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81 決戦を前に

 フォンシエは東の都市奪還作戦のため、会議室にやってきていた。

 そこには斥候部隊として同行した者たちの姿がある。そのうちの一人が、彼を見て頭を下げた。


「フォンシエ様。ご出席ありがとうございます」

「うん。それで、今はどこまで話が進んでいるだろうか?」

「現在、調査した地形を正確な地図に起こし、計画を立てているところです。その案としましては――」

「いや、ちょっと待ってくれ。この地図はもう当てにならないんだ。俺がすっかり地形を変えてきたから」


 フォンシエの言葉に、部隊の者たちは彼が言っていたことを思い出した。そしてフォンシエは自分が行った行動を思い出しつつ、川の流れを書き換えていく。


 上流のほうはまるきり違う流れになっているし、途中の拠点となっている湖も断ち切られている。水棲の魔物どもが元の状況に戻すには、しばらく時間がかかるだろう。


 たった一人でそんなことを成し遂げたのに、者どもは動揺せずにはいられない。なにしろ、魔術を使える者たちは基本的に身体能力には優れていないため、斥候の任務になんて同行できないのだから。


「……というわけで、かなり変わってしまったから、計画も立て直しになってしまうだろう。すまないね。けれど、攻めるべき場所はこれではっきりしたはずだ。ヒュージタートルを打ち倒し、増援がなくなったところを一気に叩く」


 フォンシエは地図上の一点をこつこつと指で叩いた。

 そこはヒュージタートルがいた湖だ。それから視線を東の都市のところへと向ける。


「戦力を分けようということでしょうか?」


 一人が尋ねてくると、フォンシエは少し考える。


「どちらでも構わないよ。俺は戦術に長けているわけではないし、作戦に関して余計な口を挟むつもりはないんだ。ただ、この身はどうしても一つしかないからね」


 フォンシエがそれにつけ足す。「どこでもいい、魔物がいるなら俺が打ち倒そう」と。


 過激な発言であるが、本人は至って冷静で、落ち着き払っている。

 決して魔物を侮っているわけではない。戦いの中ではいつなにが起きるかはわからないし、ひょんなことで危機に陥るかもしれない。


 けれど、フォンシエにとってすべきことは、魔物を倒して奪われた土地を取り戻すことなのだ。


 そしてそのための力が彼にはある。勇者たちが勇者――いや、英雄として活躍しないというのなら、村人が代わりにその力を振っていく。ただそれだけのことなのだ。


 フォンシエは勇者の力が自分のものになってくる実感とともに、考えそのものも変わってきている。いや、変わらずにいられなかったというほうが近いか。


 なにしろ、勇者のスキルは疑いや不安があればうまく発動しない。集中力を欠いていれば乱れてしまう。


 だからフォンシエはいちいち、勇者だとか村人だとか、そんなことを気にする余裕もなくなったのだ。気にすべきは、ただスキルが使えるかどうかだけ。


 そうして精神的な変化があれば行動も変わり、こうして勇者さながらに振る舞っている。が、根本的なところではさして変わってはいないだろう。


 ただの村人であったときから、魔物を打ち倒すために日夜動き続けていたのだから、そのための考えが表面化したに過ぎない。


 ともかく、そんなフォンシエに勇気づけられる者たちがいる。明日、奪還作戦に参加するという兵たちだ。


「フォンシエ様。大変心強いお言葉。感動いたしました」


 彼としては、ただ魔物を倒すという目的をそのまま口にしただけなので、そう言われてもいまいちピンとこない。


 けれど、そこまで先頭に立って敵を切り裂いていこうという人物もいないのだろう。

 それからあれこれと策が立てられる。


「勇者様は来てくれるのか」

「その見込みは薄いだろう。今も北の問題が解決していない」

「ならば我々だけでなんとかするしかあるまい」

「魔王が東から来ていないのだ。戦えないことはないだろう」


 フォンシエはそうした話し合いをさほど興味もなさそうに眺め、フィーリティアの姿を思い浮かべる。


(今、ティアはどうしているんだろうな)


 そう考えていたが、作戦が決まると、明日に備えてさっさと寝ることにした。けれどその前にやることが一つ。


 彼は屋敷を出て礼拝堂に赴くと祈りを捧げる。


 レベル 11.87 290


 多くの魔物を倒したとはいえ、すでに彼のレベルが高くなっていることや、弱い魔物では上がらなくなってきたため、そこそこの上昇である。


 そして彼はポイントを使って「中等魔術:水」を取る。ヴォジャノーイとの戦いでは、水流に呑まれてしまったため、「初等魔術:水」では威力が足りなかったためだ。


 これがあれば、より強い相手が溺死を狙ってきたとしても、抵抗することができるだろう。


 フォンシエは祈りを捧げ終わると、礼拝堂をあとにする。

 勇者も女神も関係ない。自分の力で戦わねばならないのだ。


 魔物の姿を思い浮かべると、熱に浮かされて、その日はなかなか寝付けなかった。



    ◇



 勇者たちは北に向かっていた。

 拠点とする都市を兵たちに任せて、ユーリウスとフリートに率いられながら魔王メザリオを探しているところである。


 勇者たちはため息を思わずこぼしている。

 二人は魔物を見るなり光の矢をぶち込み、魔法で敵を煽って迫ってくると切り殺し、自由気ままに振る舞っているからだ。


 二日目となるフィーリティアはそんな二人のやり方にも慣れてきているため、結構うまく合わせられるようになってきている。


 しかし、大多数の勇者はまったく合わないため、二人が放つ魔術に巻き込まれそうになったり、魔物の大群に襲われて逃げたりと、慌ただしげにしていた。


 涼しげな顔でメタルビートルを切り裂いたフィーリティアは、ちらりと二人の勇者へと視線を向ける。


 彼らは無茶なことばかりやるが、それは彼らにとって無茶ですらない行いなのだろう。単純に力が強いだけではなく、技術があり、戦いを有利に運ぶための策がある。


 フィーリティアは二人の動きを見ていて、自分も手に持っていた剣を動かし、真似してみる。戦場ですべきことではなかったかもしれないが、なるほど、と思うところがある。


 いくらでも取り入れられる技術があるのだ。


 そうして意欲的に動くフィーリティアであったが、ふと、気になる匂いがあった。


(……濡れた土の匂い。雨は降っていなかったのに……?)


 となれば、考えられるのは一つ。

 東の水棲の魔物どもと争っているのだろう。


「あの、ユーリウスさん。こちらに水棲の魔物が来ているかもしれません」

「そうか。魔王がもう一体いれば、都合はいいな」


 ユーリウスの発言に困惑するフィーリティアだが、フリートはケラケラと笑う。


「おいユーリウス。二匹いた場合、お前はどっちにするんだ?」

「その時々で相応しい相手を選ぶ」

「つまんねえ回答だな」

「お前がいつもふざけすぎなんだ」


 そんなやり取りをしていた二人は、まだ魔物が残っているのを相手している勇者たちについてくるよう告げて、フィーリティアに進むよう促した。


 フィーリティアは先頭を行く。

 数多の勇者がいる中で、一番若い自分が先頭というのは奇妙な感じがしたが、ついてきてくれるのであれば特に不満はない。いきなり後ろから彼女へ魔術をぶち込んでくることもないだろう。


(……でも、やりかねないかな?)


 ユーリウスとフリートなら、死なない程度にやってもおかしくはない。

 フィーリティアは尻尾を揺らしてバランスを取りながら、木々が根を張る森の中へと足を踏み入れた。


 そうしていると、狐耳を動かし始める。争っているような物音が聞こえ始めたのだ。

 慎重に行こうと思った彼女だが、フリートが急かすので、渋々先を急ぐ。


 そして木々の向こうに、黄金色の巨躯が見えてきた。


(魔王メザリオ!)


 金色の角は水棲の魔物どもを片っ端から貫いている。水に溺れそうになるも、「初等魔術:水」を用いている魔物を殺すことで抵抗しているのだ。


 どうするのかと思ったフィーリティアは、野卑な笑みを浮かべるフリートの姿を認めた。そしてユーリウスはすでに魔王のところで魔力を高めていた。


 勇者の光が交じった大爆発が起きる。

 轟音とともに、魔王討伐が始まった。


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