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92 魔王セーラン襲来


 防衛拠点ではすでに勇者たちは守りを固めていた。逃げるための準備も整え、さらには西のゼイル王国のほうへと、増援の使いを出しに行ったようだ。


 それほどの緊急事態であるが、フォンシエとフィーリティアは反対の東へと向かっていく。その先にいるのはリヴァイアサン。巨大な魔王だ。


 そのウミヘビの魔王セーランは近づけば近づくほどに大きく見える。周囲を取り囲むように動く水の体積もあって、ますます膨れて見えるのだろう。


 その大きさたるや、たとえばそこらの兵たちが襲いかかったとしても、気づかれることもなく踏みつぶされていくほど。とても勝ち目などないと思わせるほどのサイズの違いがあった。


 そんな敵に向かって、フォンシエとフィーリティアは進んでいく。


 メキメキと木々が折れる音が近くなる。弱い個体の数が多い傾向がある昆虫の魔物は、もはやあれの侵略に対抗することなどできやしないだろう。


 ……いや、それは人にとっても同じことかもしれない。魔物には巨大な個体はいるが、人はそれらと比べると小さい存在なのだから。


 けれど、そうであっても意志の強さは負けてはいられない。それこそが、勇者の力の源でもある。


 迷うことなく、フォンシエはフィーリティアに提案した。


「ティア。まずは目を狙おう。そうすれば、人が狙われる危険はなくなる」


 見境なしに大暴れする可能性はあるが、そうなれば人を取って食らうことはなくなるはずだ。勝てるかどうかはともかく、それで時間稼ぎはできる。


 それに、目であればほかの部位よりは軟らかいはずだ。


「わかった。敵はまだ警戒していないから、私が最初に狙うね。フォンくんは失敗したとき、いつでもいけるようにしておいて」

「よし、それじゃあ一番手はお願いするよ」


 二人は森の中を突き進んでいくと、次第に足元がぬかるんできた。水棲の魔物が通った跡は、移動した水の残りがあるのだ。


 けれど、フィーリティアは抜群の運動感覚を発揮して尻尾でバランスを取りつつ、フォンシエは冒険者のスキル「洞察力」と「適応力」を生かして安全な足場を選んでいく。


 そうして東に近づいていくと、魔王セーランに先行する魔物どもが襲いかかってくる。

 水の中を駆ける水の馬ケルピーが、あたかも水上を滑るかのように近づいてくると、フィーリティアはすらりと剣を抜いた。


 そしてすれ違い様に剣を一振り。鋭い光が馬首を切り落としている。勇者の敵ではないのだ。


 すぐに鞘に収めた彼女であったが、あのリヴァイアサンが近くなると、もはや勇者の光は使えなくなる。隠れて行動するには、あまりにも輝きが強すぎるのだ。


「ここからは俺がやるよ」


 フォンシエはフィーリティアに先行しつつ、隠密行動のスキルに光の証を発動させる。こちらは光の証を使用しても、外見上の変化はなく、効果のみ向上する。


 そうなると、もはや彼の存在を無視して魔物はフィーリティアに向かっていく。どの魔物も、すぐ近くにいるはずのフォンシエは目に入らない。


 けれどフォンシエが「初等魔術:水」を利用して水を操り、その中にいた敵を翻弄すると、そこでようやく彼の存在に気づくのだ。


 が、そうなったときにはすでに遅い。

 フォンシエは鬼神化のスキルに光の証を用いて強化し、敵を掴んで力任せに蹴りを叩き込む。格闘術のスキルによって、見事な一撃になっていた。


 爽快な音とともに魔物が飛んでいくと、フォンシエはスキルを解除して走り続ける。

 次々と敵を蹴散らしながら進むと、やがて魔王セーランが近くに見え始める。

 その巨躯は圧倒的で、瞳だけでもフォンシエの体よりも大きさがあるだろう。


 口には鋭く巨大な歯が生えており、体には鎧を思わせる鱗。鉄をも貫く牙と鉄壁の守りだ。このような相手をいかにして倒せるものがいるというのか。


 ぎらぎらした瞳は獲物を探して、ぎょろぎょろと動いていた。そこからは獰猛さが窺え、人を見つけたなら片っ端から食い殺してしまうだろう。


 フォンシエはできる限り見つからないように進んでいくが、相手から見えないということは、こちらからも見えないということでもある。それゆえに、いつの間にかリヴァイアサンは彼に狙いを定めていて、機を窺っていることだってあり得る。その恐怖はじわじわと心を蝕むだろう。


 けれど、相手のほうが大柄ゆえに、動くたびに音が生じる。その点はこちらが有利に立てるはず。


 フィーリティアは狐耳を立てて、警戒を強めていた。彼女に任せれば問題ない。フォンシエはできるだけその邪魔をしないように、音を立てずに雑魚を仕留めていく。魔王が近づいていることもあって、数は増えてきた。


 やがて敵に光の矢が届く範囲に入り込む。


 フォンシエとフィーリティアはそこで別れて、彼は木陰に潜んで息を殺す。

 ずんずんとリヴァイアサンが西へと向かっていく中、フィーリティアが光の海を発動させた。


 まばゆい輝きが散らされてフィーリティアがその中に包まれるとともに、魔王がそちらに視線を向けた。近くにいたどの魔物も彼女に意識を奪われていたのだ。


 しかし、そのときにはすでに彼女はすさまじい集中力のなせる業で、光の矢を同時に放っていた。


 数本の鏃がリヴァイアサンの片目へと向かっていく。直撃するかに見えるも、ウミヘビの柔軟な胴体を動かして回避してしまう。


 そしてフィーリティア目がけて頭から突っ込んでくる。その口から炎を、鼻から煙を吐き出している。


 彼女を丸呑みしてしまおうと牙が迫ると、フィーリティアは咄嗟に光の翼を用いてその場を緊急離脱しようとする。


 それに対して、リヴァイアサンは長い胴体を巻きつけるように動かし、さらには操っている水によって牢獄を作り上げてしまう。


 フィーリティアが逃れることもできずにいるところ目がけて、大きな口が開けられ、鋭い牙が向けられる。背後には飛びかかろうとしている魔物の姿もあった。


 けれど彼女は物怖じしなかった。そしてしかと敵を見据えると、


「これでどう!?」


 勢いよく敵の口中目がけて光の矢を放つ。

 たとえ鱗が強靱であっても、口の中までそうはいかないはず。飛び込んだ光の矢が口の中に突き刺さると、リヴァイアサンが悶えるように頭を動かす。だが、すでについてしまった勢いはそのままゆえに、まだフィーリティアにぶつかる直線上にあった。


 だが、フィーリティアはそのまま回避しようとはせずに、剣を抜いて背後から来た魔物を一太刀で切り伏せた。


 次の瞬間、木陰から飛び込んでくる存在がある。

 フォンシエはリヴァイアサン目がけて飛んでいくも、まだ反応されてはいなかった。彼は光の翼を使ってはいないのだ。鬼神化に光の証を用いているため地面を駆ける彼は目立たず、気配遮断のスキルを使用しているため、すぐに気づかれることはない。


 そして小脇に剣を抱えたまま勢いよく跳躍。

 リヴァイアサンの右目へと全力で体当たりする。その刃には、漆黒の影が纏わりついていた。木々の影ではまったく目立たない暗黒騎士の光だ。


 突き刺さる感覚が手に伝わってくるとともに、フォンシエは光の翼を使用して思い切り加速する。地に足が着いていない以上、踏ん張ることはできず、鬼神化はなんの意味もないのだ。


「うぉおおおおおおお!」


 全力で加速しながら、右目を押し出していくと、敵の頭が正面にいたフィーリティアからズレていく。

 そこでフィーリティアは光の翼ですかさずフォンシエの応援に飛びつき、彼の背をぐっと押す。


 途端、急に抵抗が軽くなり、ぶつんと眼球が弾けた。


「離れるぞ!」


 フォンシエは光の剣を振るって傷口をこれでもかと広げつつ、離脱しようとする。

 だが、リヴァイアサンは頭を振り回し、勢いよく炎を吐きつけてきた。


 投げ出された形のフォンシエがそれを見るも、炎は彼まで届かない。フィーリティアが生み出した光の盾によって阻まれていたのだ。


 さっと着地したフォンシエとフィーリティアは、取り囲む水で作られたステージの中、魔王セーランを見据える。


 奇襲をかけてできたのは、片目の機能を奪うこと。

 けれど、すでに敵はこちらに完全な敵意を向けてきている。こうなれば、もはや見逃そうなんてしてくれないだろう。


「目玉が一つ、取れたんだ。あと一つやればいい。簡単なことじゃないか」


 フォンシエは自身を鼓舞する。

 鼻から煙を吐き出しながら、片目で睨んでくる魔王。気を抜けば、あっという間にその威圧感に呑まれて、ふとしたときには口の中に入ってしまうことだろう。


「あいつ、距離感が掴めなくなってるな」

「でも、近づくのは危険だよ?」

「それは相手も同じこと。やるしかない」


 フォンシエが覚悟を決めると、魔王セーランが動き出した。


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