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87 村人と勇者の証



 騒々しさに目を覚ましたフォンシエは、ベッドから抜け出すと窓の外を眺める。

 そこには、都市の外へと向かっていく兵たちの姿があった。


「フォンくん。なにかあったの?」


 昨日は一緒に寝ていたフィーリティアが、眠たげに目をこすりながら尋ねてくる。


「剣を持って慌ただしくしているから、魔物が出たんだと思う。俺も行かないと」


 フォンシエはメタルビートルの外骨格で作られた銀の鎧を身につける。そしてキングビートルで作られた金の剣を佩いた。


 フィーリティアもまた、戦いに赴くための準備をしていく。

 二人は昨晩、戦いのことを忘れていたが、もはや日常に戻ってきていた。これが彼らの日々なのだ。


 魔物を討ち滅ぼすときまで、きっと終わることはない。


「行こう、フォンくん」

「ああ。それにしても、水棲の魔物を倒したばかりだというのに、またもや襲ってくるとはね。いや、別の魔物かもしれないけれど」

「私たちだって、魔物を倒しているんだから、反撃してきてもおかしくはないよ」

「先に攻めてきたのは向こうだ、なんて幼稚なことを言う気はないけれど……来るというのなら、すべて返り討ちにしてやる」


 フォンシエは気分を高ぶらせながら、屋敷の廊下を歩いていく。けれど、決して冷静さを欠いているわけでもなかった。


 彼は魔物との戦いにも慣れていたのだ。恐れや不安はなく、驕りもない。ただひたすらに、敵を打ち倒すために気持ちを変えていく。


 そうして進んでいく途中で、兵の一人に出くわしたので、尋ねてみることにした。


「忙しいところすまないね。なにが起きている?」

「フォンシエ様、フィーリティア様。ただいま、魔獣による襲撃が行われております」

「魔獣? 南からやってきたのか?」


 これまで水棲の魔物と戦ってきたから、そちらだとばかり思っていたが、そうではないらしい。


「東から攻めてきていると聞いております」


 そう言われて、フォンシエは東の調査に行ったときのことを思いだした。向こうでは、ヒュージタートルと魔獣たちが戦っていたはず。


(となれば、東にいる魔獣たちをこちらに追いやったのも、魔王セーランということか)


 その魔王は随分と好戦的なのだろう。隙あらば、この土地を奪おうとしているに違いない。あるいは、魔獣との戦いの中で、人の領域まで飛び出してしまっただけなのか。


「魔王セーランは北でも、昆虫の魔物のところを侵略していたんだっけ」

「ずっと西に動いてきているから、もし、ここを止めたとしても、北寄りの土地を侵略されると思う」

「なるほどね。特に名案は思い浮かばないけれど……とりあえず、魔獣を倒そう。攻めてきているというのは?」


 フォンシエはそこで、兵に視線を向ける。


「ユニコーンが数頭と聞いております」

「なるほど。そりゃ大変だ」


 一角獣の魔物ユニコーンは気性が荒いことで知られている。その鋭い角の一撃を食らえば、鎧ごと貫かれてしまうこともある。


「住んでいるところを水浸しにされて、逃げてきたのかもしれないな。けれど、そんなのは俺の知ったことではない。さあ、行くとしようか」

「フォンくん。えっと……今回は、私は後衛でも大丈夫かな?」


 フィーリティアはあまり気乗りしないようだ。尻尾がくるりと垂れている。

 そこでフォンシエは思い出す。ユニコーンは若い処女を好む生き物であったと。女性は捉えられて、なぶられるであろう。


 フィーリティアのことだから、接近すればナイフでグサッと刺し殺すくらいはするかもしれないが、馬に舐められたりするのは気分が悪いだろう。


「俺が戦うよ。試してみたいこともあるんだ。見ていてくれる?」

「もちろんだよ。かっこいいところを見せてね、村人さん」


 そうと決まれば、二人は屋敷を飛び出した。

 光の翼を用いて家々の上を飛び越えていく。兵たちは都市の外に出たばかりで、戦いの準備をしているところだ。


 そして都市の外へ出て東に目を凝らすと、そこには市壁から弓で応戦する兵と、突っ込んでいく白馬が見える。


「あれか。角の一撃を食らえば、たまったもんじゃないな」


 東の都市の門は壊してしまったため、今は中に入っていける状況だ。

 それゆえに、兵たちはそうなる前になんとかして仕留めてしまいたいのだろう。


「フォンくん、やろう!」


 フィーリティアはユニコーンに狙いを定めると、光の矢を放つ。

 狙いどおりに向かっていったそれは、しかし距離があるために敵の胴体を貫くことなく、かすっていくだけにとどまる。


 その一撃で、接近していくこちらの存在にそれらは気がついた。


「ヒヒィイイイイン!」


 ユニコーンは宙を舞う二人の姿を認めながらも、都市へと向かっていく。中に入ってしまえば、そのような攻撃が届かなくなるからだろう。


 フィーリティアは立て続けにもう一発。今度はその個体をしかと貫いた。


 そしてフォンシエも狙いを定めて光の矢を放つのだが、直後、体が傾いだ。光の翼がうまく使えないのである。


 しかし、二つ同時に使ったうち片方の勇者のスキルが切れないだけ、まだマシになったとも言える。


(もっと、もっと使えるようにならないと!)


 なんとか体勢を立て直しながら、フォンシエは攻撃を諦めて敵に接近することを優先する。


 先に進んでいたフィーリティアの尻尾を見つつ、彼も続いていく。

 そしていよいよ、敵が門の中に入ろうかというところで、フォンシエは上方へと加速するなり、光の翼を解除した。


 体が投げ出される感覚の中、彼は意識を集中し、魔力を高めていく。

 そして炎が生じる。用いたのは「初等魔術:炎」だ。


 しかし、そこには光が交じっていた。魔術師には使えないはずの光が!


「食らえ!」


 勢いよく放たれた火球は、門の近くにいたユニコーン目がけて向かっていき、着弾とともに光が散らされた。


 視界が赤く染まっていくと、遅れて衝撃がやってくる。


「くっ……!」


 吹き飛ばされそうになりながら、フォンシエは光の翼で衝撃を和らげながら着地すると、敵を見据えた。


 そこに生じていたのは大爆発。直撃したユニコーンは四散していた。そして、残った三体が彼に向かってきている。


 いや、正確には彼の後ろにいるフィーリティアに近づいてきていた。


「予想以上の威力だ」


 勇者のスキル「光の証」により強化された「初等魔術:炎」は、想像以上の威力を発揮していた。しかし、そのスキル自体が勇者のスキルであるため、二つ以上同時に用いるのが難しい彼にとっては、すなわち勇者のスキルを封じられたようなものだ。


 そして「光の証」は技量云々によらず、一つのスキルにしか用いられないようだった。


 いつか勇者のスキルを複数用いられるようになったなら、本領を発揮するかもしれない。しかし現状では、光の矢のほうが消耗もないため、そこまで有用なものでもなかった。


「フォンくん、来るよ!」


 フィーリティアは迫るユニコーンを見据えると、光の海を展開する。光に包まれた彼女は、光の矢を放つ。まずは一体を貫く。そしてもう一度放つと、別の頭も貫いた。


 最後の一体は、フォンシエへと向かってくる。


「ヒヒィイイン!」


 ユニコーンが勢いよく飛び込み、角による一撃を放とうとする。

 が、その動きはぴたりと止まった。フォンシエが用いた光の盾は、すべての勢いを殺していた。


 そして次の瞬間には、フォンシエは懐に入り込んでいる。

 光の証を鬼神化に用いると、ユニコーンの首を掴んで勢いよく投げ飛ばそうとする。


 くるりと馬の肉体が宙に浮いたかと思いきや、すぐさま地面に叩きつけられていた。激しい衝撃を起こしながら首の骨は折れて、もはや生存しているはずもない。


「使うとしたら、こっちかな」


 これほど膂力が上がるのであれば、大型の敵に潰されたって、逆に押し返すことだってできよう。


「すごいねフォンくん。力持ちだ!」

「相変わらず、このスキルは疲れるけどね。さて、これで全部のはずだけれど。倒す相手はほかにいるかな?」


 西に視線を向ければ、近づいてくる兵たちの姿がある。そして都市の門のところには、彼らの活躍を見た兵たちがあっけに取られている姿が見えた。


「ねえ、フォンくん」

「うん?」

「これで魔獣もきっと、落ち着くよね。もう一度、開拓村に行ってみようよ」

「すぐに連絡をもらえるようにしておいて、そうしようか。昆虫の魔物が気になるよ。それに、せっかく俺が建てた家が壊れてしまっているかもしれない」


 フォンシエはフィーリティアとそんな話をする。

 彼女はそんなフォンシエを見て、笑顔で尻尾をぱたぱたと振っていた。


「魔王がいないなら、伐採も楽にできるよ、きっと」


 もう一度、あの土地でやり直そう。奪われた平和を取り戻すのだ。

 フォンシエはフィーリティアと再び北西に向かうことにした。

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