一体で来たわけではない。三体もの頭がフォンシエとフィーリティアを見据えていた。


「……ティア、これはもう無理だ。撤退しよう!」


 これでもなお戦い続けようとするのは、蛮勇ですらなくただの無謀だ。

 フィーリティアが頷くのを確認するなり、彼は離脱しようとする。しかし背後では、束になった魔物が彼らを逃すまいと立ちはだかっていた。


 こうなっては、一気に切り抜けるしかない。危険はともなうが、いつまでもリヴァイアサンに睨まれているよりもマシなはず。


 まずは「中等魔術:水」で敵をかき分け、一気に飛び出すしかない。だが、それには光の証と光の翼の二つを用いなければならない。一瞬でも意識が乱れたら、そこで袋叩きにあってしまう。


 フォンシエは呼吸を整える。

 やがてヒュージタートルがズシンと音を鳴らしながら近づいてくるなり、フォンシエは覚悟を決めた。


 が、その直後――


 勢いよく放たれた光が、水の壁を貫いて飛んできた。

 予期しないことであったが、その輝きは見間違えるはずもない。


 さらに強い輝きが見えると、フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせて、地面に伏せた。


 次の瞬間、光の矢が次々と放たれ、魔物の壁に穴が空き、制御を失った水が重力に従って地面に広がっていく。


 フォンシエとフィーリティアはずぶ濡れになりながらも、その先にいる人物を認めた。


「アルードさん!」

「随分、無茶するじゃねえか。いっぱしの勇者になりやがって」


 酔っ払いの勇者アルードは、今日は素面であった。

 かつて魔王を一人で倒したこともあるベテラン勇者の彼が来てくれたとなれば、戦況はがらりと変わるだろう。


 彼の近くには勇者たちが数名。どうやら、光の矢を使える者を集めてきたようだ。

 光の海をアルードが用いて、そこに集まった者たちが一気に攻勢に出たのだろう。


「お前ら、援護を頼むぞ。くれぐれも、俺には当てるなよ?」


 そんな冗談を言えるくらいには、アルードにも余裕があった。

 けれど、それも魔王以外の魔物に対してのものだ。あれほど巨大な相手をどう片づけようというのか。


 さすがにアルードもこればかりはどうしようもないと判断する。倒す方法は限られているのだ。


「嬢ちゃん、チャンスは数回だ。やつの傷ついた目から脳を狙う。光の海が使えなくなったら撤退だ」


 フィーリティアは頷く。

 そしてフォンシエに一瞥をくれた。


「俺は大丈夫。邪魔が入らないように援護するよ」


 フォンシエは二人から離れると、それ以外の魔物を倒すことに専念する。彼には光の海の効果は及ばないから、任せたほうがいいと判断したのだ。それに、魔王を相手にするには、魔力をかなり要するだろう。念のため、残しておくことにした。


 フォンシエは二人が魔王セーランの周りを飛び回るのを横目に見つつ、ヒュージタートルのところへと飛び込んでいく。


「ギュィイイイイ!」


 鳴く魔物の声は、魔王を見たあとでは小さく聞こえた。弱いからこそ、強く見せるために力を誇示するのだ。


 そんな魔物が三体いるから、なんだと言うのだろうか。

 以前は湖の中に隠れていたが、今はわずかな水に頼っている。陸上ではさほど早くも動けまい。


 勢いよく首を伸ばして食いついてくるも、フォンシエはさっと回避する。そして敵が彼の姿を見失った瞬間、気配遮断のスキルを発動して懐に潜り込んだ。


「食らえ!」


 光の矢をぶち込むと、亀の頭が引っ込んでいく。だが、それにもかかわらず何度もぶち込んでいくと、血が噴き出し、やがては大人しくなった。


 そうして肉体が消えて魔石になっていくと、フォンシエは次の魔物に狙いを定めた。


 一方でフィーリティアはアルードとともに飛び回り、リヴァイアサンの左目を狙っていく。


 光の海を展開するなり、狙いをつけて放つ。

 光の矢はまっすぐに向かっていくのだが、ウミヘビらしく体をくねらせて回避されてしまう。


 目の周りには傷が数多できていて、鱗の鎧も剥がれつつある。しかしそこから頭に達するまで攻撃を続けるには、魔力が持たないだろう。うまく目に当たったものもあるが、傷は浅い。


「あと一回! それで限界だ!」


 アルードが最後のチャンスだと告げる。非常用に一度使えるだけの魔力は残しておかねばならないのだ。

 フィーリティアは歯噛みしつつも、すでに魔力はほとんどなくなっているため、次の攻撃に備える。


 そしてアルードが光の海を用いた瞬間、狙いを定めようとした。けれど、これまでの攻撃で相手も学習している。


 その光が見えるなり、鼻から煙を吹き出して姿を隠してしまうのだ。

 しかし光の海が発動してしまった以上、もう止めるわけにはいかない。


「当たって!」


 フィーリティアは思いを乗せて、光の矢を放つ。何本も、ありったけの力で放ったのだ。


 だが――


 煙の向こうでは影がうごめいている。それは倒れるような動きではない。


「撤退だ」


 アルードの声を聞きながら、フィーリティアが逃げる準備を始めようとする。そしてフォンシエを探すも、その姿は見当たらない。


 だが、彼がこんなところで倒れるはずがない。となれば、考えられるのはたった一つ。

 気配遮断のスキルを用いているのだ。


 となれば、彼は逃げようとはしていないということ。最後の機会を窺っているのだ。

 フィーリティアはリヴァイアサンを攻撃しつつ、距離を取っていく。そして敵が操る水のドームの外へと脱出した。


 ほかの勇者たちが魔物の数を減らしてくれていたため、ドームから出るのはわけがなかった。

 けれど、果たしてフォンシエがいるのはどこなのか。


 フィーリティアが悩んで探すと、彼はまだリヴァイアサンの近くにいた。敵は彼に気がつく気配はない。


 ならば、なにをしようとしているのか。

 フォンシエは目が合うと、リヴァイアサンを狙うようにと合図を出してくる。


 もはや、光の海を使う余裕はない。フィーリティアがそう告げようとするも、次の瞬間、フォンシエを中心に光が勢いよく広がり始めた。


 広範囲に及ぶ光の海は、離れたところにいるフィーリティアまで包み込む。リヴァイアサンは、気配遮断で隠れていた彼が突然現れたように感じたことだろう。それも、勇者の光をともなって。


 もはやあの二人以外は攻撃してこないと学習してしまっていた。それゆえに、彼の存在はすっかり頭から抜け落ちていたのだろう。


 魔王はフォンシエに完全に気を取られていた。


「撃て!」


 フォンシエが告げるとともに、フィーリティアが反射的に光の矢を放つ。直後、光の海が消え去った。これほど広い範囲を維持できる魔力などフォンシエにはないのだ。それゆえにフィーリティアが反応してくれなければ、魔力だけが無駄になってしまうものだった。


 けれど、彼女ならやってくれると、フォンシエは直感していた。


 正確に魔王目がめて進んでいく光の矢。フォンシエばかりを見ていたリヴァイアサンは反応が遅れていた。


 だが、それでも魔物の王としての矜恃があるのだろう。咄嗟に体を動かそうとする。

 しかしその直後、魔王と光の矢の間に水の壁が生じた。フォンシエが「初等魔術:水」を用いたのだ。光の証により、素早く大量に動かすことができている。


 光の矢はそこに飛び込むなり、屈折して向きを変えていった。

 かつて水中にいたヒュージタートルに光の矢を放ったときと同じ現象だ。


 けれど、今回は外れる方向ではない。頭を動かした魔王を追尾するかのように、光の矢が向かっていく。


「いけえええええ!」


 そして、数多の傷口がある右目へと鏃が吸い込まれていった。


 フォンシエはそれを見届けるなり、さっと距離を取る。もはや魔力は底をついたと言ってもいい。できることは、あとは光の翼で逃げることくらいだ。


 けれど、その必要もなかっただろう。

 魔王セーランはゆっくりと倒れていく。それは演技などではないはず。


 フォンシエは地面に横たわった魔王へと、光の矢をだめ押しとばかりにぶち込むも、反応はなかった。


「……よし!」


 ぐっと拳を握る。

 これで魔王は倒せたのだ。二度目は開拓村を守ることができたのだ。


 フォンシエはそのことが嬉しくて、胸中に湧き上がってくる感情を抑えきれなかった。


「俺はやったぞ!」


 誰に告げるでもなく、フォンシエは叫ぶ。

 きっと、それを本当に言いたかった相手は、もう亡くなっているのだろう。あの魔王の襲撃で開拓村は避難が進み、北の都市群は滅ぼされてしまった。


 けれど、これで今一度、復興が進むことになるだろう。


 水棲の魔物は魔王が消えていくのを見るや否や、撤退を始めた。こうなっては、もはや西に向かうだけの体力もなかったのだろう。


 フォンシエは追撃する気力もなく、荒い息でそれを眺めていた。

 そんなところに、フィーリティアとアルードがやってきた。


「こいつめ、勇者を囮にするとはいい度胸だな」

「囮にしたわけではないです。ただ……魔王はアルードさんを警戒し、すでに俺のことなど気にしていないようでしたから」

「まったく、たいした村人だな」


 アルードはそう言って笑うのだ。


「そういえば、どうしてアルードさんがここへ?」

「一杯引っかけていこうかと考えてたところに、勇者が駆け込んできたんだ。若い勇者二人が魔王に挑んでいるから助けてくれってな」


 勇者二人。

 その言葉は、単にフォンシエが村人と知らなかったからなのか、それともあえてそう表現したのかはわからない。


 けれど、きっとそれは些細なことだろう。


「さあて、一仕事終わったんだ。帰るとするかね。……お、おお!? リヴァイアサンの肉が残ってるじゃねえか。こいつはいい! 酒だ、魔王の酒にするぞ! 思わぬ報酬だ!」


 アルードはすっかり態度が一変して、まるで子供のようにはしゃいでいる。いや、素面ながらに酔っ払っているかのようと言ったほうが近いか。


 そんな姿はとても勇者らしくはない。けれど、この偉業を見れば、誰もが彼を勇者と認めるだろう。


 そしてフォンシエにフィーリティアが微笑む。


「フォンくん。開拓村、守れたね」

「ああ。この上ない成果だ」

「とってもかっこよかったよ」

「それもティアのおかげだよ。助かった」


 フォンシエはフィーリティアとそうして言葉を交わしていたが、遠くから援護していた勇者たちが後始末とばかりに魔物を倒しているのを見ると、しばしの休憩はやめにして、そこに加わることにした。


 たった二人の行動が大きな流れを変えることだってある。

 村人と勇者の活躍は、すぐに広まることになった。




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