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80 水と土煙の中から



 先ほど大爆発で吹き飛ばした岩は、湖を埋め尽くすほどの勢いで崩れていき、水しぶきを散らしていた。

 しかし、湖はなくなっていない。いや、正確には浮かび上がっていたのだ。


 水の大部分は、あちこちに散らされているため、湖と形容するのは難しい有様だ。しかし、宙に浮かぶ水の流れがある。


 おそらく、爆発の結果を予想して避難した魔物どもなのだろう。すでに数は半分以下と大きく減らしていたが、生き残っている魔物には強力な個体がいる。


 とりわけ目立つのは、ひげを生やした緑のカエルのような魔物ヴォジャノーイである。これらは川や湖に潜んでおり、人を見つけては水中に引きずり込んで食らってしまうと言われていた。


 その魔物は長い舌を出したり引っ込めたりしながら、水流に乗って動きつつ、どこに攻撃してきた者がいるのかと探していた。


 そんな状況であったが、フォンシエは飛び出さず冷静に機会を窺っていた。

 まだこちらの存在には気づかれていない。そして今はあちこちに水が散っているため、それを操られては不利になる。せめて、水が地面に着いて、ある程度落ち着いてから動きたいところであった。


 が、そんな彼のところに半透明のぶよぶよした球体が飛び込んできた。

 爆発を浴びて千切れたらしく、サイズは小さくなっているが、アクアスライムは高い生命力を持っているため、この程度では死なないのだ。


(くそ、邪魔だ!)


 フォンシエは振り払い切り裂くが、なかなかアクアスライムは動くのをやめない。「初等魔術:炎」で吹き飛ばしてしまえばあっという間なのだが、それではほかの魔物に気づかれてしまう。


 それだけではない。先ほど「高等魔術:炎」を使用したこともあり、彼の魔力はほとんどなくなっていたのだ。


 どうするかと考えていたフォンシエだったが、そんな猶予はなくなった。

 マーマンが水流から飛び出して、あちこちを移動し始めたのである。となれば、見つかるのも時間の問題だ。


 いつまでも隠れてはいられない。だったらこちらから仕掛けたほうがいい。

 フォンシエは覚悟を決めると、「気配遮断」のスキルを用いつつこっそりと木陰から身を乗り出し、敵の姿を認める。そして光の矢を放った。


 まばゆいそれは魔物どもの注意を引きつけてしまう。だが、そのときにはすでに数体の魔物がその光の餌食となっていた。


 そしてフォンシエは相手が攻めてくるよりも早く、別の位置に移動する。マーマンが彼を見つけて声を上げようとするが、その口が開いたときには首が落ちている。


 そうして攪乱すると、別の位置から素早く光の矢を放ち、確実に相手の数を減らしていった。


 しかし、それに苛立ちを覚えたヴォジャノーイはスキルを行使するように魔物どもに指示を出すと、浮かんでいる水流が激しさを増し、フォンシエの軌跡を追うように動き始める。


(隠れているのもここまでか)


 フォンシエはくるりと反転すると、探知のスキルで敵の位置を探り出し、大きく息を吸い込んだ。肺一杯に空気を溜め込むと、光の翼を用いて高速で飛び出す。


 眼前に現れたのは、水に乗ったヴォジャノーイの姿。

 フォンシエを見て水中に引きずり込もうと舌を伸ばそうとしてくるが、それを見ても戸惑うことはなかった。


 彼は息を止めて、勢いよくヴォジャノーイがいる宙の川へと飛び込んだのだ。これには魔物どもも反応することはできない。


 液体にぶつかる抵抗感を覚えながら、フォンシエは光の剣を振るった。激しい光に纏われた刃はごくあっさりと魔物の胴体を真っ二つに切り裂く。ヴォジャノーイは間抜けに舌を伸ばしていた。


 おそらく、彼の姿を捉えることもできず、自分が切られたことすら認識していなかったのだろう。


 フォンシエは光の翼で水流に逆らうように移動すると、次々と流れに乗って向かってくる魔物を切り裂いていく。


 だが、光の翼と光の剣、それら二つのスキルを併用するのはなかなか骨が折れた。なにしろ、呼吸もままならぬ水中で、しかもそれは魔物によって操られているのだから。


 剣の光がおぼろげになり、魔物の首を切り落とすことができずに動かなくなったところで、彼は離脱を決め込んだ。もう息も続かなくなってきている。


 光の翼で移動しようとするも、それを遮るように水流が発生し、魔物どもが迫ってくる。


 マーマンは銛を持って突いてこようとすると、フォンシエは眼前で魔力を高めた。途端、あたかも殴られるかのようにマーマンが仰け反る。


「初等魔術:水」を使えるのはなにも相手だけではないのだ、小さな範囲であれば、フォンシエでもなんとかできた。


 そのままなんとかずるずると敵のテリトリーを抜け出すと、フォンシエは逃げるように移動する。


 地に足が着き、首を振って水をふるい落とすと、大きく息を吸う。

 ようやく生きた心地がするが、まだ戦いが終わったわけではない。生き残っているヴォジャノーイが彼を捉えようとしていた。


 フォンシエは辺りを見回し、状況を確認する。

 湖はすでになくなっている。地形を変えたことで、ひとまずは魔物が攻めてくるのを防ぐことはできただろう。


 彼一人で上流の作業を行っていたため、その分も魔力を消費しており、これ以上使い続けていては、なんにもできなくなる可能性がある。


(潮時か。いったん引こう)


 目的は上流での活動を妨害し、魔王セーランが攻めてこられないようにすることだ。それはすでに果たしているし、現状が見えなくなるほど雰囲気に呑まれて無理に戦うこともなかった。


 フォンシエは冷静に判断すると、敵の近くで魔力を高める。

 途端、物寂しげな声があがった。呪術師のスキル「怨嗟の声」だ。


 それを聞かされた魔物どもは聴覚や平衡感覚を失い、フォンシエを追うことができずにてんで違う方向へと動き始めた。


 その隙に彼はさっさと身を翻し、西に向かって駆けていく。

 きっと今頃、持ち帰った情報を元にして、魔物を倒す部隊が結成されていることだろう。そうでなければ、危険を冒してまで来た甲斐がない。


 たとえそうでなくとも、フォンシエは一人ででも再びここに攻め入る気であったが、助けがあるに越したことはない。


 彼はそれから、途中で遭遇する魔獣を倒していき、ようやく東の森を抜け、平原を目にする。そして変わらずにそこにある、水没した都市をも。


 表情を変えずにはいられないが、かといってどうこうできるわけでもない。先に退路を断ってからでないと、次々とそこに魔物が補充されることになるのだから。


 上流では油断しているところを攻められたが、こちらはかなり警戒している。そして水の量が一カ所に集められているため、やりにくいのだ。


 だが、すぐに取り戻す。

 もし、彼の行いが勇者たちが来るまでの時間稼ぎだったとしても、魔物を蹴散らす一助となるのであればなんら不満はない。そして来ないのだとすれば、彼がこのまま勇者もどきを続けるだけのこと。


 フォンシエはそう思いながら、ようやく都市に戻ってきた。


「ふう……やっと一息つけるな」


 一人での戦いには慣れている。大勢いれば警戒を怠っていいというわけでもない。しかし、すべてを自分だけでこなさなければならないのには、やはり精神をすり減らさずにはいられない。


 門をくぐり街中に足を踏み入れたフォンシエは、ゆっくりと緊張が解けていくのを感じていた。


 ほかの人々に比べると異常とも言えるほど魔物討伐に繰り出している彼だが、機械のように動いているわけではない。こうして休憩を入れなければ、ミスだって犯しがちになる。


(さて、どこに行けばいいのやら)


 都市のお偉いさんのところに行けばいいのか、それともあの斥候部隊は別の管轄下にあるのか。


 そう考えたフォンシエだったが、すぐに駆けてくる兵の姿を見つけた。


「フォンシエ様。ご帰還、心よりお祝い申し上げます」

「ありがとう。これから俺はどこに行けばいい?」

「奪還作戦が立てられておりますので、そちらに来ていただくことになるかと存じます。また、行動は明日になりますので、それまでは休息を取ってくださいますようお願い申し上げます」

「そうか。うん、そうするよ。なにしろ、すっかりずぶ濡れになってしまったからね」


 フォンシエは汚れた自分の姿を見せて、おどけてみる。

 すると先ほどから非常にかしこまった態度だったその兵は、かわいそうになるくらい、ビシッと背筋を伸ばしてから頭を下げた。

 

「気づかず申し訳ございませんでした。お着替えのほう、すぐに用意させていただきたく――」

「いや、そんなに気を遣わなくていいよ。とりあえず、案内してくれないか」


 フォンシエに言われると兵はすぐに歩き出す。

 そんな姿を見ていたフォンシエは、気づかれないように苦笑した。


(いつの間にか、俺も偉くなったもんだ。いや、偉くなったんじゃなくて、偉い立場と勘違いされているだけか)


 そもそも勇者には多くの者がこのような対応を取っているのだろう。

 そしてフォンシエはそうだと勘違い――そう思わせるように振る舞っているのだが――されているだけで、村人と思われたら元の対応に戻るかもしれない。


 呑気なことを考えていたフォンシエだったが、立派な屋敷で使用人たちによってなにからなにまで丁寧に着替えすらも手伝われると、これはかなわないな、と逃げ出したくなるのであった。


 そしていよいよ、東の都市奪還作戦が立てられることになった。


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