90 変わった村に新たな決意で
開拓村に蔓延る幼虫の魔物ホワイトマゴットを見据えたフォンシエは、光の証を使用して強化したスキル「蠱毒」を使用する。
呪術師のスキルであるそれは虫を対象としており、相手の強さに応じた魔力を消費して共食いをさせ、最後に残った個体を殺すことで発動するスキルだ。
その殺された恨みを相手にぶつければ生命力を奪っていき、逆に使わなければ魔力になる。
昆虫の魔物にも有効ではあるが、弱い個体にしか効果がなく、さらにそれらは共食いをしてもペナルティがあるわけではないため、むしろ成長してしまう可能性がある。
呪術師は身体能力が高いわけでもなく、そうなるともはや相手をすることは難しく、加えて使っただけの魔力も回収できないだろう。
けれど、それはただの呪術師に限った話だ、
開拓村を覆うように魔力が高まっていき、白く細長いものが動き回っているのを捉える。そして光の証によって強化された蠱毒のスキルが発動した。
それまで人の死体を食い漁っていたホワイトマゴットは、急にその興味を失い、今度は糸が絡み合うかのように、共食いを開始する。
貪り食らい、食らわれ、あちこちが削れてもなお動くのは生命力の強さゆえか。
それだけでなく、家々からはただの虫が次々と出てくる。この短期間で、そんなにも虫の住処に変わってしまったことに、彼は眉をひそめた。
そうして虫同士が争い、勝ち残った個体が丸々と太り始める。
大きさは当初の何倍にもなっており、いかに元々が弱い個体とはいえ、呪術師では倒せないところまで成長していた。
(思ったよりも魔力を消費しないで済んだ。これなら使った分も回収できるだろう)
そう思ったフォンシエだったが、残りが二体になったところで、一体に異変が起きた。
パキパキと音を立てて外皮が硬化していく。サナギとなり、成虫に進化する前触れだ。
こうなると動かなくなるため、もう一体の個体が食らい尽くしてしまうかと思ったが、すっかり硬くなってしまった外皮を食い破ることはできなかった。
サナギになると、狂戦士など膂力に長けた職業の者が力尽くで叩き割るか、炎で焼くしかなくなってしまう。そうなる前段階でも十分すぎる硬度があるのだろう。
それゆえに別個体はなにもできずに、うろついていたが、このままでは蠱毒のスキルによる影響が切れてしまうだろう。
そうなるくらいなら、蠱毒によって魔力を回収できずとも、さっさとそのスキルを解除してこれ以上の無駄な消費をなくし、ここで倒してしまったほうがいい。
フォンシエはフィーリティアに合図を出す。ここであの二体を仕留めると。
彼女が頷くと、フォンシエは剣の柄に手をかけた。
そしてフィーリティアが光の羽を用いて勢いよく跳躍するのに合わせて、彼もまた開拓村に飛び込んだ。
あれほど多くの魔物によって埋め尽くされていた村内は、たった二体の魔物を残すだけとなっている。
フォンシエが蠱毒を解除すると、幼虫たる魔物はフィーリティアの接近に気がつき、そちらに頭を向ける。
しかしそのときすでにフィーリティアは肥大化したホワイトマゴット目がけて切りかかっていた。彼女を食らわんと伸ばしてくる頭はあっさりと躱される。
懐に入ってしまえば、もはや敵には抵抗する術などない。素早く剣を切り上げると、頭が落ちた。そして数度刃が翻ると、あっという間に細切れになっていく。
いくら成長したとはいえ、所詮は下位の個体だ。勇者の敵ではない。
そしてフォンシエはサナギとなった敵に意識を向けると、剣を大きく振り上げる。
「うぉおおお!」
掲げた刃は強い意志を乗せて、思い切り放たれる。黄金色の剣は勇者の光を纏っていた。
蠱毒のスキルを中止した今、勇者のスキルはこの一つだけ。それゆえにこの一撃にひたすら思いを乗せて切り下ろす。
ザンッ!
縦一文字に光の軌跡が描かれると、やや遅れてサナギが真っ二つになり、半分ずつに分かれて倒れていく。
フォンシエが残りの敵がいないかと探知を働かせているうちに、それらの個体は消えて魔石を残した。
「とりあえず、この開拓村にはもう魔物はいないかな」
「先に進んでみる? それとも、ここを拠点にする作業にする?」
「拠点から始めようか。予定どおりにできるかどうか、試してみたい。それに……この人たちを放ってはおけないだろう」
フォンシエは魔物に食い荒らされた死者に視線をくれる。このままにはしておけないと、「初等魔術:炎」を利用して遺体を火葬する。
フィーリティアは彼の代わりに、残った骨を離れたところに埋めておく。
そうして埋葬する間に、フォンシエは村々を見て回っていた。やがて構想ができあがると、光の証を「中等魔術:土」に用いる。
魔力が高まり、きらきらした輝きとともに村が盛り上がっていく。その途中、家々が崩れたり、土砂崩れが起きたりしないように、工夫していく。
そしてなにより大事なのは、水棲の魔物に拠点として利用されないことだ。そのためには、排水が肝要となる。
高地となったその簡易の城塞から遠くを見渡したフォンシエは、遙か向こうの雰囲気が異なるように感じていた。
(あそこが水棲の魔物との前線か)
きっと、その戦線は次第に西に迫ってくるはずだ。そのとき、なにも手を打たなければ、敵は人の領域にまで手を伸ばすだろう。
(そうはさせるものか)
そんなフォンシエの隣に、フィーリティアがひょいとやってきた。光の翼を用いれば、どんな高い壁だって乗り越えられるだろう。
もっとも、人は空で暮らすようにはできていないから、そんな状態を長々と続けるのは難しいのだけれど。
「フォンくん。あとは階段を作るだけ?」
「ここで活動してみないと、なにが不便なのかわからないから、どうだろうね。ただ、これはきっと、誰かが住んでこそようやく完成するんだ」
「うん。そうだね。……この調子で、次もいけそう?」
ひとまず開拓村の形ばかりを整えたフォンシエは、残りの魔力を確認する。数日をかければ、すべての村をこのような形に整えられそうだ。
「少なくとも、敵が焦らない限りは、接触までに間に合うと思うよ」
「じゃあ、今度は私が魔物を倒せるようにするから、フォンくんは魔力の回復に集中してね?」
「それは頼りになるね」
フォンシエはフィーリティアと一緒にさらに北へと向かっていく。
これらは魔力を消費する作業ゆえに、時間をかけてゆっくり回復するスキルでも効果があるだろう。
付与術師の「魔力回復強化」を用いたとしても、最終的な収支はプラスになるため有効だ。光の証を用いれば、かなり回復力も高まるだろう。
「消費魔力減少」や「付与術増強」なども取っているが、どれに光の証を使うのが一番効果的なのか。
魔力回復強化をとりあえず使用してみるが、使用時だけ光の証を使用しておけばいいわけではなく、解除すると通常のスキルの効果しか得られなくなってしまう。そんなに都合よくもいかないようだ。
それから道中で昆虫の魔物を見つけたフィーリティアは、足をもいで動けなくしておき、フォンシエが蠱毒のスキルで回復しやすいようにしてくれる。なかなかにむごいやり方ではあるが、今はそんなことを言っている状況でもなかった。
昆虫の魔物どもが争って、丸々と太った個体ができあがると、フォンシエは剣を突き刺して魔力を回復する。蠱毒のスキルに光の証を用いた恩恵もあって、なかなか回復量は多い。しかし、一つのスキルにしか使えないため、切り替えるのはそれなりに手間だ。
どうすればいいかと考えつつも、彼らは北へ北へと向かっていく。彼らは迷う暇もなく、ひたすらに開拓を再開するのだ。あの失ってしまった日々を取り戻すかのように。
◇
それから数日。
話を聞いていたとはいえ、やってきた兵たちは開拓村の状況を見て驚かずにはいられなかった。「高等魔術:土」が使える者を集めて、何日もかければようやくできるかもしれない状況になっていたのだから。
これならば、水棲の魔物が攻めてきても防衛線として機能するだろう。
それをたった一人で成し遂げた村人は、一つの開拓村の端にある防壁に腰掛けていた。
吹き付けてくる風には水分が含まれている。そして目を凝らせば、空中に舞い上がる水柱がときおり見られた。水棲の魔物がもう近くまで来ているのだ。
隣にいるのはフィーリティアただ一人。
「フォンくん。もうそろそろ、だね」
「ああ。次も勝つよ。もう俺たちは負けない。どんな相手にだって」
フォンシエは激しい闘志を燃やす。
水棲の魔物に対抗できる拠点は作り上げた。あとは迎え撃つのみ。
敵の侵攻に合わせて、別の村には勇者たちも配置されている。だから魔物を西に通しはしない。
「俺たちの土地に、一歩たりとも踏み入れさせるものか」
フォンシエが遠くを睨むと、勢いよく水流が動き出す。水棲の魔物が攻めてくるのだ。
あちこちで兵が動き出す。そしてフォンシエはよく見える高所に立った。
「さあ、敵が来るぞ。俺たちの矜恃を示せ! 決して魔物には屈しないと!」
掲げた剣は勇者の光が爛々と輝いている。そしてフィーリティアも彼の隣で光の剣を掲げた。
兵たちはその姿に、奮い立たずにはいられなかった。
そしていよいよ、木々の合間を進む音が近づいてくる。
フォンシエとフィーリティアは、先頭に立って戦いに臨んだ。




