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86 勇者と村人の談笑



 最果ての都市の奪還が済まされると、東のヒュージタートル討伐に向かっていた兵たちも戻ってきていた。


 水浸しになった都市が魔物に再び奪われないように、警備を続けているが、剣もほとんど抜くことがなくなった頃。


 探知のスキルを使いながら歩いていたフォンシエと、その隣で狐耳を動かしていたフィーリティアに声をかけてくる者があった。


「フォンシエ様、フィーリティア様。こちらの警備は我々が行いますので、どうかお休みくださいませ」

「君らも疲れているんじゃないか?」

「いえ、お二方のおかげで、魔物と戦う機会が少なく済み、増援も来るところでございます」

「そうか。じゃあ、お暇しようかな。なにかあったらまた来るよ」


 フォンシエはフィーリティアと一緒に、光の翼を用いると、ひょいと舞い上がって、家々の上を飛び移り、市壁を乗り越えて、草原に飛び出した。


「もうすっかり、勇者みたいだね」


 フィーリティアが笑うと、フォンシエは口を尖らせる。


「俺はこんなにこのスキルを使いたいのに、勇者のスキルは村人なんぞに使われたくないって、なかなか言うことを聞いてくれないけどね」

「すぐに慣れるよ。フォンくんならね」

「そうだといいね。もっと、もっと強くならないと」


 フォンシエが剣に視線を落とすと、フィーリティアが狐耳を立てた。


「そうだ、フォンくん。確か、光の海は取ってなかったよね?」

「俺には効果がないからね。それがどうかしたの?」

「えっと……その次のスキル、『光の証』がフォンくんには向いてるんじゃないかなって思ったんだけど、効果は知ってる?」


 フィーリティアが尋ねると、フォンシエは首を横に振る。

 使えないスキルだという噂くらいは聞いていたし、その前の「光の海」自体もフォンシエには使えないため、取っていなかったのだ。


「最強の勇者って言われてるユーリウスさんとフリートさんと一緒に魔王メザリオを倒してきたんだけど――」

「魔王を倒したんだ?」

「うん。だから、また一緒に開拓村を作ろう? きっと、今度はうまくいくから」

「それもいいけれど、まずは魔王セーランを倒さないと」

「魔王メザリオのいるところまで勢力を拡大していたから、倒さないとね。一緒に頑張ろうね」


 フィーリティアは尻尾をぱたぱたと振りながら上機嫌だ。


「なんだか嬉しそうだね」

「だって、フォンくんはずっと眠ったままだと思ってたから」

「あのあとすぐに目覚めたんだよ。ティアが東に行ったって言うから、追いかけていたんだけど、北に行ってたとはね。どうりで勇者に会わなかったわけだ」

「でも、元気にしててよかった」


 そうしているうちに、二人は街に辿り着いていた。

 そこでフォンシエは話の途中だったことを思い出す。


「光の証だっけ。俺に向いてるって言うのは、どういうこと?」

「そのスキルは、勇者以外のスキルに勇者の光を足すものなんだよ。だから、たくさんスキルがあるフォンくんなら、切り替えて使えるはず。ユーリウスさんは、『高等魔術:炎』に使って都市ごと消し飛ばしてたんだ」

「……随分、手荒な勇者がいたものだね」


 フォンシエもさすがに苦笑い。

 しかし、そういうことなら取ってみるのも悪くない。ちょうど、礼拝堂が近くにあったはず。スキルポイントも溜まっていることだろう。


 二人は賑やかにそんな話をしていると、礼拝堂に辿り着く。

 中に入ると、早速祈りを捧げる。


 レベル 12.36 530


 ヒュージタートルを倒したり、ケルピーなどを一掃したこともあって、かなりレベルが上がっている。しかし一方で、フィーリティアはほとんど上がっていない、あるいは変化もないのだろう。


 すぐにこの場をあとにしていた。


 フォンシエは「光の海」を300ポイント「光の証」を200ポイントで取る。これが最後のスキルということだったが……。


(おや? 光の証、まだ取れるようになってるぞ?)


 すでに取得しているはずなのに、まだ取れるというのはどういうことか。

 威力が増したり、持続時間が延びたりするなど、なにかプラスの要素があるのだろうか。それとも、ただ取れるだけでなんの意味もないのか。


 ともかく、残りポイントは30になってしまった。

 いつまでもここにいても仕方ない。


 フォンシエは礼拝堂をあとにすると、待っていたフィーリティアが尋ねてくる。


「どうだった?」

「取れたよ。あとで試してみようかな。ここじゃ目立っちゃうし、宿に行ったら使ってみようか」

「あ、それなら、報酬を用意してくれてるそうだから、屋敷に行こうよ。ご飯も用意してくれてるはず」


 フィーリティアが準備してもらったそうなので、遠慮するのも悪い。今後の話を聞くにしても、そちらがいいだろう。


 フォンシエはフィーリティアと一緒に街中を歩いていき、やがて屋敷に到着すると、すぐに案内される。


 勇者というのは、いつもこのような扱いで気疲れしてしまわないものかとフォンシエは思うのだった。


 なんにせよ、フォンシエは庶民染みているので、おいしそうな料理が運ばれてくると、いろいろとどうでもよくなった。


 労をねぎらうべく、今は戦いや事務などの話もなく、二人きりにしてくれている。

 だというのに、二人の会話は相変わらずだった。


「残る魔王はセーランとフォーザンか」

「うん。でもフォーザンはずっと、戦いにならないように距離を取ってたような気がするんだけど」

「こっちにヘルハウンドをけしかけてきていたし、東でも魔獣がいたから、土地を狙ってはいるんじゃないかな。ただ、魔王自体は前に出てくる気配がないだけで」

「じゃあ、倒すのは大変だね。セーランはどうかな?」

「東の調査に行ったんだけど、一帯が水浸しになっててね。とてもじゃないけれど、足の踏み場がないんだ」


 人は空を飛べるわけでもない。

 そういう理由もあって、水棲の魔王セーランの存在は推測に過ぎず、調査が行われていたわけではない。


 どうしたものかと、彼らは考える。


「いっそのこと、二人で飛んで行っちゃう?」


 フィーリティアがそんな冗談を言うくらいには、名案も浮かばなかった。


「もう少し様子を見て、なにもなければ、開拓村に戻ろう。ルミーネさんにも、このことを話しておきたいし」


 フォンシエが彼女に東に行くと言ってから、結構たっている。心配していただろうし、開拓村にいた者たちも、あまりに時間がたって一時的な避難でなく定住してしまうと、もう村に戻ることもないだろう。


 とりあえずはそういうことになると、フォンシエは満腹になったお腹をさすりながら、部屋へと戻っていく。今日は早めに眠ることにしたのだ。


 魔王は死に、東の魔物も片づいた。

 当面は被害を受けることもないだろう。


 そう考えると、久しぶりに安らかな気持ちで夜を過ごせるのであった。昆虫の魔物ポイズンビーとの戦いで多くの死者を出してから、ずっと慌ただしく、戦いに明け暮れていた彼も今は安らかでいられた。


 倒すべき相手も見当たらないのだから。


 と、そうしているとドアがノックされて、フィーリティアが入ってきた。


「ティア。どうかしたの?」

「ううん。なんでもない。なんでもないけれど……フォンくんに会えた実感がまだ湧いてこなくて。だから、一緒にいちゃだめかな?」

「大丈夫だよ。前は二人で開拓村の掘っ建て小屋にいたのに、今はこんな綺麗な屋敷にいる。出世したなあ」


 などと冗談を言うフォンシエ。


「……勇者じゃないって、言っておかなくていいの?」

「問題ないよ。向こうが勝手に勘違いしただけだから。それに、勇者かどうかなんて、どうでもいいじゃないか。人々が求めているのは、魔物を倒して平和をもたらしてくれる人なんだから」

「随分と大胆な村人さんだね」


 もうフォンシエも、勇者に対する劣等感などはない。あまりにも吹っ切れすぎているとも言えるくらいだ。


 けれど、それでいいとも思う。

 誰よりも魔物を倒すのであれば、勇者にこだわっている暇なんてない。


 それから、離れていたこれまでのことを話していると、フィーリティアが眠そうに目をこすり始める。


「そろそろ寝ようか」


 フォンシエはベッドに入り、フィーリティアを誘う。彼女は「お邪魔します」と、入ってくる。


 そんな彼女は、コナリア村にいたときからあまり変わっていない。綺麗になったとは思う。戦う姿は凜々しい。


 けれど、やはりフォンシエにとっては勇者というよりも、大切な幼馴染みのままなのだ。そう実感しながら、夜は更けていく。


 今ばかりは、戦いを忘れて。


 そして翌日。都市は兵たちの声でにわかに騒がしくなった。

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