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88 あの日々を取り戻すために



 カヤラ国北西の都市群は、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

 北の魔王メザリオとの戦いを終えて、都市は破壊されてしまったが、昆虫の魔王もその配下もいなくなったため、都市の復興が少しずつ行われようとしているためだ。


 しかし、それは同時に開拓村の復興は遅くなる可能性が高いということである。


 地理的に開拓村は、ゼイル王国とカヤラ国との間に存在する魔物の領域の角をなくすことで、魔物による国土の分断を防ぐためのものだ。


 けれど、カヤラ国の北端が南に押し出された場合、人類の領域が減る形で、なだらかな国土になるのだ。つまるところ、カヤラ国の縮小によって、無理に開拓村を進める必要がなくなる。


 そして避難してきた人々も、少しずつこちらの都市になれてきた頃だった。

 いまだに路上で生活している者たちはいるが、手に職をつけた者もいる。彼らは、開拓村で得た物資を元手に、こちらでの生活を営み始めたのだ。


 そんなところにやってきたフォンシエとフィーリティアは、ひとまずルミーネを探すべく、都市の屋敷へと向かっていく。

 あそこに彼女はいたが、今も滞在しているかどうかもわからない。フィーリティアたちが頼んでいたことから、無下にされることもないだろうが……。


 ともかく、そちらへと二人で進んでいく。


「……それにしても、賑やかになったね。魔王もいなくなったから、不安もなくなったんだろう」

「北の都市に行こうとしている人もいるみたいだね。でも……向こうの復興には、時間がかかるんじゃないかな?」


 フィーリティアは魔王メザリオを探していたときのことを思い出す。

 勇者ユーリウスが「高等魔術:炎」で吹き飛ばした都市の数はもはや覚えていないくらいだ。きっと、魔物に襲われた都市よりもひどい有様だろう。再利用できる建物なんてありゃしないはず。


 そう考えると、がれきの除去から始めないといけない分、一から都市を作るほうがまだマシかもしれない。


 いずれにせよ、当面は事態が変わることもないだろう。

 やがて屋敷に到着した二人は庭に案内されると、そこでふりふりと揺れる黒い尻尾を見つけた。


「ルミーネさん、お久しぶりです」


 声をかけると、黒の狐耳がピンと立って、それから彼女は振り返った。


「フォンシエさん、フィーリティアさん! 無事だったんですね!」

「はい、おかげさまで。こちらの生活はどうですか?」

「なに不自由なく暮らせています。ですが、少し問題もあるようです」


 そう言われて、こちらに来たばかりのフォンシエとフィーリティアはまったく思い浮かばなかった。


「東から水棲の魔物が来ているそうで、昆虫の魔物は西に追いやられているそうなんです」


 それはフィーリティアが実際に魔王討伐の際に確認したことだ。

 こちらの問題にどう繋がるのかと思えば、その追いやられた魔物どもが向かってくることがあるのだという。しかも、それはカヤラ国だけにとどまらない。


「このままだと北は水浸しになって、住めなくなった昆虫の魔物がゼイル王国に溢れ出してしまうそうです」

「水棲の魔物は、そこまで西に進んできているのか。いったい、どうして急に動き始めたのか……」


 これまで、北東部に大人しく引っ込んでおり、存在も確認されていなかった魔王セーランは、領地の拡大に貪欲になっている。


 それを受けて、都市のほうでは迎え撃つべく兵を募っているそうだ。


「ティア。もしかすると、あの開拓村を防衛線として使えるかもしれない」

「どうだろう? 相手は水を操るから、水浸しにされる可能性があるよ」

「拠点として、あの土地を高地にするんだ。そして排水用の穴を作っておけば、水が溜まることもない」

「すでに家が建ってるから、土を盛るために更地にしてから作り直すのは……」

「俺がやるよ。それならやり直すこともなく、すぐにできる」


 フォンシエが告げるなり、フィーリティアはすぐに気がついた。スキルを使用すれば、地形を変えることは容易い。そして彼には、秘めた魔力以上の効果を発揮するスキル「光の証」がある。


 以前、カヤラ国とゼイル王国の国境辺りで塀を作る手伝いをしていたこともあり、土木工事ならお手の物だ。


 そうして張り切る二人であったが、ルミーネは狐耳をぺたんと倒した。


「やっぱり……戦いに行くんですか?」


 誰しも、魔物との戦いを不安に思わないはずがない。けれど、それでもフォンシエは思うのだ。


「ルミーネさん、心配をかけてごめんなさい。でも、誰かがやらなきゃいけないことなら、できることが自分にあるのなら、俺はその立ち止まっていられません。きっと、そのために俺には力があるんですから」


 女神の加護は不平等だ。そしてフォンシエが望んだ形でもなかった。

 けれど、どんな形であろうと、平和へと結びつけられるのなら、願った力となにが違うというのか。


 フォンシエは剣を抜く。


「この刃は魔物を切り倒すためのものです。都市に引きこもって暮らしていたら、きっとさび付いてしまいます。そして俺の心も」


 ずっと安穏と生活を続けていれば、いつしかそれが当たり前になってしまう。そして一度さび付いた心は、もう簡単には動かせないだろう。


 そうなったとしても、誰も文句は言わないだろう。

 けれど、フォンシエはこれまで魔物の犠牲になってきた者たちを思い浮かべれば、自分自身が許せなくなると思うのだ。


「フォンくんは私が守ります! 心配しないでください!」


 フィーリティアが頼もしく宣言すると、ルミーネは笑みを作った。


「私はなにもできませんが、応援しています。お二方の未来を、楽しみにしながら」


 ゆっくりと頭を下げるルミーネ。

 彼女に見送られながら、フォンシエはフィーリティアと歩き始めた。


 ほんのひとときの安らぎは、これから戦う覚悟を固めてくれる。この些細な時間を守るために、大きなかけがえのないものを懸けて戦いに望むのだ。


(魔物に奪わせてなるものか)


 フォンシエは責任者のところに赴くと、彼は歓迎してくれた。


「勇者様。よく来てくださいました」


 どうやら、ほかの勇者たちはすっかり、魔王討伐を終えて休息を取っているらしい。こちらに来たものはいないようだ。きっと、それが普通なのだろう。


「開拓村を拠点に、敵の侵攻を食い止めます」


 フォンシエは地図上の点を指し示しながら、作戦を説明していく。男は説明を聞きながらも、本当に可能なのかどうか、半信半疑である。


 だから彼はとっておきを見せるのだ。誰もが信じる力を。


「この力が、成功へと導いてくれるでしょう」


 光の証を用いると、彼の全身からキラキラとした輝きが撒き散らされる。女神マリスカが与えた、最高の奇跡だ。

 付与するスキルによっては、内部に押しとどめて見せないようにすることもできる。けれど、彼はあえてそれを散らしてみせた。


「おお、これはまさしく……」


 男はいつしか、感嘆して我を忘れて見入っていた。

 勇者の光は通常の光とはまるで性質も異なるが、その者の強さに直結することが多い。力がある勇者ほどまばゆい輝きを誇るのだ。


 そしてこの村人の光もまた、迷いのない純粋な光を持っていた。


「わかりました。すぐに兵を手配しましょう。なんとか国のほうも説得してみせます」


 フォンシエとフィーリティアは、あの土地で魔王を打ち倒した功績がある。それを使えば、説得もしやすくなるだろうとつけ加えておいた。


 そうして予定が決まると、二人は屋敷を出て、はやめに二人だけで下見に行くことにした。


「それにしてもフォンくん。随分と大胆になったね」

「そうかな? 使えるものは使うようにしているだけだよ。驕っているわけじゃない。けれど、この力が魔物を打ち倒してきたのは間違いないから。そしてこれから切り進んでいくことも」


 彼にとっては、すべて魔物を打ち倒すための手段に過ぎなかった。それがフォンシエにとって、村人として生きていく覚悟だったのかもしれない。


「けど、少しだけ打算的なことがあったのもまた、間違いないね。この機会を逃したら、西に魔物は行ってしまうし、開拓村は二度と作れない。なにしろ、国からの補助もなければ、あんなところに住もうという人が集まらないからね。たとえそれが兵であったとしても、住人には変わりがない。魔物に奪われた生活を取り戻すんだ」

「……うん。頑張ろうね、フォンくん」


 もう一度、ここからやり直すのだ。

 失ったものを取り戻す。


 フォンシエはその思いを秘めながら、礼拝堂に足を踏み入れた。

 そして祈りを捧げると、いつものようにレベルが表示される。


 レベル 12.59 260


(よし、問題なく取れるな)


 こちらに来る間、魔物を切り倒してきたこともあって、そこそこ上がっていた。

 フォンシエは250ポイントにて「中等魔術:土」を取る。開拓村の規模を考えれば、「高等魔術:土」は範囲が広すぎるし、なにより敵を呑み込むような激しい変化は必要なく、かといって「初等魔術:土」では少々物足りなさがある。それゆえに、このスキルを取得したのだ。


 これで準備は整った。


「行こう、ティア」


 礼拝堂を出るなり、二人は都市の外へと向かっていく。

 市壁の外に行くと、光の翼を用いて北へと動き始めた。あっという間に距離は近づいていくが、途中には昆虫の魔物がよく見られる。


 フォンシエは遠くの敵を光の矢で貫きつつ、開拓村への道を辿る。


「こちらにはあまり来ていないみたいだ。すっかり、草で覆われている」


 整備もされていなかったのだろう。となれば、森の中にあった村はどうなっていることか。家々の中には虫が住み着いているかもしれない。


 そんなことを考えつつ、フォンシエは昆虫の魔物が蔓延る森の中へと足を踏み入れた。


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