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78 村人、斥候に出る


 カヤラ領北の都市は一日にして、いくつも破壊されていた。それを行ったのは魔物ではなく、勇者たちである。


 とっくに魔物に奪われてしまって人もいないため、破壊したところで問題があるわけではない。けれど、フィーリティアはそんな街を見て、寂しさを覚えずにはいられなかった。


 かつてフォンシエが北の開拓村を作って、それが壊されてしまったことも影響していたのかもしれない。


 けれど結局、魔王メザリオは見つからなかった。ユーリウスとフリートは気まぐれなのか、腹が減ったことや眠くなったことから、魔王探しは明日に持ち越すことにしたのである。


 もちろん、高等魔術を使用したことによる魔力の消耗も理由の一つだ。


 そのため夜が更ける前にフィーリティアは、ほかの勇者たちが拠点とすべく向かっていた都市に戻ってきていた。


 ここはつい先ほどまで、魔物に占拠されていた都市だ。しかし今はどこにもその姿はない。勇者たちが必死になって殺し回ったからだ。


 なにしろ、ユーリウスとフリートがここをなんとかするように言っていたのだ。二人が北で活躍している間に魔物を倒せなければ、雁首揃えてなにをやっていたのかと怒鳴られても仕方がない。


 そのため、もはやゴブリン一匹すら見つからない有様だ。


(すぐにできるなら、もっと早くやればよかったのに。どうして動けなかったの)


 フィーリティアはそんな不満を抱いてしまう。

 勇者たちが動いていたなら、彼女が一人で北で活動することもなかったはずだ。そして多くの人を救出できたに違いない。


 しかし、勇者といってもその職業を得ただけの人に過ぎない。正義感や賞賛だけで動けるほど単純ではないのだろう。誰しも、自分の生活が一番なのだから。


 フィーリティアは勇者たちと話をすることもなく、拠点の設営に当たっている兵から簡易の食事をもらうと、まだ使える家々を整理した仮の宿の一室に引っ込んだ。


 温かなスープを口にしながら、ベッドに腰かける。

 そうしていると、この都市にいた人々のことを思わずにはいられなかった。


(ここには誰が泊まっていたんだろう? どんな人たちが暮らしていたんだろう?)


 彼らの多くはすでに命を落としている。そして逃れた者たちも、たとえ魔王との戦いが終わろうとも、ここに戻ってこようとする可能性はあまり高くない。


 窓の外に視線を向ければ、勇者たちが張り切って魔物を探している。すでに敵はほとんどいなくなったというのに。


 これは単に、今はこの近くで休んでいるユーリウスとフリートに魔物を見せないためだろう。


「勇者って、なんだろうね、フォンくん」


 彼女は呟く。

 フィーリティア自身も勇者としては相応しくないのかもしれない。人々を救おうとしたのは間違いないが、その根底にあるのは、フォンシエが守ろうとしたものを取り返そうというものなのだから。


 そういう意味では、彼女もほかの人物と大差なかったのかもしれない。


 けれど、今は翌日に備えて夜を過ごす。きっと、明日には魔王との戦いがあるだろう。ここまで魔物を駆逐されたなら、相手も黙っていないはずだから。


 そのとき、確実に倒してみせる。フォンシエが願ったものを取り戻してみせる。


 フィーリティアはそう考えながら、眠りに就いた。



    ◇



 日の出前、フォンシエは数十人の部隊の中にいた。

 これから魔王セーランの所在を調査しに行く斥候部隊だ。


 周囲にいるのは暗殺者、密偵、盗賊など、隠密行動のスキルを持つ者たちで、戦闘に長けているわけではない。それゆえに、できる限り敵がいても回避していく方針になる。


「フォンシエ様。よろしくお願いします」


 隊長と思しき人物がそう言って頭を下げる。


 地味な色の外套で全身を覆ったフォンシエはとても勇者には見えないが、話は伝わっていたのだろう。いや、そもそも彼は勇者ではなく村人なのだから、むしろ地味なほうが普通なのだが。


「こちらこそ、頼りにしているよ」


 フォンシエは大量のスキルを取っているため、基本的に一人で何人分もの役割を果たすこともできる。

 しかし、手が何本もあるわけでもないので、助けがあるに越したことはない。


 そうして彼らはいよいよ、東に向かって動き始めた。

 姿勢を低くして草原を駆けていく。その途中、北に水棲の魔物に占拠された都市を見る。


(……魔王セーランが近づいてきているのなら、このままではいずれあそこに到着してしまうんだな)


 そうなってからでは避難など間に合わない。この付近の都市はすべて滅ぼされてしまうだろう。


 それまで敵の動きを止めておくか、あるいは戦力を集めておくかしなければ。

 そのためには、この調査が重要になる。


 彼らは昨日東からあの都市へと作られた川沿いに進んでいき、東の森に突入する。そこには本来住んでいたと思しき魔獣や昆虫の魔物がいるが、水棲の魔物のほうが勢力としては強いらしく、このままでは魔獣どもはいずれどこかに追いやられるだろう。


 フォンシエは探知のスキルを発動してあれこれと指示を出していた。

 狩人がいないため、盗賊の「気配感知」で敵を探しているのだが、こちらは距離が近い場合に働くものだ。


 フォンシエがそんなスキルを取っていることにほかの者たちは疑問を抱いたようだったが、行動としては的確なものだったので、余計な口を挟むこともなかった。


 そうして、いっそう東へと向かっていくと、どことなく、水気が多くなってくる気がする。


 フォンシエはふと、そこで足を止めた。


「なにかある。争っているようだが……調べるには、途中に邪魔な魔物がいる。仕留めて行こうと思うが、大丈夫だろうか?」

「はい。我々も戦闘が専門ではありませんが、いつでも戦えるよう心構えはできております」

「それは頼もしい。よし、行こう」


 早速フォンシエは彼らとともに魔物の様子を探ると、木々の向こうに見えたのは、真っ黒な熊である。


 力に優れた魔物であるブラックベアーだ。大柄で皮膚も硬く、非力な暗殺者などの職業では、一瞬で仕留めるには少々難がある。


 さらに、その近くには数体のクー・シーもいる。これでは奇襲で全滅させることはできず、応援を呼ばれてしまう可能性がある。


 だが、フォンシエはすらりと剣を抜いた。

 それは剣身が黒くなっており、艶が消されている。できる限り光を反射しないように作られたものだ。このために用意してきたのである。


 そして彼は自分がブラックベアーを仕留めるから、クー・シーに対処するよう合図を出すと、大丈夫なのかと、不安げな視線が返ってきた。


 そう思うのも無理はない。勇者の光は非常に強く、遠くからでも目立ってしまうのだ。

 しかし、フォンシエはこれまた問題ない旨を伝える。そうなると、ほかの者たちも覚悟を決めた。


 命を落とすことすら視野に入れた者たちだ。決断は早かった。


 そしてフォンシエは機を見て気配遮断のスキルを使用するとともに飛び出した。同じく暗殺者たちが音もなく続き、背後からクー・シーに接近すると短剣で首をかききる。


 声一つ上がらずに魔物どもが倒れていく中、フォンシエはブラックベアー目がけて飛び込んでいた。


 そして剣に光をまとわせる。

 だが、それは勇者の光ではない。黒くぼやけたような光だ。


 幻影剣術のスキルにより切断力を強化された剣は、漆黒の軌跡を描く。一瞬の出来事だった。


 フォンシエは打ち倒したブラックベアーに視線を向け、それから周囲を警戒する。すでにそこに魔物の姿はなかった。


「よし、問題なく片づいた。これから魔物が争っていると思しき場所に向かう。細心の注意を払ってくれ」


 あっさりと告げるフォンシエに、あっけにとられた顔の男たちが続く。

 勇者と聞いていたはずが、暗黒騎士のスキルを使っているのだから、彼らの動揺も当然だろう。


 しかし、今は非常時なのだ。強さがあるのならそれでいい。彼らは切り替えが早く、フォンシエのあとに続いてくれる。


 そうして向かっていったフォンシエは、やがて物音を耳にするようになった。そして空気中の水分が多くなってくる。


 遠くから目を凝らして見ると、そこには湖と魔物の姿があった。


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